いつか『弱虫ペダル』台湾編を描きたい――漫画家・渡辺航と作家・一青妙が語り合う日台自転車交流

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人気漫画『弱虫ペダル』の作者・渡辺航さんは、自らが監督をつとめる「弱虫ペダルサイクリングチーム」を率いて、2021年11月末に石川県志賀町で開かれた「能登シクロクロス」に参加した。シクロクロスは障害などもあるオフロードのコースを駆け抜けるハードな競技だ。日台をまたにかけて作家・女優として活躍する一青妙さんもサイクリストで、母方のルーツが同じ能登半島の中能登町にある縁で、同大会のアンバサダーを務めた。2人が日台の自転車交流に向けて語り合った。

渡辺 航 WATANABE Wataru

長崎県出身、3月9日生まれ。2001年に漫画家デビュー。2008年から秋田書店「週刊少年チャンピオン」で『弱虫ペダル』を連載開始し、「別冊少年チャンピオン」で『弱虫ペダル SPARE BIKE』も連載中。2015年、『弱虫ペダル』が講談社漫画賞(少年部門)を受賞。自身も自転車レースに参加するなど自転車ライフを楽しんでいる。

弱虫ペダル=飆速宅男

一青 実は…この大会が私の人生で初めてのシクロクロス(オフロード自転車競技)です。普段はロードバイクに乗っているのでシクロクロスの概念もルールもよく分かっていません(笑)。今回は驚きの連続でした。芝生や泥地、傾斜角のきつい斜面などが次々と現れて、ハンドルを握りながら緊張しっぱなし。バンカーの砂地では、タイヤを取られて転びそうになりました。よくこのようなコースを走ることができますね。

渡辺 僕は試走のときに、上手な人の走りを見るようにしています。それを少し真似することで、最初は無理だと思ったり、怖いと思ったりしている坂やバンカーも、意外とすんなりと走れてしまいます。ずっと前からシクロクロスの漫画を描きたいと思っています。シクロクロスは、選手はもちろんですが、同じコースを何周もするので、応援する人も見やすくてみんなが楽しめます。

一青 私はサイクリスト歴5年ほどですが、特にヒルクライムが苦手で、『弱虫ペダル』に出てくるヒルクライマーの「巻島先輩」のダンシングを真似しています。台湾では『弱虫ペダル』の翻訳出版だけでなく、昨年実写化された映画も上映されました。中国語のタイトルは『飆速宅男』。直訳すると「すごく速いオタク」です。

台湾版『弱虫ペダル』
台湾版『弱虫ペダル』

渡辺 知りませんでした。でも、確かフランス語版では『En selle, Sakamichi』で、「サドルにまたがる坂道」という意味です。各国によって切り取り方が違うので、台湾版もそれはありだと思います。一青さんは台湾と深いご縁があるようですね。

一青 はい。父が台湾人なので、小学校まで台湾の台北で暮らしていました。渡辺さんは台湾に行かれたことはありますか。

渡辺 まだありません。ただ『弱虫ペダル』を描き始めた後、スポンサーをしていた自転車の選手がレースで台湾に行きました。『弱虫ペダル』のロゴが入ったジャージ着たその選手は、台湾の人たちから熱心に「ぜひ渡辺さんを台湾に連れて来てください!」と声をかけてもらえそうです。うれしいことにたくさんのファンがいるとも聞いていますが、なかなか仕事が休めないから行けていません。

シクロクロスに参戦中の渡辺航さん(SUNADA Yuzuru撮影)
シクロクロスに参戦中の渡辺航さん(SUNADA Yuzuru撮影)

自転車王国・台湾のレース

一青 台湾は自転車王国で、サイクリングを楽しむ人がとても多く、渡辺さんのファンもたくさんいらっしゃると思います。私も5年前に自転車で台湾一周したことで、すっかりロードバイクにハマってしまいました。台湾を一周するとちょうど900キロから1000キロぐらいです。

渡辺 台湾には「ツール・ド・台湾」や、3000メートルを超える地点まで登るヒルクライムの「台湾KOM(キング・オブ・マウンテン)」があることを大会の記事などで読んでいました。私は、ヒルクライムは嫌いじゃないですが、速くはないです。台湾KOMはちょっとできるかな、という感じですが、競技じゃない形でならトライしてみたい。

一青 ほかにも台湾を一周する「フォルモサ900」という大会が毎年あって、ぐるっと回ることを「環島」と呼び、台湾人が“一生に一度やりたい”ことに挙げるくらい人気です。「フォルモサ900」には世界中からサイクリストが集まり、9日ほどかけて環島を楽しみます。大会とは別に、台湾を環島している人もたくさんいます。レースとは違い、ある程度の距離を数日に分けて走るサイクリングですね。

渡辺 そのような形のサイクリングは大好物です。漫画の中で、自転車はレースの道具として描いていますが、僕はどちらかというと、自転車旅が大好きです。必要な道具を最小限まで削りに削って自転車に積んで、旅をします。一日中走って、夜はビジネスホテルに泊まり、翌朝からまた走り出すような旅のスタイルです。

毎年「ツール・ド・夏休み」と称し、東京から飛行機である時は四国の高松、ある時は和歌山の南紀白浜に降り立ち、その後、船なども併用しながら、自転車でひたすら長崎の実家を目指します。起きたら走ることだけをやればいい、というこの5日間がとにかく楽しくて幸せな時間です。

シクロクロス初挑戦の一青妙さん(SUNADA Yuzuru撮影)
シクロクロス初挑戦の一青妙さん(SUNADA Yuzuru撮影)

「絶景は元気をくれる」

一青 分かります。私も、台湾環島の間は夢のような時間でした。正直、最初の2日間くらいは「なぜこんなに苦しいことをしているのか?」と自問自答したり、後悔したりすることもありましたが、その後は、とにかく楽しくて、もっとこの時間が続けば、と願うほどでした。四国一周も、台湾一周とほぼ同じくらいの距離なので、四国一周を渡辺さんにお勧めしたいです。渡辺さんのお勧めのサイクリングの場所はどこかありますか。

渡辺 四国一周はしたことがありませんが、四国カルストが本当によかったです。標高1400メートルの山の上で、石灰岩の地層の真ん中を走る一本道。到達するまでが結構きつい山道でしたが、その先に絶景が広がっていました。「絶景は足を軽くするんだな!」「絶景は元気をくれるんだな!」と思いました。つらかった事は全て忘れて、すごくよかったと思いました。しまなみ海道も何回も走っています。今年はもう感動しないだろう、と思って行くと「やっぱ、超いいな!」と思ってしまいます。島、橋、道、海、空、山――これがそろっていると幸せです。

一青 台湾の環島にも、島や橋、道、海、空、山の全部があります。ぜひ渡辺さんにも、環島を体験し、弱虫ペダルの「台湾編」を描いていただきたい。

渡辺航さん(左)と一青妙さん(右)(一青妙さん提供)
渡辺航さん(左)と一青妙さん(右)(一青妙さん提供)

台湾にも熱烈な「弱虫」ファン

渡辺 なかなか連載の休みが取れないので(横にいる編集者に向かって)、貴重な体験をしたいとずっと僕はずーっと言ってますが、「読者が待っているじゃないですか」と言われると、僕も「なるほど…」となってしまうのです。台湾に行けたら、台湾編を描くかもしれません。以前、私が事前に出るとアナウンスしたシクロクロスの大会で、「私、台湾から来ました。サイン下さい」とわざわざ僕に会いに来てくれた女性ファンがいました。半分は日本語、半分はスマホの翻訳を使いながら「(主人公の同級生サイクリスト)今泉くんと鳴子くんが大好きです」と言ってくれました。

台湾の方からのファンレターが届いたり、サイン会でもいらっしゃったりしました。台湾には熱烈なファンがたくさんいると思っています。いずれは台湾に行きたいと思うので、その際は温かく迎えてもらいたいです。

一青 大会アンバサダーとして、表彰式やサイン会の司会をしながら、渡辺さんの姿を追っていました。開催日の2日間とも、レースに出走するだけでなく、子供たちと一緒にコースを走り、合間にご自身のチームメンバーの応援やサイン会、ファンとの交流と、ほぼ休みなく動き回っていて、楽しそうな笑顔が印象的でした。こういった経験が、漫画を描いていく原動力となり、作品の随所に生かされているのではないのでしょうか。

渡辺 その通りです。本当に体験したことが重要だと思っています。私の場合、その時の一番「わぁ」ときたものを取り込むようにしています。経験上、だいたい3カ月から半年くらいで臓腑(ぞうふ)に落ちていき、あのときの感じ、味というふうに、ペンを持つ指から出てきます。その瞬間の「どうして」と思う焦りなど自分の心の動きが、時間経過と共に整理され、ネタとなります。また、私は「初めて」をとても大事にしています。もし台湾に行く機会があれば、最初に飛行機を降りたときの匂いや人の空気感などが「ごちそう」だと思うので、体験しに行きたいです。

『弱虫ペダル』
『弱虫ペダル』Ⓒ渡辺航(秋田書店)2008

一青 『弱虫ペダル』で選手たちが歌っている「恋のヒメヒメぺったんこ」という歌も、渡辺さんの実体験からでしょうか。私は、特にヒルクライムのような苦しいときに、主人公の坂道くんのセリフにあるように、歌を歌うことで、本当に楽になることを覚えました。とても効果があると思います。

渡辺 坂道くんは、私の実体験の部分部分を取り入れたキャラクターです。少年誌では、「一番になりたい」人を主人公に据えがちですが、私自身、何が何でも一番になりたい欲望はなく、他人に譲ってしまうタイプなので、坂道くんもアシストタイプの性格となりました。よく、誰かをモデルにしているのか、と聞かれますが、いろいろな人のいろいろな部分を混ぜ合わせ、膨らませ、漫画の中で自由に動いて欲しいと設定しています。

一青 テレビ版『弱虫ペダル』の第5期放送が2022年10月に始まります。とても楽しみにしています。

バナー写真=作家の一青妙さん(左)と漫画家の渡辺航さん(右)(一青妙さん提供)

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