スポーツジャーナリストが見た五輪とTOKYO2020

感染症に揺れた五輪の歴史、コロナウイルス禍の東京2020の挑戦-山本浩の五輪の風景(5)

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新型コロナウイルスの猛威の前に、あらゆるところで動きにブレーキがかかってきた。スポーツ界もまた同じようにうめき声を上げながら、出口の見えないトンネルの中でもがき苦しんでいる。大きな懸念は、近づく東京五輪にも及び始め、予定通り7月から開催できるかどうかの議論も吹き出し始めた。実は過去にも感染症の脅威に揺れた五輪がいくつもある。

乗り越えられなかった法の垣根

感染症が何らかの形で五輪に影響を残したケースといえば、1956年メルボルン大会の馬術競技が挙げられる。オーストラリアの検疫に関する法が、「馬の入国に際しては、イギリス、アイルランド、ニュージーランドのいずれかに6カ月以上滞在したものでなければならない」としていたため、当該国以外が反発して紛糾したところに始まった。

牧畜が基幹産業であったことに加え「固有の動植物の保護や環境維持のため」(オーストラリア大使館)に取られていた措置だったが、当初は五輪から馬術競技を外すか、他の都市で開催するかで議論が分かれた。何度か話し合いが持たれはしたものの、オーストラリア国内法を五輪のために緩和する動きも成功しなかった。

結局、本大会が始まる前の6月にスウェーデンのストックホルムで馬術競技が、本大会は秋にメルボルンで開催された。分離実施に苦しめられた国際オリンピック委員会(IOC)だったが、今では立候補の段階で、国内法を五輪開催に支障のないように対応できるのか、あらかじめ調査、調整をするのが当たり前になっている。

64年東京五輪でも…

感染症が広がり始めて関係者を震撼させた大会がある。それは、コレラにおののいた56年前の東京五輪だ。コレラそのものは1800年代に世界的に流行した歴史が知られており、細菌によって発症するもので、当時既に治療法が見つかっていただけではなくワクチンを受けることも勧められていた。

それでも、開催前にはコレラのまん延が報じられ、国内でも感染者が出るなど、繰り返しニュースで取り上げられることになる。衛生環境も進んでおらず、人々の健康状態、病理に対する知識、さらには医療水準や体制も現在とは明らかに違っていた。当時の組織委員会は、大会の始まるおよそ2カ月前から職員や業者など1万2千人に予防接種を受けさせたものの、大会が始まった直後にも静岡県で患者が見つかってしまう。関係者も心配したようだが、期間中に厚生省(当時)が終息宣言を出したこともあって大会に大きな影響は残さなかった。

エイズ

治療法が確立しておらず、人々を不安に陥れたものに、エイズがある。話題の主はアメリカを代表するバスケットボール選手、マジック・ジョンソン。彼は五輪前年の1991年秋、エイズを理由に全米プロバスケットボールリーグのNBAからの引退を発表。スポーツ界では大スターのエイズ感染に激震が走った。

しかし翌年のバルセロナ大会を前に、ジョンソンからアメリカ代表としての出場の希望が伝えられるや、IOCもこれに呼応するように参加を可能とする判断を下す。一方でHIV感染者であることを理由に、オーストラリア代表バスケットボールチームにアメリカとの対戦を避けるよう発言したチームドクターのニュースが大々的に取り上げられた。

すると、当時のアメリカ医学会がすぐに反応。HIV感染は性的接触と注射針の共用によるものが大勢を占め、バスケットボールの試合での感染確率は統計的に無視できるほど低いと発表してこれに対抗した。ドリームチームと名付けられたアメリカは、対戦国を圧倒し全勝で金メダルを獲得した。

東京大会の厳しいチャレンジ

最近で思い出すのは、4年前のリオ大会直前に取り沙汰された、蚊が媒介するジカ熱。「ブラジルでは妊婦がジカウイルスに感染することで胎児も感染し、小頭症児が多発している」(国立感染症研究所)と大きな問題になった。ジカ熱を理由に挙げて参加を辞退するゴルフ選手やテニス選手のニュースも取り上げられるほどだった。

過去のこうした病原体を取り巻く五輪をめぐる動きと、今回の新型コロナウイルスの間には、相当に大きな違いがある。今の段階でウイルスをたたく方法が見つかっていないこともあって、対症療法に終始せざるを得ないこと。人やモノの流通が内外を問わず、かつてとは比べものにならないほど迅速で広範囲になっていること。

結果的に、世界中で取られている施策が、感染拡大を阻止するための活動停止策を打ち出し、経済から日常生活に至るまで極めて大きな影響を及ぼしている。活動を抑制して感染拡大を防ぐことに重い意味のあることを理解しながら、最高の安全策を携えて活動再開の道を探る努力も併せて持ち続けたい。五輪に向かうことは、病原体を克服する道とつながっていることを意味するのだから。

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