映画『あなたの微笑み』:“行き当たりばったり”の奇才リム・カーワイが“世界の渡辺”と撮るミニシアター巡りの旅
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映画『あなたの微笑み』は、栃木県大田原市で自主映画を作り、「世界の渡辺」と呼ばれるようになった男が主人公。仕事のオファーがなく、脚本も書けずに悶々と過ごす渡辺に、ひょんなことから沖縄で映画を撮れそうな機会が訪れる。しかし、勇んで現地入りした渡辺を待ち受けていたのは、何ともやる気の出ない状況だった。
約束したシナリオを書くこともなく、ぶらぶらした挙げ句に放り出された渡辺は、そこから首里劇場を皮切りに九州、鳥取、兵庫とミニシアターを巡り、自分の作品を上映してくれないかと売り込む。地元では自信満々だった渡辺だが、旅先では途方に暮れて道端の猫におのれの行く末を尋ねる始末…。
だがそんな情けない渡辺も、やさしい人々との出会いを糧に、夢想の力で厳しい現実の間に裂け目を生じさせ、時間と空間を飛び越えていく。列島を北上し、いつしかたどり着いたのは北海道だった。先が読めない人生さながらに、出発点から思いも寄らぬ遠い場所へと連れて行く、ロードムービーの醍醐味が詰まった作品だ。
勝新・北野に迫る「世界の渡辺」
監督は北京、香港、大阪、バルカン半島など様々な土地で、多種多様な人々と映画を撮ってきたリム・カーワイ。2018年から19年にかけて2作を撮ったバルカンで三部作の完結編を撮ろうとしていた矢先、全世界がコロナ禍に見舞われ、渡航が不可能になったという。
リム・カーワイ 結局、2年間ずっと映画が撮れない状況が続き、オファーもまったく来なくなりました。経済的に厳しいだけじゃなくて、映画監督としてこれからどうやっていくか、いろいろ悩みましたね。
これは当時、ほとんどの同業者が陥った状況に違いない。しかし幸いにして、文化庁が補正予算で打ち出した「ARTS for the future!」という文化芸術活動の再興を支援する事業が2021年度から動き出し、多くの映画制作者同様、リム監督もその恩恵を受けた。
苦境を逆手に取るように、リム監督はコロナ禍で作品が撮れなくなった自主映画の監督を主人公にして、彼がどのように生き延びるかという話にしようと考えた。
リム まず本物の映画監督に出てもらいたいというのがありました。周りに監督の知り合いは多いですけど、誰でも芝居ができるわけじゃないし、スクリーンで強い存在感を出せる映画的な顔を持った人が必要でした。これは渡辺さんにしかできないんじゃないか、そう思ってオファーしたんです。
主人公「世界の渡辺」を演じる渡辺紘文は、現実においても劇中の設定通り、弟の雄司(音楽監督)と映画制作集団「大田原愚豚舎」を立ち上げ、地元を拠点に2013年から自主映画を作り続けてきた。
渡辺 僕たちは基本的に家族で映画を作っていて、自分が監督して、主演もしてきました。出てくれる役者がいないということもあって(笑)。ほかの監督の作品にはチョイ役で出たことならありますけど、主演のオファーというのは今回が初めてで、不安はありました。でもリムさんが人として面白いのは知っていましたから、一緒に映画を作りたいなと。
―リムさんがいう「映画的な顔」とは?
リム 分かりやすく言えば、日本では北野武、あるいは勝新太郎。僕から見ると、渡辺さんはまさにこの2人のような存在ですね。監督によって役者に求めるものは違いますが、僕の場合は、役者さんをある空間に歩かせることが好きなんです。渡辺さんは引きの画(え)で撮っても、歩く姿が映画的になる。これはなかなか難しいことです。
沖縄から北海道までのロードムービー
―コロナ禍の初期、映画関係者たちがミニシアターの危機を訴えて、クラウドファンディングも行われました。本作がミニシアターを巡る話なのも、そのような支援の意図があってのことですか?
リム それはないです。僕に応援なんかできません。むしろ迷惑なんじゃないかって(笑)。あくまでコロナ禍で映画を撮れなくなった監督がいかにサバイブしていくかという話にしたかったんですね。あとは、沖縄から北海道までのロードムービーにしたいというのがあった。その2つにはまりそうな話を考えたときに、自主映画の監督が全国各地のミニシアターに作品を売り込みに行くというアイディアが出てきたんです。
―ミニシアターに作品を上映してくれと売り込むなんて、実際に自主映画の監督がすることなんですか?
渡辺 飛び込みでお願いする経験はさすがにないですが、デビュー作が東京国際映画祭で上映された後、たとえ映画祭に出せても、劇場公開まではなかなか結び付かないのを痛感しましたね。僕が実際にやったのは、手紙を書いてDVDと一緒に送るということでした。まあほぼ全滅でしたけど。だから映画館で自主映画を上映するのがいかに大変かというのは身にしみて分かっていて。そういう意味では、自分と重なる部分はありましたね。
―リムさん自身の経験も入っている?
リム 兵庫県の豊岡劇場は2020年に自分の映画が特集上映されたところです。劇中の渡辺監督みたいに、お客さんが入らなくて(笑)。主人公は、ある程度は自分の分身で、でも自分でも渡辺さんでもなく、2人を合体して、あるいは僕が想像している日本の自主映画監督のイメージも重ねて、いろいろ組み合わせて作り上げたキャラクターですね。
―実際の渡辺さんとはかなり違うんですね?
リム あくまでもフィクションの渡辺監督として描きたいというのがあって。最初のパートは沖縄で撮影したんですけど、ちょっと彼の映画のキャラクターの延長という感じがしたので、ある程度撮り終わってから、もう少し違う「世界の渡辺」像に修正していく感じでしたね。最初は厚かましい、ウザい感じに見えるんですけど、だんだんたくましく、共感できるようになっていく。最終的には、かわいいな、かっこいいなと思える人物になるんです。
「リム・マジック」とは
―主人公の人物像が最初から決まっていなかったと。
リム 最初は決めていなかった。実はこの映画、脚本なしでスタートしたんです。「ARTS for the future!」は、それまでの助成と違って、脚本がなくても、企画だけで申請ができたので。だから正直に言うと、助成があると聞いてから立てた企画なんです。撮影に入ってからも脚本はなかったんですよね。
―ストーリーも決まっていなかった?
リム 自分の映画の作り方としては、脚本なしの即興で撮る場合が多くて、そういうスタイルをある程度マスターしてきたんです。だから今回も行き当たりばったりに、出会った人々と場所を生かして、物語に組み込む方法で撮りました。
―物語よりも、まず場所ありき、なんですね。
リム 今回だけじゃなく、ほとんどそうです。その場所が面白そうだと映画を撮りたくなる。それからそこで物語を作っていく。自分はいつも通りがかりの他者、異邦人で、そういう第三者の目線から見て、現地の人の話を作っていくという感じですよね。
渡辺 リムさんは定住せずにいろんな所に動き回って映画を撮る人ですけど、僕はリムさんと対極的な撮り方をしていて、自分が生まれ育った場所で、その土地とそこに生きる人を10年くらい撮り続けているんです。まったく逆なんですけど、考え方は共通するところもあって。その土地の持つ力とか、そこに根付いた人の力みたいなものを取り入れて演出していくところは、似ている部分も感じましたね。
―今回のロケーションはどうやって選んだのですか?
リム 日本には「青春18きっぷ」という乗り放題のパスがあるじゃないですか。僕、もう青春過ぎましたが(笑)、いまだにこれを使ってるんです。温泉が大好きで、よく別府に行くんですね、特に鉄輪温泉に魅力を感じて。湯けむりがあって、すごく映画的だなと。人々も前向きで明るくてすごくパワーがある。だから別府で映画を撮りたいという気持ちはずっとあったんですよ。北海道も、絶対いつか大雪の中で撮りたいと思っていたんですけど、どんな話かまでは全然思いつかなくて。
渡辺 リムさんの映画の作り方というのが、非常に面白かったですね。場所を見つける力とか。
リム 豊岡に行ったときにすごく魅力的だと思ったんです。劇場は古い建物で風情はあるし、ちょっと日本らしくない、ヨーロッパみたいな景色が広がってて。絶対あそこは撮りたいなという気持ちがずっとあったんですね。
渡辺 リムさんの演出から学ぶところがいっぱいありました。特にその土地の人を巻き込んでいく力ですね。僕は「リム・スタイル」とか「リム・マジック」と呼んでるんですけど、土地の人をその場でスカウトして、即興で芝居を作っていく。それでシーンとして成立させてしまう。本当に魔法みたいな感じがして。
映画に抱く愛と苦悩
―大所帯では決して撮れない映画なんですね。
渡辺 リムさん、僕、カメラマン、録音スタッフ、あと若手のスタッフ2人でずっと回って。本当に素晴らしいチームでした。
リム 全員で6人しかいないんですよね(笑)。
渡辺 日本の撮影現場って、ほとんど段取りがすべてで。ちょっと儀式的な、昔から脈々と受け継がれてきたものを踏まえないと成立しないみたいな撮り方が多いんですけど、リムさんのやり方は、そういう既成概念を全部引っぺがすみたいなところがあって。自分もけっこう自由に作っていたつもりなんですけど、さらに自由にやれるのかと、非常に感銘を受けて。いま自分の映画作りにも生かしている感じですね。
―大きな予算の映画には関心がないですか?
リム いや、めちゃめちゃ撮りたいですよ。100人以上のスタッフがいて、車も10台以上あって、ホテルのスイートルームに泊まって(笑)。でもそういうチャンスが全然ないので。
渡辺 僕もオファーがないので、自主映画ばかり撮っていますけど、リムさんと同じで、大きな予算で撮りたい気持ちはやっぱりあるんですよ。リムさんと共通しているのは、ハリウッドの大作も好きだっていう。
リム そう、『トップガン』も最高ですよね。
渡辺 チャンスがあるなら『スパイダーマン』とか、日本で撮らせてもらいたいですよね。
リム 『ワイルド・スピード』とか、『ミッション・インポッシブル』とかもね(笑)。
渡辺 10年間映画を作り続けて、国際映画祭に出品できたり、賞をもらったりしても、結局そこまで大きな変化ってなかったんですよね。商業映画からいつか声が掛かると思ったりもしましたけど、まったくない。だからそこにこだわるよりは、やっぱり自分が作りたい映画を自由に、いつまで作り続けられるか、そのほうが大事な課題であるような気がしているんですよ、最近は。
リム 僕の場合は、初めのうちは映画に対してすごく愛があったかもしれないですけど、作っていくうちに、あまり成果が出ないこともあって、実は何回もやめようという気になったんです。それでもやり続けた理由は、賞でも評価でもなくて、劇場で上映したときに、自分の映画を観て感動してくださるお客さんがいた。そういう人たちと出会って、映画を作ってよかったなという気持ちになった。それが何度もあって、続ける力になっているんですよ。
渡辺 売れるか売れないかって、映画に限らず、紙一重なんだなあって思うことはよくありますね。
リム もう1つは、自分は映画を作ること以外に何もできない。今さらこの年で転職もできないですし。落ち込むこと、悩むことはずっとありますけど、もうやるしかないなと。オファーもないので、全部自分で企画を立てて、自分でお金を集める。そうするとやっぱりどうしても少人数で作る映画になってしまう。こういうスタイルを作り上げるしかなかったんですよね。
映画に登場するミニシアターは7館。そのうち4つは、この映画の撮影から1年以内に閉館あるいは休館に追い込まれた。沖縄の首里劇場は2022年4月に館長の金城政則さんが亡くなり、72年の歴史に幕を閉じた。北九州の小倉昭和館は、同じく22年8月に旦過市場の火災により全焼してしまう。『あなたの微笑み』は、それらの在りし日を映像に残した貴重な記録でもある。
リム 驚いたし、ショックを受けましたね。でもこの映画が撮れてよかったなあと、いま本当に思います。
渡辺 僕は撮影を通して、行く先々でミニシアターの関係者や、常連のお客さんたちと出会って、映画への思いとか愛情に本当に感動したので、映画を心から愛する人たちにこの作品が届くといいなと思っています。
リム 映画と聞くと、華やかなイメージがありますよね。自主映画とか、ミニシアターのこと、よく知らない人も多いんじゃないですか。そういう狭い世界の話だと思われるかもしれないですけど、コロナ禍があって、仕事のオファーがない人も多いし、厳しい業種もいっぱいありますよね。だからこの映画には、実はたくさんの人に共通する話題があると思っています。そしてこの映画を観て、少しでも希望や生きていく力を感じてもらえたらいいなあと思います。
インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:渡辺 紘文 平山 ひかる 尚玄 田中 泰延
- 監督・プロデューサー・脚本・編集:リム・カーワイ
- 撮影:古屋 幸一
- 録音:中川 究矢、松野 泉
- 音楽:渡辺 雄司
- サウンドデザイン:松野 泉
- 宣伝デザイン:阿部 宏史
- 予告編監督:秦 岳志
- 配給:Cinema Drifters
- 宣伝:大福
- 製作年:2022年
- 製作国:日本
- 上映時間:103分
- 公式サイト:https://anatanohohoemi.wixsite.com/official
- イメージフォーラムで公開中、12月3日(土)よりシネ・ヌーヴォ他全国順次公開