犬山紙子対談「この女性(ひと)に会いたい」

和田彩花(アイドル)「アイドルが人として生きやすくなるためには」:犬山紙子対談 第2回

社会 エンタメ ジェンダー・性

コラムニストの犬山紙子さんが各界で活躍する、気になる女性に会いに行く新連載の第2回目は、犬山さんが大ファンだという、アイドルの和田彩花さんが登場。和田さんは次世代を担う30歳未満の若者を選出するフォーブス ジャパンの「30 UNDER 30 2020 JAPAN」を受賞。和田さんは次世代のアイドルに何を伝えていきたいのか、犬山さんはなぜ和田さんに惹(ひ)かれるのか。二人がこれからのアイドル論を語った。

和田 彩花 WADA Ayaka

1994年生まれ。2004年ハロプロ エッグ オーディションに合格。2009年アイドルグループ「スマイレージ」(のちのアンジェルム)の初期メンバーに選出され、リーダーを務める。2010年「夢見る15歳」でメジャーデビュー。同年スマイレージがレコード大賞最優秀新人賞を受賞。2017年ハロー!プロジェクトの6代目リーダーに就任。アイドル活動の傍ら、大学、大学院で美術を学ぶ。2019年、アンジュルムとハロー!プロジェクトを卒業。2020年「30 UNDER 30 JAPAN 2020」を受賞。

アイドルという職業の圧倒的な不自由さ

犬山 和田さんのことはハロー!プロジェクトで活動されていた時から知っています。私は和田さんより全然年上なんですけど、ステージに立って輝いている姿を見ていると「かっこいい女性って素敵だな」と、まるで思春期に戻ったような憧れの気持ちがよみがえってきます。

和田 そう言っていただけて、うれしいです。

犬山 和田さんがアイドルになったのはいつですか。

和田 小学校4年生の時ですね。はじめは研修生になって、高校1年生でデビューしたのですが、その頃はアイドルという存在に対して無自覚でした。何も考えてなかったし、大人に「こういう風にした方がいいよ」と言われたことは、やらなければいけないと思っていました。休みもあまりなかったんですけど、それすらもうれしいことだと勘違いをしていて。辞めて初めて、自分にとっても人にとっても、休みはすごく必要なことだと気づきました。

犬山 休み、本当に必要ですよね。しかし、休みがある状態を経験したことがなかったから、辞めるまで気づかなかった……。私は女性アイドルのファンですが、私は彼女たちを搾取していないだろうかと葛藤することがあります。たとえば、若い時からたくさんの人の目に触れることは、精神的にすごくストレスがかかる。私はもういい大人ですが、それでも人前に立つことが精神的にしんどくなる時がありますから。それが思春期や人格形成がまだしっかりできていない時に、激しい注目に晒(さら)されたり、ひどいことを言われたりするのは大変なことです。アイドルに勇気づけられてきた身としては、 “推し(支持するメンバー)”がちゃんと幸せなのかというのは気になります。和田さんはアイドルという立場から見て、ファンが搾取しないため、アイドルを不必要に傷つけないために、課題や大切にしていることはありますか?

和田彩花さん
和田彩花さん

和田 私はジェンダーやフェミニズム、セクシャリティなど、一般的にはアイドルが口にしないようなことも発信していますが、犬山さんと同じようなことを言ってくださるファンの方が周りにすごく多い。「こういうのもあるよ」とファンの方が教えてくださったり、いろいろな情報をシェアできる。この間はインスタグラムライブで女性のあり方を考えていきたいと発信したら、メキシコやフランス、韓国など、様々な国の方からメッセージをいただいて。そういうものは、すごくうれしいし、受け入れてくれてるんだと心の支えになります。一方で、今の社会の構造には少し偏りがあるのも事実で、アイドルという職業はその偏りから生まれた側面があると思っています。アイドルは女の子らしさやアイドルらしさを求められてきたし、そこに圧倒的な不自由さを感じることもあります。

ルッキズムの弊害とメンタルケアの必要性

犬山 アイドルだからといって、世間が抱くアイドル像を全て受け入れる必要はありませんよね。アイドルである前に人間ですから。

和田 そうですね。これからの社会においては、アイドルに限らず、“らしさ”に囚われる必要はないと思います。ただし、自分はいろいろと発信していますが、未成年の人たちに対して、自分が持っているジェンダー観を押しつけることはできない。偏った視点があるということ、フェアな視点で見ることの大切さや術(すべ)があると教えることはできるけど、それもひとつの価値観や思想なので、「これをみんな知った方がいい」とはなかなか言えない。ただ、やはり女の子が集まれば、どうしても比べられることが多いですし、ルッキズム(人を容姿の美醜によって評価し、身体的魅力に富む人とそうでない人を差別して扱うという考え方を意味する表現)は大きな問題だと思います。

犬山 和田さんは葛藤しながらも未成年の人を守ろうとされていたんですね。私は男女に限らずアイドルは、メンタルケアが必須ではないかと感じています。

和田 レッスンもそうです。鏡の前で何時間も踊っていると、人と比べて自分はどうなんだろうという視点で見てしまう。大切なことかもしれないけれど、一方では負担になることもある。それを口に出してもいいという雰囲気も、まだできていないと思います。

犬山 未成年が水着を着る、着ないという問題ももちろんありますが、例えば、アンジュルム(ハロー!プロジェクトのアイドルグループ。旧グループ名はスマイレージ)だと、グラビアで着たい子は着るし、着たくない子は着ないというのがありましたよね。あのとき、少しずつ変わってきているなと感じました。本当は当たり前のことだけど……。そして、アイドルを元気づけるような素敵なコメントをするファンもいれば、心ない言葉を投げる一部のファンもいる。

和田 ありますね。

犬山 容姿をいじったり、「女の子なんだからこうしないと」だったり、「●●ちゃんより▲▲ちゃんのほうが可愛いよ!」って褒めてるつもりで誰かを貶(けな)す人がいたり……。

和田 ひどい……。

犬山 推しが幸せであってくれることが一番の喜びであるはずなのに、未成年の子に対して大人が激しく詰め寄ったり、コメントしたりするのを目にすると、本当に悲しくなる。相手は人間なのに。

和田 よくありますよね。作品に対してファンの方が「いい」「悪い」と言うのはかまわないと思うんです。すべてが「いい」じゃなくて、悪いところがあったら、「それは考えるべきじゃないか」って言ってもらうのはいいんですが……。 

美術の世界を通して広がった視界

犬山 私がすごく覚えているのは、アンジュルム時代に中学生のメンバーが赤い口紅を塗ったら、「それはちょっと早いんじゃない?」とか言われた話。

和田 否定的なコメントがあったんですよね。

犬山紙子さん
犬山紙子さん

犬山 そんな中で和田さんが「これからも好きな色のリップを塗ってね」という意味のことをおっしゃって。そんな素敵な先輩がいてくれたら、すごく心強いだろうなと思いました。

和田 私は大学で美術史を学んで、そこで美術を通して、世界はすごく広い、価値観は多様だと知ったんです。小さい頃からアイドルの世界でいろいろなレールを敷かれたり、大人からやり方を教えられると、自分の価値観がそればかりになってしまう。私が好きな近代美術の作品には、現代的な感覚や近代的な意識がすごく込められていて。そういう作品を眺めていたら、自分自身の生活や職業についての今までの価値観を一度疑わないといけないと思った。美術の世界を通して「こういう存在がいてもいいんだ」と知りました。

犬山 学ぶことや他の世界を知ることで自分が見えてくることはありますよね。私、今38歳ですけど、37歳ではじめて「サピオロマンティック」という言葉を知ったんです。相手の知性に恋愛的な魅力を感じるというセクシャリティなんですけど、私は男女関係なく、知性あふれる言葉を持つ人を大好きになるところがあって。すごく自分を表している言葉だなって納得しました。それまでは自分にはなんとなく「こういう傾向があるな」ぐらいで、モヤモヤしていたんです。

和田 モヤモヤが残ると、ちょっとストレスを感じませんか? なんで他の人と分かり合えないんだろうって。

犬山 そうそう! 和田さんも自分も迷いがあったり、アセクシャル(他者に対して性的欲求や恋愛感情を抱かないセクシャリティのこと)かもしれないと公言されたこともあるじゃないですか。今はまた違うかもしれないと、セクシャリティは揺らぐこともあるということを含め、そういう発信をされることで、ファンが「自分も今しっくりきていないけど、他の可能性があるんじゃないか」と考えるきっかけになってるんじゃないかなって。

歴史は私の味方

和田 言語化されるだけでスッキリしますよね。自分が抱く違和感や疑問をなぜみんなとは分かり合えないんだろうという気持ち、自分が責められているような、みんなの中に入れない寂しさを感じたりしていて。でも本を読むと、意外とそのモヤモヤや違和感がフェミニズムやジェンダーという視点で、言語化されている。読んでいると頭の中が整理されるし、自分は一人ではないと思える。そのときに「歴史(知識)は私の味方だ」とすごく思ったんです。

犬山 歴史が私の味方って素敵な言葉ですね。私たちがモヤッとしていることは、先人が言語化してくれていて、どう対処するかも書いてくれている。歴史を知ることは癒しにもつながると、私も大人になってから気づきました。そうすると、あの場面で辛かったのは自分のせいじゃなかったんだって分かって癒される。和田さんみたいに「あなたのせいじゃないんだよ」と受け止めてくれる存在に出会えると、自分を許すことができる。私は友達が悩んでいる時に「あなたは悪くないよ」と言えるのがすごくうれしいし、自分自身、生きやすくなったと感じています。

和田 自分たちよりも若いアイドルが人として生きやすくなるといいですよね。犬山さんは虐待された児童に対しての支援活動を行っていますよね。私も年下のメンバーがどうしたら心地よく活動できるかということを考えるんです。今は実際に行動できていないということが、ちょっとしたストレスになっていますが、何か彼女たちを支援する活動をしたいと思っています。そうなった時にはアドバイスしてくださいね。

犬山 私にできることならなんでも! アイドルという立場で発信していくのは、すごく勇気が必要じゃありませんか?

和田 自分の中ではそんなに大きなことだとは捉えていなくて。それに、発信はできても、解決策を示したり、実際に行動に移すことはできていないので。自分の思考もまだそこまで追いついていないと感じています。

逃げるのも立派な選択肢

犬山 意見の違う人たちにはどう接していますか?

和田 難しいですね。相手の話は否定しないし、聞くことが必要という意識ではいるので、お互い話したいことを話せているとは思います。あとは、自分が傷つけられると感じることが多い人がいたら、自然と会う回数を減らしたりとか(笑)。価値観が違うのは当たり前なのですが、押しつけられたら逃げちゃいますね。

犬山 私も(笑)。価値観の違いというよりも、差別意識をぶつけてくる人がいて。意見が違う人とも仲良くなれるし、対話もできる。でも、差別意識をぶつけてこられたり、あきらかに対話よりも論破が目的だなと思ったらシャットダウンします。傷つきますから。間柄にもよりますが、私は結構逃げます。

和田 ちょっと逃げるしか方法がないですね(笑)

犬山 逃げるのも立派な選択肢です。差別から逃げよう。で、元気があるときはノーって声を上げてみたり。

和田 確かに元気がある時って、すごく大事ですよね。

犬山 そして、対面でもSNSでも「この発言に勇気をもらいました」みたいな発言はどんどん伝えるべきですよね。あと、このコメントは批判ではなくて、誹謗(ひぼう)中傷だなとか、差別だなと感じたら、結構、気軽にミュート(投稿を非表示にすること)しています。

和田 私もしています(笑)。ブロックしたりとか。あと、使い分けるといいですよ。私はTwitterではあまり問題提起みたいな発言はしてなくて。インスタグラムは好意的な反応が多いので、問題提起もできる。クローズドのファンコミュニティーではもっと自由に話せる。使い分けるのもひとつの手ですね。

犬山 本当です。今日は和田さんのお話を伺って、何か吹っ切れたような気がします。本当にありがとうございました。

対談まとめ:林田順子
写真:高山浩数

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