経済思想家・斎藤幸平「今こそマルクスの復権を」:資本主義と決別、「脱成長コミュニズム」が世界を救う

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2020年に刊行した『人新世の「資本論」』は、発行部数50万部超のロングセラーだ。日本での大反響が海外でも注目され、今春、英訳版も刊行される。著者の斎藤幸平氏は、資本主義を温存すれば、深まる気候危機は文明の存続をも脅かすと警鐘を鳴らし、危機を乗り越えるためのカギはマルクス晩年の思想にあると唱える。そのビジョンと、理論実践の課題について聞いた。

斎藤 幸平 SAITŌ Kōhei

東京大学大学院総合文化研究科准教授。1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。“Karl Marx ’s Ecosocialism” (邦訳『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』)でドイッチャー記念賞を受賞。世界9カ国で翻訳刊行されている。ベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「アジアブックアワード」受賞。主な著書に『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた(KADOKAWA)、『ゼロからの「資本論」』(NHK出版新書)。

コロナ禍が可視化した資本主義の矛盾

「人新生(ひとしんせい)」とは地質学用語で、人類の経済活動の痕跡―斎藤氏によれば「資本主義が生み出した負荷や矛盾」―が地球を覆った時代だ。資本主義が格差問題と気候危機の根本原因と断じてその弊害を検証し、新たなビジョンとして「脱成長コミュニズム」を提示したのが『人新世の「資本論」』(以下、『人新生』)だ。

だが、抽象的な理論を振りかざすだけではない。「現場」から学ばなければと、コロナ下の2年間、ウーバー配達員を体験したり、シカの解体を手伝ったりと、日本全国の現場に足を運んで取材した。その知見をまとめた『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』も好評だ。1月刊行の『ゼロからの資本論』は、発売後3週間で15万部を突破した。

単行本は1万冊売れればヒットといわれる中で、カール・マルクスの思想をベースにした著書が相次いでベストセラーになる現象の背景に何があるのか。

コロナ禍が追い風になったと斎藤氏は言う。「パンデミックは、これまで累積していた社会の矛盾を可視化しました。経済格差と環境危機です」

環境破壊により人間の生活圏にもたらされた未知のウイルスが引き起こしたパンデミックで、世界人口の99%の所得が減少。感染リスクにさらされながら働くエッセンシャルワーカーの待遇の悪さも表面化した。一方で富豪たちは資産を増やし、いまや、上位1%の富裕層が全体の38%の資産を独占している。

「生活は厳しくなるばかりで、雇用は不安定。将来の不安におびえる中で、社会の仕組みに問題があるんじゃないか、根本から考え直さなければならないのでは、という雰囲気が生まれた。この間誰も批判することのなかった『資本主義』という原因を名指しし、脱成長を打ち出した僕の本が、そのモヤモヤ感の原因を明示したことで、広く共感を得たのかもしれません」

マルクスは誤解されている

米大学への留学時代、世界で最も豊かなはずの米国で貧困や格差の実態を目の当たりにした。リーマン・ショックで弱者が振り回される状況にも怒りを覚えた。その後ドイツの大学院で本格的にマルクス研究を始める。そこで出会ったのが、エコロジーの観点から資本主義批判を記したマルクス晩年の研究ノートだ。

それらを分析してまとめた博士論文 “Karl Marx ’s Ecosocialism” (『大洪水の前に』)で、マルクス研究界最高峰の栄誉であるドイッチャー賞を受賞。31歳(当時)での受賞は歴代最年少で、日本人としては初めてだった。マルクス・エンゲルス研究の世界的な新全集刊行プロジェクト『MEGA』の編集にも携わる。

ドイツ語での編集に携わった『MEGA』第4部18巻
ドイツ語での編集に携わった『MEGA』第4部18巻

マルクス思想を基に、「資本主義を超えよう」と訴える斎藤さんに異議を唱える人たちも少なくない。「ソ連崩壊の失敗を見れば、いかに陳腐な理論か分かるだろう。いまさらマルクスなんて…」という批判が典型的だ。

「ソ連や中国は社会主義というより、国家・官僚主導型のトップダウンの資本主義のようなものです」と斎藤氏は言う。「マルクスの考えたコミュニズムと同一視するのは間違いだと分かってほしい」

「多くの人は『社会主義はごめんだ。だから資本主義しかない』と思い込んでいるのです」

最晩年のマルクスが描いていたのは、ボトムアップで“コモン”(公共財)、“アソシエーション”(労働者の自発的な相互扶助)を広げる「コモン型社会」としてのコミュニズムだ。斎藤氏は、その思想を「脱成長コミュニズム」と呼び、マルクスの最終到達点だと言う。

GDPとは別の豊かさの指標を

資本主義の下で経済成長を目指しながらでは、気候危機を乗り越えられない。そう主張する斎藤氏は、2050年までに温室効果ガスをゼロとする国際公約の議論の場であるCOP(国連気候変動枠組条約締結会議)交渉を、「グリーン・ウォッシュ」(まやかしの環境対策)と断じる。

「昨年11月のCOP27でも結局、化石燃料廃止の期限についてなんの進展もない。1.5度の上昇は温暖化の影響が人類に深刻な影響を与えるかどうかの境界とされ、それを抑えるのが絶望的になっている以上、“数十年に1度の大洪水” “50年に1度の大熱波”などの気象災害の多発は覚悟しておかなければならない。それだけ今、地球環境は瀕死(ひんし)の状態なんです」 

膨張する資本主義は先進国に豊かで便利な生活をもたらした一方で、環境破壊に拍車をかけた。国際NGOオックスファムのデータによれば、「グローバル・サウス」(発展途上国)は資源や安い労働力を収奪され、貧困にあえぐ。世界の富裕層トップ10%が二酸化炭素の半分を排出し、所得階層の下から50%の人々はわずか10%だ。

「富豪たちはプライベートジェット機に乗り、豪華な別荘を何棟も所有し、挙句の果てには宇宙にまで行こうとしている。そんな暇があったら、悲鳴を上げている地球の健康に投資してほしい。富裕層には大胆に課税をして、エッセンシャルワーカーなどを重視した富の再分配を目指すべきです」

また、大量生産・大量消費を追求する資本主義の “成果” を測る経済指標のGDP(国内総生産)も問題だ。

「GDPの推移や順位に一喜一憂しているけれど、私たちの本当の幸福度はGDPでは測れない。例えば、日本は、食べ物はおいしいし、平均寿命は世界一だし、治安はいいし、交通機関も発達している。素晴らしい文化、芸術もある。こうした日本の長所は、GDPに反映されません。GDPとは全く別の価値指標を採用するだけでも、脱成長への1歩になります」

そして、一番重要なのは、気候危機を乗り越え、格差社会を是正するために、“コモン” の領域を広げていくことだ。

「資本によって独占されてしまったものをもう一度、人々の元に還す必要がある。教育、医療、住居、水道、電気などの基本的インフラを、市場の原理、投機・投資の論理から引き揚げ、市民の共有財産にする必要があると考えています」

高尾山で「コモン」の実証実験

ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェスは「3.5%の人々が非暴力的な方法で本気で立ち上がると、社会が大きく変わる可能性がある」と説いた。斎藤氏が著書で繰り返し提唱する “脱成長コミュニズム” のビジョンは、日本でどこまで浸透したのか。

「肌感覚としては、2パーセントぐらいですかね。まだ社会運動の萌芽も見えてこない。1.5%をどうやって埋めていくのかが課題です」

『人新生』は50万部売れたにもかかわらず、気候変動や格差問題に真正面から取り組むような社会運動は生まれていない。

欧米では、ミレニアム世代やグレタ・トゥンベリに代表されるZ世代の若者が気候危機への取り組みが不十分だと、怒りを持って「学校ストライキ」などの運動を展開した。

「日本は、まだ危機意識が薄く、なかなか運動につながりません。環境論者でも、今のシステムの中で、再生可能エネルギーや技術革新によって二酸化炭素が削減できるし、雇用も生み、まだ成長可能だと言う人が多い。あまりにも過剰な生産、消費の現実を見ようとしない。一緒に政府に働きかけ、一部の富裕層や、ファストフード、ファストファッションの規制実現に向けて協力できるかと思っていましたが、この数年、埋まらない溝を感じることは多々ありました」

パリ、バルセロナなどの欧州の大都市での先駆的な取り組みに注目する。例えば、パリでは民営だった水道を「コモン化」し、水源も含めて市民がマネジメントしている。バルセロナは車の利用に制限をかける一方で公共交通を拡充、公共空間の緑化などを通じて、都市空間のコモン化を実現することで脱炭素化を目指している。

斎藤氏自身、コモンの実践に踏み出した。「最近、仲間30人で東京の高尾山の山奥に3.5ヘクタールの土地を購入し『コモンフォレストジャパン』という財団を設立しました。そこでコモンの実証実験を始めます」

商業化できない森を荒れ放題にするのではなく、共同財産として自然再生や保全活動をしていく。生態系観察、山菜獲りなどのワークショップなども実施する予定だ。うまくいけば、土地購入を広げていく。

「地球に負荷をかけず、格差のない豊かな社会を作るための社会運動を、1歩ずつやっていきます」

混迷を深めた世界で

地球環境は過酷さを増し、ウクライナでの戦争で世界の先行きは不透明だ。そうした状況でジレンマも感じると言う。

「危機が深まれば、反動として自分たちの利権を守ろうと保守化する人たちが増えてくる。その中で新しいコミュニズムをつくる運動を起こすのは容易ではありません。また、巨大危機に対処するには、ボトムアップだけでは間に合わない。強権政治が要請されるリスクが高まります。だからこそ、国家、市場といった大きな制度をどう変えていくか、しっかりとした理論が必要になってくる。難しい課題です」

「ただ、資本主義が行き詰まっていることは間違いない。だからこそ、民主主義を守り、社会的弱者の生活を守るための運動、未来社会を描く想像力がより求められるようになっています」

より多くの人が、今自分が感じている生きづらさ、疎外感、生活の困窮が資本主義のシステムの問題だったということを認識できるようになるためにも、マルクスの再評価が必要だ。だから「脱成長コミュニズム」を訴え続ける。

「今のシステムをどう変えていったらいいのか。皆が問いを立てられるようになれば、ブレイクスルーが生まれるはずです。この10年、20年が、人類の運命を左右する重大な分岐点になるのではないでしょうか」

東京大学駒場キャンパスで
東京大学駒場キャンパスで

撮影:花井智子

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