不逮捕特権がない国会閉会翌日に逮捕:河井前法相夫妻

社会

前法相の河井克行・衆院議員と、妻の案里・参院議員が、2019年7月の案里議員が初当選した参院選をめぐる公職選挙法違反(買収)の容疑で、東京地検特捜部に逮捕された。検察が国会閉会を待って、その翌日(6月18日)に逮捕したのは、国会議員に国会開会中は逮捕されない「不逮捕特権」があるためだ。検察は手堅く時を待ち、自分たちを管轄した前法相の逮捕にたどり着いた。

国会開会中の「逮捕許諾請求は、百害あって一利なし」

憲法50条に、国会議員は「国会の会期中は逮捕されない」という不逮捕特権が規定されている。国会に許諾を得て逮捕することもできるが、その場合は、国会に検察側の捜査方針や証拠を明示せねばならない。また、これまでに国会の議決で反対多数となり、逮捕が認められなかったこともある。

さらに、検察庁法第14条但(ただ)し書き「法務大臣は、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる」に基づき、法相が逮捕の延期を命じる「指揮権の発動」も考えられる。検察は今回、法務・検察のトップとして、大きな権限を持ったこともある前法相を確実に逮捕するため、途中でストップが入らないよう、慎重に捜査を進めていった。

1954年の「造船疑獄」では、犬養健(たける)法相が、吉田茂首相をはじめ政権の指示で、指揮権を発動。与党(自由党=自民党の前身)の佐藤栄作幹事長(のちに首相)の逮捕延期を検事総長に命じた。当時は国会開会中で、検察は法相の許可を得て、国会に逮捕許諾を求める予定だった。しかし、指揮権発動で汚職事件捜査は押しつぶされた。

東京地検特捜部の検事として疑獄捜査に加わった伊藤栄樹・元検事総長は、「国会議員に対する逮捕許諾請求は、捜査にとっては百害あって一利なし」と自著『秋霜烈日』(朝日新聞社刊)に書いている。

「逮捕許諾に関する(審議を行う)議院運営委員会の雰囲気には、異常なものがある。議員同士ということであろうか、与野党を問わず、(逮捕の必要性などを説明する)法務大臣や刑事局長に対する質疑は、しんらつをきわめる。説明を簡略にすれば、そんな薄い証拠で国会議員を逮捕するのかと追及され、証拠関係を詳細説明すれば、5分とたたないうちに逮捕許諾を求められている当の本人に伝わる。同委員会の状況を実見する機会を得て、(捜査の)手の内は見せたくないものだと、つくづく思った」

信頼回復のために総力を挙げて捜査する検察

地元議員ら約100人に現金約2500万円がばらまかれた、今回の大規模選挙違反事件。検察当局は、案里議員の広島選挙区の現地捜査を進めていた広島地検に東京、大阪地検の特捜検事らを送り、国会議員の河井夫妻は政界捜査を行う東京地検特捜部が取り調べる態勢で、総力を挙げて取り組んだ。

検察幹部の定年を特例で延長できる「検察庁法改正案」や、次期検事総長と目されていた黒川弘務・前東京高検検事長問題で、国民の検察に対する信用は大きく低下した。その回復のため、前法相夫妻を公設秘書らと同様に逮捕、取り調べを行い、真相を明らかにする必要に迫られていた。

東京地検特捜部は国会閉会中の2019年12月後半、IR(カジノなど統合型リゾート)汚職で、翌月に通常国会が始まるまでのすき間を縫い、衆院議員を逮捕している。今回も不逮捕特権のない期間での逮捕だ。前述のような理由で、今の検察は国会開会中の議員逮捕を避ける傾向が出ている。

不逮捕特権を巡る田中角栄議員の論戦

国会議員の不逮捕特権は新旧の両憲法に規定されているが、議員が絡む大きな事件があるたびに、疑問を持つ国民も少なくない。不逮捕特権について、造船疑獄から半年後の衆院決算委員会で、証人として喚問された事件捜査の河井信太郎・主任検事と、若き田中角栄議員(のちに首相、ロッキード事件で逮捕)が興味深い論戦を展開している。田中議員は前年に、炭鉱国家管理法案をめぐる「炭鉱国管疑獄」で検察からの逮捕許諾請求が衆院で可決となり逮捕されている(一審は有罪、二審で逆転無罪)。

田中議員「新憲法で国会議員の職責が非常に高くなったにもかかわらず、なぜ逮捕許諾が多くなったのかという疑問がわいてくる。将来の問題において、不逮捕特権はどうあるべきだと考えるか」

河井検事「国会開会中の議員逮捕は、慎重の上にも慎重を期してこれを行うべきであるというお考えはその通り。ただしかし、開会中であるために絶対に不逮捕でよろしいかは、司法権と立法権(国会)とのバランスの問題になるかと思う」

田中「国会開会中の議員逮捕が少し延び、国会が終わるまで逮捕が出来なかったために、ある種の事件がつぶれても、ある意味においては考えなければならぬ(やむを得ない、の意)のではないか。政治資金規正法とか公選法違反とか、国会議員の職務に関する問題は、保守党議員だと簡単に事件になっている。(他党に関する問題を検察はおやりになるつもりか)」

河井「どの党であるから、どうとは毛頭考えておりません。それを考えないことが検察の生命であると確信しておりますので、犯罪があれば、いついかなる場合でも捜査いたす所存でおります」

不逮捕特権の枠を拡大したい政治家と、不偏不党を強調する検事の論議は、平行線のままだ。

検察は今回、一連の問題で政界との近さが指摘された。そんな中で、かつての法務・検察のトップだった前法相を逮捕した。案里候補陣営には自民党本部から、同党他候補の10倍になる1億5000万円が供与されたことなど、まだ解明されていないことも少なくない。検察は忖度(そんたく)することなく、真相を究明してほしい。

バナー写真:河井案里・参院議員(左)と河井克行前法相=いずれも2020年6月17日、国会内で=2枚の写真をかけ合わせ=(時事)

自民党 犯罪・事件 司法