映画『すべて、至るところにある』:アデラ・ソー、尚玄、リム・カーワイ監督が語る 旅と出会い、戦争の記憶
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映画は出会いから生まれる
2016年に初めて訪れ、バルカン半島に「ハマってしまった」というリム・カーワイ監督。
「僕は旅先で人々にいろいろ話を聞くことにしているんです。バルカン半島には深い歴史があり、紛争に翻弄されてきた人々がいる。面白い人にたくさん出会い、絶対にここで映画を撮りたいと思いました。スロベニアではゲストハウスに泊まって、その主人と知り合いになり、彼に映画に出てもらうことにしたんです」
それが2018年に公開された『どこでもない、ここしかない』。スロベニアの首都リュブリャナに移住したトルコ系マケドニア人のフェルディが、ゲストハウス(ホステル)の経営に打って出る。野心的だが女癖の悪い彼は、やがて妻に愛想を尽かされてしまう。
リム・カーワイ 当時はまだ三部作という構想はなかった。この映画を撮り終わってから、どんな話にするかは決まっていなかったけど、バルカン半島でまた撮りたいと思いました。
『どこでもない、ここしかない』が大阪アジアン映画祭で上映されると、監督は観客からさまざまな質問を受けた。バルカン半島が日本人、アジア人にとってなじみの薄い場所であることに気付いたという。
リム 見知らぬ場所に行くと、いろいろ思うことがありますよね。それで次はアジア人の話にしようと思ったんです。アジア人がバルカン半島と出会って何が生まれてくるか。
こうして三部作の2作目の構想が生まれ、主人公に起用したのが、アデラ・ソーだった。「ミス・インターナショナル2013」のマカオ代表で、日本での留学経験があり、帰国後はモデルとして活動していた。
アデラ・ソー 子どもの頃から日本のグラフィックデザインや設計に興味がありました。留学中に大学の先生を通じてリムさんと知り合い、数年後、リムさん主宰のワークショップに参加して、短編映画のオーディションに応募したんです。
リム その1年後、『いつか、どこかで』の企画を立てました。アジア人の女性がバルカン半島に迷い込む話にしようと。それでアデラさんが頭に浮かんだんですね。何人かアジア人の女優にアプローチして、彼女に決めました。
『いつか、どこかで』は、バックパッカーのアデラがクロアチアからセルビア、モンテネグロを旅し、さまざまな出身の人々に出会うロードムービー。2018年7月末から1カ月半にわたって撮影された。
撮影から帰国して出会ったのが尚玄。沖縄出身で、自身がプロデューサーに名を連ねたフィリピン・日本合作映画『義足のボクサー GENSAN PUNCH』(21/ブリランテ・メンドーサ監督)をはじめ、海外作品への出演経験も豊富だ。
尚玄 2018年の東京国際映画祭で共通の友人を通じて、初めてリムさんにお会いして。その後、『COME & GO カム・アンド・ゴー』のオーディションを受けて、役をいただきました。
─監督は誰かに会うと、映画に出てもらうことを考えるんですね。
リム そうですね。どこにいても、ここで映画が撮れるんじゃないかと、いつも考えてしまんです。尚玄さんと初めて会ったときのこと、今でもはっきりと覚えています。背が高いし、英語もうまい。日本人だと知ってびっくりしました。
コロナ禍で変わったバルカン三部作の行方
『Come & Go カム・アンド・ゴー』は大阪を舞台に、アジア9カ国の若者らが繰り広げる多国籍・多言語の群像劇。尚玄はAV制作会社の社長を演じている。リム監督は2019年4月にこれを撮り終えて、いよいよバルカン三部作の「完結編」に取りかかろうとしていた。しかしその矢先にコロナ禍が訪れる。
リム 最初のアイデアでは、バルカン半島の映画祭に招待された映画監督が現地でトラブルに巻き込まれ、イスタンブールへ麻薬を運ぶことになる話でした。ところがコロナで海外に行けなくなってしまった。舞台を日本に置き換えて、映画監督が主人公のロードムービーとして撮ったのが『あなたの微笑み』なんです。
『あなたの微笑み』は、自主映画の監督が全国のミニシアターをめぐって作品を売り込む物語。尚玄は沖縄のパートで、『Come & Go カム・アンド・ゴー』に続き、またしても怪しい社長を演じることになった。
リム 映画祭に招待された監督、というのは『あなたの微笑み』とコンセプトが似ているので、もう面白くないですね。別の話にするなら、アジア人の監督がなぜバルカン半島で撮るか、背景を説明しないといけない。一番手っ取り早い方法としては、自分の前の作品を引用することですよね。著作権の問題がないから。アデラさんが出演することも決まっていたし、前の作品に出演してくれた人にまた出てもらうことも可能ですから。そんな風にアイデアが膨らんできて、「メタ構造」にしたわけです。
三部作の最後を飾る『すべて、至るところにある』は、海外への渡航に問題がなくなった2022年夏、バルカン半島で撮影が行われた。2作目で「アデラ」を演じたエヴァ(アデラ・ソー)が消息を絶った映画監督ジェイ(尚玄)の足跡をたどり、過去2作の撮影地を巡る物語。2作目に出演するきっかけや撮影シーンを回想として再現するなど、現実と虚構、過去と現在が入り組んだ構造になっている。
─この「メタ構造」のアイデアは、どの時点で固まっていたんですか?
リム (平然と)バルカンに着いてからですね。
尚玄 着く前から映画監督の役は決まっていました。もちろん、アデラも出るというのは聞いていて。
─ジェイのキャラクターがリム監督とだぶってきますが。
尚玄 それは撮影の途中からです。セリフの中で自ら「シネマドリフター」(リム監督が自称する「映画流れ者」)を名乗るあたりからですね(笑)。
偶然を味方につける“リム・マジック”
リム監督の撮影は、監督とカメラマン、音声の3人のスタッフと主要キャストだけでロケ地を回るスタイル。その他の人物は、現地の人々に交渉して出演してもらう。演技経験のある人はほとんどいない。脚本はなく、物語の展開も成り行きで変わっていく。
─演じる側として不安はなかったですか?
尚玄 出演は3本目だし、同じ方法で撮った三部作の前2作も観ていましたから、あまり心配はなかったですね。
─リムさんだったら何とかしてしまうだろうと。
尚玄 そんなに手放しではないですが(一同笑)、何とか形にするだろうなとは思っていましたね。俳優は準備しないと不安を覚える生き物ですけど、自然発生的な良さも絶対にあると思うので、それがリムさんの映画の魅力なのかなと。
─即興的な方法で、具体的にどんなところが良いと思いますか?
尚玄 芝居するってことは、極論を言うと、芝居しないってこと。でも俳優は、自分自身を守るために考え過ぎてしまい、あれこれ準備します。ただ台本がないと準備のしようがない。その瞬間瞬間を生きるのが俳優の仕事ですから、それに専念できるという意味で言うと、やっぱりこういう即興劇が僕は好きですね。
アデラ 一般的には、役者にとって起承転結や起伏があるほうがやりやすいですよね。ドラマがあってキャラクターがはっきりしている方が芝居もできるし、観客も感動しやすいと思います。尚玄さんが言ったとおり、芝居しないことが一番難しい。日常の中で演じるのは簡単ではありません。これはリム監督の前の作品に出て実感しました。
─監督側としては、どの程度まで準備するんですか?
リム ちゃんとロケハンはして(笑)、撮影場所では事前に許可を得るし、関係も作っておく。そういう意味で準備はしています。尚玄さんのスケジュールは3週間でしたから、それ以内に広いバルカン半島を回れるよう段取りしないといけない。ルートはちゃんと決めておきましたよ。
尚玄 でも途中で、クロアチアに行きたいとか言い出したけどね(一同笑)。
リム 行きたくなりましたけど、やっぱり無理でしたね(笑)。撮りこぼしもあって、それは日本で追加撮影したんですよ。バルカンに見立てて撮った場面がある。誰も気付いてないでしょ?
撮影地の中で、この映画の特徴を成す重要な役割を果たしているのが、「スポメニック」。旧ユーゴスラビア連邦の各地に残る巨大な戦争慰霊碑で、現地語で「モニュメント」を意味する。その抽象的、幾何学的なデザインは、レトロでありつつ近未来を思わせる。
リム スポメニックについては、完全に着いてから知ったんです。現地のカメラマンに会いに行ったときにたまたま。元々予定していたセルビア人のカメラマンにもっと大きい仕事が入って(笑)、撮影に参加できなくなったんですよ。別の人を紹介されて会いに行ったら、そこがスポメニックの近くで。初めて見て、すごく感動しました。まだ日本にいた尚玄さんにすぐ連絡して、その本を買ってきてもらったんです。
─かなり撮影が迫ったタイミングですか?
尚玄 撮影に出発する3日くらい前にアマゾンで買いましたよ(笑)。
リム カメラマンが予定通りだったら、巨大モニュメントを巡る話にはならなかったですね。
─やっぱりリムさんには偶然を引き寄せる力が…
尚玄 その積み重ねですね。偶然を味方にするたくましさがありますね。
旅人たちの映画
映画では、尚玄演じるジェイが、スポメニックをバックに長引くコロナ禍や、続いて訪れた戦争について思いを語る。それがアデラ演じるエヴァへのビデオメッセージとなっている。前作の『あなたの微笑み』のようなユーモラスな要素はなく、全編を通じてメランコリックなトーンが流れている。
リム 僕の心の状態がかなり影響していたと思います。映画を作ることはそれ以前もずっと大変だったんですけど、コロナの時期があり、さらに戦争が起きてしまって……。困難な状況の中で、クリエイティブな仕事をしている人たちは、どういう風に乗り越たらいいか、ずっと考えて、悩んでいた。そういう苦悩が、かなりこの映画に反映されています。
アデラ マカオが属している中国は「ゼロコロナ」政策でしたから、日本に比べると非常に厳しかった。ロックダウンが長く続いて、私もずっと引きこもり状態でした。仕事もやりたいこともできなくなってしまって、落ち込みました。知り合いの中にはうつ病になった人もいた。だからこの映画に描かれた人々の憂鬱(ゆううつ)はよく理解できます。
リム この映画はまだコロナ禍の最中でしたね。アジアではまだ全然、規制が緩和されていませんでしたから。
アデラ 撮影の時、日本では隔離が不要になりましたけど、マカオでは海外から帰ってくると、2週間隔離されました。でも外に出たいという気持ちはすごく強かったから、監督の誘いには喜んですぐに乗りました。
─コロナ禍があったからこそ、旅の喜びを改めて嚙みしめるような映画になっていますね。
尚玄 僕はずっとバックパッカーとして旅をしてきたし、コロナ前まで続けていました。アジアと西ヨーロッパは結構回ったんですけど、バルカンの国々は今回が初めて。本当に独自の文化を持っている国々ですし、スポメニックをはじめ、見たこともないような風景を見ることができましたね。
リム 実はこの映画に出演してもらう条件の1つとして、バックパッカーの経験があるかどうかも大事だと思ったんです。ホテルじゃなくてゲストハウスに泊まって、移動するときもバスとか狭い車とか。撮影にも、そういう経験がないと対応してもらえないと思って。
アデラ 私は小さい頃から遠くへ行きたいと思いが強かったので、大学生になってバックパックでヨーロッパに行ったんです。知らない場所で、新しい人に出会う。貧乏旅行だったので、ゲストハウスに泊まるんですが、面白い人にたくさん出会いました。そういう経験もこの映画に生かされています。旅を通じて見知らぬ場所に行って、見知らぬ人に出会う。大切な経験だと思うんですよね。
リム 僕は30歳になってからの「遅れてきたバックパッカー」。サラリーマンをやめて中国で映画の勉強をしていたときです。一度、チベットから雲南を経由し、ベトナムを通ってマレーシアに帰ったこともあります。飛行機を使わずに3カ月かけて陸路で。それで人生が変わりましたね。バックパックの旅はハマると抜けられない。人に出会うために旅する。または映画を撮るために旅に出る。僕の最近の映画は、旅しなければ生まれなかったですね。
尚玄 この映画はロードムービーの要素がたっぷり詰まっていますね。もう1つ重要なのは、戦争の傷跡が色濃く残る場所であること。僕は小さいときから沖縄戦のことを見聞きしてきました。戦争体験者がどんどんいなくなって記憶が風化していく中で、まだ傷が新しいバルカンの人々の生の声を聞けたのは、僕にとって大きな経験でした。ウクライナやパレスチナで新しい戦争が始まった今、すごく意味のある作品じゃないかな。だからたくさんの人々に届くといいなと思います。
インタビュー撮影:花井智子
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:アデラ・ソー(蘇嘉慧)、尚玄、イン・ジアン(蔣瑩)
- 監督・プロデューサー・脚本・編集:リム・カーワイ
- 撮影:ヴラダン・イリチュコヴィッチ
- 録音・サウンドデザイン:ボリス・スーラン
- 音楽:石川 潤
- 宣伝デザイン:阿部 宏史
- 配給:Cinema Drifters
- 宣伝:大福
- 製作年:2023年
- 製作国:日本
- 上映時間:88分
- 公式サイト:https://balkantrilogy.wixsite.com/etew
- 2024年1月27日(土)よりイメージフォーラム他全国順次公開