今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:5月13日

大阪・千日デパートで火災 死者118人

1972(昭和47)年 大阪・千日デパート火災が発生し、死者118人、重軽傷者78人を出した。当時、日本のビル火災で最悪の惨事となった。出火は午後10時27分ごろで、7階のキャバレーだけが営業中だった。火災を知らせる館内放送設備が7階にはなく、火事に気付くのが遅れた。防火訓練は行われず、従業員による誘導もなされなかった。多くの客や従業員は吹き上がる煙やガスから逃れようと、飛び降りて死亡。原因は3階で行われていた改装工事の業者によるたばこの火の不始末だった。「デパート」と名乗っていたが、実態は雑居ビルで、3、4階のスーパー以外はほとんどの入居者が小規模店舗だった。防火シャッターなど防火設備が不十分で、消防署から改善指導を受けたものの、放置されていた。

その他の出来事

武蔵・小次郎が巌流島で決闘

1612年(慶長17年4月13日) 宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島(山口県下関市の関門海峡にある小島)で決闘。小次郎は3尺の白刃を手にして挑み、武蔵は木刀の一撃でこれを倒したとされる。島は舟島と呼ばれ、「巌流」は小次郎の流派「岩流」から採られたという。決闘の時期は他の説もある。また、小次郎は絶命しておらず、隠れて見ていた武蔵の弟子がとどめを刺したとも伝えられる。

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日本初の地質調査報告書が完成

1879(明治12)年 日本初の地質調査報告書「山梨県地質取調報告」が内務省地理局地質課の和田維四郎により作成された。和田は日本の地質学の基礎を築いたドイツ人学者ナウマンの弟子。ナウマンは明治政府に産業振興上、地質調査が極めて重要であると説いた。地理局に地質課ができると和田を送り込んだ。同課での最初の成果が山梨県地質取調報告。これを手始めにナウマンと協力して、最初の全国的地質調査である20万分の1地質図幅調査事業に取り組んだ。

「E電」大々的に発表も不発

1987(昭和62)年 この年4月に分割民営化されたJR東日本が首都圏近距離電車の「国電」に代わる呼称を「E電」とすると発表。一般公募の名称案から選び、大々的に売り込んだが全く定着しなかった。国電に相当する言葉はなくなったが、「JR」がすでに広く浸透しており、日常生活で支障はなかった。

JR東日本 宮本武蔵