ニッポンドットコムおすすめ映画

映画『カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~』:宮川麻里奈監督が目撃した日常のおとぎ話

Cinema Books

映画『カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~』は、『魔女の宅急便』で知られる児童文学作家、角野栄子に密着したドキュメンタリー。5歳で母を亡くし、戦争を経験、結婚して間もない24歳でブラジルに渡り、35歳で作家デビュー……。そんな波乱万丈の半生を経て、90代に近づいた今、どんな日常を送るのか。アクティブでクリエイティブな日々を4年にわたって見つめた宮川麻里奈監督に話を聞いた。

宮川 麻里奈 MIYAGAWA Marina

1970年、徳島市生まれ。93年NHK番組制作局に入局。金沢局勤務、「爆笑問題のニッポンの教養」「探検バクモン」などを経て、2013年「SWITCHインタビュー」を立ち上げる。「あさイチ」などを担当した後、現在はNHKエンタープライズで「所さん!事件ですよ」「カールさんとティーナさんの古民家村だより」などのプロデューサーを務める。

映画は、2020年からNHK「Eテレ」で放送中の番組「カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし」をもとに、新たに撮影した映像を大幅に加え、構成したもの。テレビ版から引き続き、俳優の宮﨑あおいが語りを担当している。

鎌倉にある自宅を中心とした毎日の暮らし。朝から執筆して、夕方散歩に出かける。そんな日々の合間に、旅に出て新しい景色や人々に出会う。観客は、快活に動き回るカラフルな88歳の姿を追い、彼女の語りに耳を傾けることになる。

執筆中の様子を固定カメラで撮影し、早送りで見せる場面も。担当編集者もうなった驚異の集中力! ©KADOKAWA
執筆中の様子を固定カメラで撮影し、早送りで見せる場面も。担当編集者もうなった驚異の集中力! ©KADOKAWA

特に印象深く語られるのは、創作の出発点となったブラジルでの体験だ。角野は2年間滞在したブラジルでの二軒隣の一家との交流を『ルイジンニョ少年』に綴り、1970年に作家デビューを果たしたのだ。

角野栄子という被写体の魅力

監督は同番組のプロデューサー、宮川麻里奈。斬新な対談番組「SWITCHインタビュー」の企画をはじめ、「あさイチ」や「所さん!事件ですよ」などNHKの人気番組を数々手がけてきた敏腕プロデューサーだが、映画に関わるのは初めてだ。

映画化の経緯を尋ると、漠然と夢見てはいたものの「あくまでも個人的な妄想に過ぎなかった」と笑顔で振り返る。しかし最初から通常のハイビジョンカメラではなく、画質の良い4K、しかもニュアンスある映像が撮れるカメラを使うあたり、すでに「魔女」のパワーに導かれていたのかもしれない。

「何の当てもなく、映画になったらいいなくらいの気持ちが頭の片隅にあっただけで……。ただ、角野さんは本当に素敵な方で、ファッションにも家にも、すべてに独自の世界観があるじゃないですか。どこをどう切り取っても絵になるし、随所に強い言葉が出てくる。撮っていてこんなに楽しく、撮り甲斐のある方は他にいないなって。だから最初からあえて普通の番組とはひと味違う、特殊な質感のある映像にこだわったんです」

KADOKAWAのプロデューサーから映画化の話が舞い込んだのは、2年目の番組制作中。宮川監督は、世界各国の年齢を重ねた女性アーティストを描いたドキュメンタリー映画を片っ端から観た上で、「よし!」と決意する。

「角野さんはあらゆる被写体の中でもひときわ魅力的だから大丈夫、どう作っても魅力的な映画になるはず!と確信を持てたんですよ」

NHKに入局して今年で30年目を迎えるベテラン。著名人から市井の人まで何百人と取材してきた宮川監督がしみじみ振り返る。

「角野さんに対しては、背伸びしたり、自分をよく見せようと頑張ったりすることなく、いつも自然体で接することができました。角野さんを被写体に取材できたのは、私にとってすごく幸運なことでした」

音楽で共有できた番組の世界観

30代は仕事と子育ての両立で「きりきり舞いだった」という宮川監督。40代に入ってプロデューサーになり、人気番組を次々と日替わり、週替わりで動かしては、必死に走り続けた。

「気づいたら50歳目前になっていて。ふと、地に足がついた暮らしを見つめるような番組がやりたいなと思ったんですよね。そんな時に、角野栄子さんが私の頭のなかに降りてきたんです」

「母の作品を読んだことがない」一人娘との関係もユニーク ©KADOKAWA
「母の作品を読んだことがない」一人娘との関係もユニーク ©KADOKAWA

以前に読んで印象に残っていたインタビュー記事を思い出した。「1950年代にブラジルに渡ったなんて、ぶっ飛んでいて素敵な方だなあ。いつか取材したいな」と思いながら、10年が経っていた。

「実際に角野さんにお会いしてみたら、想像以上にカラッとした下町っ子だった。辛口で、言いたいことはパシパシ言い、嘘がない。人としての器が大きくて、頭の回転が早く、お茶目でユーモアがあって、本当に愉快な方。電話でおしゃべりしたり、ゲラゲラ笑ったりしながら、取材を進めていったような感じでしたね」

番組の準備に入り、ある作曲家にテーマ音楽を作ってもらえないかと打診する。相手は、ロンドンを拠点に活躍し、世界の音楽界で輝かしい受賞歴を誇る藤倉大。ここでも予期せぬ魔女の力が働いた。

「角野さんのインスタグラムのアカウントや、インタビュー記事をいくつか貼り付けて送ったら、一気にインスピレーションが湧いたらしくて。翌日には、カリンバという親指で弾くおもちゃのような楽器で作ったデモ音源が藤倉さんから送られてきたんです。それを聴いた瞬間、『これから私たちが作ろうとしている番組は、こういう世界観なんだ!』って」

撮影当時は88歳。若々しさの秘密がたっぷり詰まったドキュメンタリー ©KADOKAWA
撮影当時は88歳。若々しさの秘密がたっぷり詰まったドキュメンタリー ©KADOKAWA

まだ撮影が始まったばかりで、誰もが手探りだった頃。音楽の力でカメラマンや編集マンともイメージを共有でき、オープニング映像をはじめ、音楽に引っ張られるように作っていったところが少なくなかったという。今回の劇場版でも、音楽はもちろん藤倉大だ。

魔女が映画にもたらした奇跡

番組では毎回、食やおしゃれ、旅など異なるテーマを決めて、角野栄子の人と暮らしを浮かび上がらせていった。映画化にあたっては、収録した映像を素材にしながらも、テレビ版とは異なる切り口で再構築したという。

「1本の映画にするからには、『角野栄子とはこういう人』と分かってもらえないといけない。同じ材料をまっさらな気持ちで見て、『人間・角野栄子を描くには何が必要なのか』というところから考え始めました」

ブラジルで教わった手料理を準備する角野栄子 ©KADOKAWA
ブラジルで教わった手料理を準備する角野栄子 ©KADOKAWA

映画となると、およそ100分の間にどこを見せ場にするかが重要にもなってくる。宮川監督は、「魔法の文学館」(江戸川区角野栄子児童文学館)のオープンをクライマックスに持ってきた。そこに招いたゲストの登場により、想像を超える素敵なエピローグが実現したのだ。あのブラジルの「少年」、ルイジンニョとの62年ぶりの再会。これもまた魔女の力だった。

デビュー作に描いたルイジンニョと62年ぶりの再会 ©KADOKAWA
デビュー作に描いたルイジンニョと62年ぶりの再会 ©KADOKAWA

「実は、言い出したのは角野さんなんです。映画化の企画が出たときに、映画ならではのポイントをどこに持ってくるか、いろいろ相談するなかで、『ルイジンニョを呼んじゃいましょうよ』と提案されて。ただ、彼がその後どんな人生を送って、どんな大人になっているか分からないから、不安はありました。連絡がついて来日が決まったんですが、彼の病気で直前まで実現が危ぶまれ、ハラハラドキドキしっぱなしだったんですよ。なので、本当に奇跡が起きた感じでしたね」

児童文学館での角野とルイジンニョの感動的なやりとりは、二人にとって宝物のような時間であるのが伝わってきて、観ていて胸が熱くなった。

ルイジンニョを自宅に招き、思い出を語り合う ©KADOKAWA
ルイジンニョを自宅に招き、思い出を語り合う ©KADOKAWA

角野栄子を作家へと導いたルイジンニョ少年との再会は、映画のまさしく最大の見せ場だが、それが終わり「魔女」が日課の散歩に戻っても、まるでおとぎ話のような出会いが次々と待ち受ける。これこそ「物語が生まれる暮らし」なのだ。

「この映画は、私から角野さんへのラブレターのつもりで作りました。ぜひ映画館の大スクリーンで、“角野栄子”を全身で浴びてください!」

取材・文・撮影:渡邊玲子

©KADOKAWA
©KADOKAWA

作品情報

  • 出演:角野 栄子
  • 語り:宮﨑 あおい
  • 監督:宮川 麻里奈
  • 音楽:藤倉 大
  • プロデューサー:山田 駿平
  • 制作:NHKエンタープライズ
  • 制作協力:角野栄子オフィス エネット
  • 映像提供:NHK
  • 製作・配給:KADOKAWA
  • 製作年:2023年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:97分
  • 公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/majo_kadono
  • 1月26日(金)角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー

予告編

バナー写真:映画『カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~』©KADOKAWA

映画 高齢者 テレビ 女性 NHK ドキュメンタリー ブラジル 児童文学 絵本 児童文学作家