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ウクライナ映画の奇才ヴァシャノヴィチ監督が描く、いま起きている戦争の「過去」と「未来」

Cinema 国際・海外

近年さまざまな国際映画祭で注目を集めてきたウクライナの映画監督、ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ。その2作品『アトランティス』(2019)と『リフレクション』(21)が、日本で初めて劇場公開される。ともに「現在進行形」の戦争に直接つながる状況を描いた劇映画。戦火をくぐり抜けた人々が、心の傷を抱えて迷いながらも、生き続けることを選ぶ。その姿を、独特のカメラワークで静かに追っていく。

ロシアがウクライナへの侵攻を開始してから4カ月が過ぎた。しかし東部のドンバス地方では、2014年から戦争は始まっていたというのが現地の人々の実感だ。ロシアの支援を受けた分離派勢力が一部の地域を制圧すると、これにウクライナ軍が砲弾を浴びせるなどして対抗し、武力攻撃の応酬が続いていた。

ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の最新作『リフレクション』 ©Arsenal Films, ForeFilms
ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の最新作『リフレクション』 ©Arsenal Films, ForeFilms

「戦争終結」から1年後のウクライナ

この戦争の「終結から1年後」を描いたのが映画『アトランティス』。戦争は10年続いて2024年に終結したという設定になっている。ヴァシャノヴィチ監督は、2025年に繰り広げられる物語を、その7年前の2018年1月から3月にかけて主にマリウポリで撮影し、翌年完成させた。

映画『アトランティス』。マリウポリの巨大な製鉄所が背景にそびえる ©Best Friend Forever
映画『アトランティス』。マリウポリの巨大な製鉄所が背景にそびえる ©Best Friend Forever

要するに「近未来映画」ではあるのだが、当時から実際に戦闘は始まっていたのであって、描かれているのはディストピアというよりは、限りなく現実に隣接した世界だ。そして最初の上映から3年近くが過ぎ、ロシアの侵攻によって戦線がさらに拡大してしまった今、戦争の悲劇がいっそう厚みを増したリアリティで迫ってくる。

とはいえ、ドキュメンタリーのリアリズムとはまったく違う。カメラはごくたまに前進したり、寄ったりすることはあるが、ほぼ終始引き気味に固定され、一貫してワンショットで撮られた28のシーンで構成されている。古典的な絵画のように端正な構図に切り取られたフレームの中、荒涼と広がる土地や殺風景な室内を背景に、人々が動き、出会い、小声で言葉少なに語り、出来事が起こる。

元兵士のセルヒー(アンドリー・ルィマルーク、右)は遺体回収のボランティアとして働くカティア(リュドミラ・ビレカ)と出会う  ©Best Friend Forever
元兵士のセルヒー(アンドリー・ルィマルーク、右)は遺体回収のボランティアとして働くカティア(リュドミラ・ビレカ)と出会う  ©Best Friend Forever

汚染水が流れ、遺体と地雷が眠る大地

主人公はウクライナ東部の戦線で親ロシア派分離勢力と戦って生還した元兵士。戦闘のトラウマを抱えながら、いつまた再燃するかもしれない戦火への不安を、射撃訓練で紛らわせる。勤め先の製鉄所は閉鎖され、給水車の運転手として働き始める。やがて戦没者の遺体を発掘し、記録と埋葬までを行うボランティア活動に参加するようになる。

ワンシーン・ワンカット、固定カメラの長回しに目が離せない ©Best Friend Forever
ワンシーン・ワンカット、固定カメラの長回しに目が離せない ©Best Friend Forever

行く先々には、生々しい戦争の爪痕が残っている。あたり一面、灰色の世界。道路が破壊され延々と広がるぬかるみ、爆撃され廃墟となった住宅、次々と掘り起こされるミイラ化した死体、無数に残された地雷の処理、分離壁の建設、地下水の汚染、人々の狂気、絶望、分断…。あらゆる場面で、観客が読み取っていくのは、戦闘が止んでもなお果てしなく続く別の闘いがあるという厳然たる事実だ。

映像と共鳴する生と死をめぐる内省

そんな暗澹(あんたん)としたシーンの連続でありながら、ヴァシャノヴィチ監督の驚くべき映像術によって、私たちは目を背けるどころか、画面にくぎ付けになってしまう。荒れ果てた土地や死体の冷たさと、溶鉱炉や炎の熱、生きた人間の体温との何という対比。止まっていたカメラが動き出すとき、引いていたカメラが寄っていくとき、そして、見たことのない光景、装置、行動を目撃するたび、静かに興奮している自分に気付くに違いない。

観客は暗闇に目を凝らすようにして、出来事の観察者となり、物語の読み手となって、主人公の視界を追っていく。そして28のシーンをくぐり抜けると、最後にはそうした目撃者の立場から解放されて、忘我の境地にたどりついたような、言いようのない感動に包まれるだろう。

映画『リフレクション』は東部の戦線からキーウに生還した外科医の物語 ©Arsenal Films, ForeFilms
映画『リフレクション』は東部の戦線からキーウに生還した外科医の物語 ©Arsenal Films, ForeFilms

ヴァシャノヴィチ監督の最新作『リフレクション』(21)も同時に公開される。『アトランティス』が「戦後」を描いたのに対し、『リフレクション』の舞台は戦争が始まって間もない2014年11月にさかのぼる。外科医の主人公と別れた妻、娘の物語だ。

キーウに暮らす主人公は、軍医としてドンバス地方の戦線に赴いたが、ドネツク人民共和国軍の捕虜となり、収容所で残虐な拷問に苦しんだのち、幸運にも捕虜交換によって戦地から生還することができた。人を死へ追いやる戦争という暴力の猛々しさと、死をめぐるさまざまな暗喩や哲学的な内省の静けさが対照をなしている。『アトランティス』で用いた手法を踏襲しながら、より物語的な奥行きをもたせて、戦時下の家族の肖像を描き込んでいく。

捕虜交換の条件として嘘の証言をビデオ収録されるセルヒー(ロマン・ルーツキー、左) ©Arsenal Films, ForeFilms
捕虜交換の条件として嘘の証言をビデオ収録されるセルヒー(ロマン・ルーツキー、左) ©Arsenal Films, ForeFilms

いずれの作品も、現在進行形で戦火の犠牲となっている現実のウクライナと地続きの世界を描いている、そう言って何の誇張もないはずだ。『アトランティス』に主演のアンドリー・ルィマルーク(実際に元兵士だった)と、2作品のプロデューサーであるウォロディミル・ヤツェンコは、ロシアによる侵攻後、ウクライナ軍の兵士として戦っているという。ヴァシャノヴィチ監督も戦禍のウクライナを映像に記録し続けている。「今こそ見るべき」というのは、単なる宣伝文句ではないのだ。

©Arsenal Films, ForeFilms
©Arsenal Films, ForeFilms

作品情報

『アトランティス』

  • 監督・脚本・撮影・編集・製作:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
  • 出演:アンドリー・ルィマルーク、リュドミラ・ビレカ、ワシール・アントニャック
  • 製作年:2019年
  • 製作国:ウクライナ
  • 上映時間:109分

『リフレクション』

  • 監督・脚本・撮影・編集・製作:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
  • 出演:ロマン・ルーツキー、アンドリー・ルィマルーク、ニカ・ミスリツカ
  • 製作年:2021年
  • 製作国:ウクライナ
  • 上映時間:126分

協力:ウクライナ映画人支援上映 有志の会
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:Atlantis-reflection.com
6月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

予告編

バナー写真:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の映画『アトランティス』(2019)より ©Best Friend Forever

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