犬山紙子対談「この女性(ひと)に会いたい」

伊藤絵美(公認心理師):「嫌な感情は、想像上のトイレに流してしまおう」:犬山紙子対談 第4回

社会

コラムニストの犬山紙子さんが各界で活躍する女性と語り合う本連載。今回は臨床心理士として活動し、数々の著書をもつ伊藤絵美さんが登場。長引くコロナ禍でストレスを感じる人やメンタルの不調を訴える人も多いなか、犬山さん自身の体験も交えながら、心を健やかに保つためにはどうすべきかを教えてもらった。

伊藤 絵美 ITŌ Emi

公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士。洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。ストレス心理学や認知行動療法、スキーマ療法などを専門とし、カウンセリング歴は30年以上。主な著書に『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』(医学書院)、『セルフケアの道具箱 ストレスと上手につきあう100のワーク』(晶文社)など

「ストレスケア」という考え方

犬山 私が不安症の症状が出ていたときに、評論家の荻上(おぎうえ)チキさんから伊藤先生が書かれた『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』を勧められて。あの本は非常に私の助けになって、ぜひ一度伊藤先生とお会いしたいと思っていました。

伊藤 ありがとうございます。

犬山 コロナ禍で私の周りでも気持ちが追い詰められている人が多いと感じています。認知行動療法のような、エビデンスのある療法があるのに、日本ではまだまだ認知度が低いのはなぜだろうと思うようになりまして。そこでまずは伊藤先生のご専門である認知行動療法について教えていただけますか?

伊藤 すべての大もとにあるのは「ストレスケア」という考え方です。心理学において、ストレスは解消できないもの、生きている限りあるもので、それに気づいて、いかに自分を助けていくかという発想です。

犬山 ストレスと聞くとネガティブなイメージですが、うれしいことも、楽しいこともストレッサー(ストレスの原因となる刺激)になるんですよね。

伊藤 そうです。そして認知行動療法はストレスに対応するためのひとつの手段です。私たちはまずストレス反応を「認知」「気分感情」「身体反応」「行動」に分けて考えます。どんなストレッサーが降りかかってきているのか、それに対して自分がどういう反応を起こしているのか。これに気づくことがすごく大事なのですが、いろんなストレスを抱えて落ち込んでいるときは全てがぐちゃぐちゃになって、悪循環に陥っている。

伊藤絵美さん
伊藤絵美さん

犬山 分かります。「私はダメだ、私はダメだ」「この先絶対うまくいかない」と不安ばかりがグルグル渦巻いたりして。

伊藤 だけど、嫌な人の言動を変えるとか、コロナウイルスをなくすことはできません。また、自分の感情や身体的反応を変えることも難しいですよね。となると、私たちが工夫できるものは思考と行動しかない。思考と行動を工夫して、自分をストレスから救いましょうというのが認知行動療法の考え方です。

犬山 マインドフルネスも認知行動療法の一つなんですよね。

伊藤 もともとの認知行動療法は、認知や行動を「変える」ことに主眼がありました。ところがストレッサーをしっかり「受け止める」ことに意味があることが分かってきたのです。

そのひとつがマインドフルネスです。例えば自分が悲しんでいると気づいたときに「そんなふうに思っちゃダメ」と否定をするのではなく、どんなにネガティブな思考や感情でも「私はこんなふうに感じているんだ」と受け止める。

また、意思とは関係なく湧き出る思考を「自動思考」というのですが、それをひも解いていくのがスキーマ療法です。

自動思考の謎解きをする

犬山 「絶対無理だ」とか「ああ、もうダメだな」とか根拠なく勝手に出てくるあの気持ち。

伊藤 はい。ところがその人の生い立ちや、人との関わり方などをさかのぼっていくと、なぜそういう自動思考にたどり着くのかが見えてきます。生きづらさの謎解きをしているようなもので、その正体に気づくと「なんだ、こういうことだったのか」と、結構、簡単に手放せるようになる。これがスキーマ療法です。

犬山 私も「なんでこんなに怒ってしまうんだろう」をひも解くと、内なる小さな私が甘えたくてそれを怒りとして発露していることに気づきました。それからはイラッとしても、「私、イラッとしている」と認知できて、「じゃあ、私は甘えたいのかな」と考えることができる。自分の怒りと向き合えるようになると、イラッとしてもすぐ冷静になれる自分がとても気持ち良くて、夫との関係性も良くなりました。もちろん、それでも怒ってしまうときはありますけど(笑)。本に書かれていた「内なるチャイルド(子ども)の欲求に耳を傾ける」も実践しています。

伊藤 自分のチャイルドにアクセスできると、不思議と孤独じゃなくなりませんか?

犬山 はい。「どうしたの?」って自分に語りかけて、寝る前にあやしてあげる。自分で自分を癒すことができるのがすごく希望になっていて。たまに涙が出てきたりします。

伊藤 そうです。感情が豊かになるというか、心が揺さぶられますよね。ぬいぐるみもすごくチャイルドにつながりやすいですよ。クライアント(来談者)の中には「伊藤先生には心を開けないけど、この子にだったら言える」と言う人もいて。ぬいぐるみに語りかけたり、ギュッと抱きしめると、自分の中のチャイルドも大事にされていると感じられます。

伊藤さん愛用のぬいぐるみ
伊藤さん愛用のぬいぐるみ

犬山 あと私、先生の本に載っていた、嫌な感情を抱いたら、トイレを想像して、うんこと一緒に流してしまうという提案がすごく好きでした。

出てきたものは流してしまおう

伊藤 出てきちゃった思いや感情は戻せない。だけどずっとうんこを眺めているのもおかしい(笑)。だから、出てきたものは出てきたものとして置いといて、あとはトイレが流してくれると思えばいい。トイレじゃなくても、川に流れてきた葉でも、空に浮かぶ雲でも、自動思考を乗せて流せばなんでもいい。心理学的に最悪なのは、せっかく気づいたことをなかったことにすること。

犬山 「気にしないのが一番」「ポジティブに」とかすごく言われますけど、「いや気にしちゃうし、ふたをすると余計嫌な気持ちが膨らんでいくし」「気持ちをねじ曲げて無理やりポジティブにしても結局置いてきぼりの感情がある」と感じます。ところが気持ちを無視せず認知して、トイレに流れていくうんこを想像するだけで、本当にスッキリする。不思議です。ところで今、コロナ禍で産後うつの可能性が2倍になるとも言われています。どうしたら、こういうエビデンスのある情報がそういう人達にも、広く伝わるようになると思いますか?

犬山紙子さん
犬山紙子さん

伊藤 私もそこに課題意識があったので、自分でケアできるようにと『セルフケアの道具箱』を書きました。

犬山 たしかに私もカウンセリングを受けていますが、保険適用外ですとどうしてもお金がかかるし、自分に合うカウンセラーを探すのも時間がかかりますよね。

伊藤 相性の問題はあります。1人目でしっくりきたらラッキーで、そうじゃないことも多いので、ご自身の感覚を大事にしてほしい。違和感があったら即座に変えた方がいい。

犬山 私も1人目は全然しっくりきませんでした。

伊藤 最近はアプリやオンラインカウンセリングもあります。認知行動療法系のアプリは今、いろいろなところが開発していますし、オンラインカウンセリングは比較的価格が安い。私も、とある会社のテキストカウンセリングを受けています。

メンタルケアは早めに対応

犬山 伊藤先生も受けていると聞くと、すごく気持ちが楽になります。

伊藤 誰にとっても担当カウンセラーがいるのはありがたいことです。いざとなればあの人に相談しようと思えますから。

犬山 嫌なことがあっても「カウンセラーさんに相談すればいいか」って。逃げ場というか安全地帯が私にはあるんだぞと思える。

伊藤 ネタになるんですよね。話しているうちに気づくこともとても多いので、理想を言えば、頻度は高くなくてもいいので、定期的に相談してほしいですね。メンタルヘルスの問題はこじれるとうつになったり、いろいろと大変になるので、早いうちにケアしてほしい。なかなか難しいんですけどね。

犬山 「ちょっとしんどいな」ぐらいで行っていいんですよね。

伊藤 そうです。「ちょっとしんどい」ということへの気づきが大切で、気にしないようにしなきゃではなくて、気にしちゃった方がいい。人間の心の機能は不思議で、エネルギーが落ちていくほど、「私なんか生きている価値がない」とか、生死に関わるワードが出やすい。本来は別な話なのに、そこにとらわれて死ぬしかないところまで行っちゃう。だけど、それはただの考えに過ぎないので、やっぱりうんこなわけですよ。私のクライアントさんもみんなすごいうんこが出ますよ。

犬山 大きいのが出ましたみたいな(笑)。

伊藤 そういう見方ができるようになるといいですよね。あとは自分で記録をつけるのもいいでしょう。認知行動療法では、日々自分の心と体の状態をチェックして、グラフを作ります。特に女性はホルモンの関係でバランスを崩しやすいので、モニタリングすると、この時に落ちるなと見えてきます。すると早めにケアができる。

犬山 Twitterの裏アカ(メインアカウントの「本アカウント」とは別に作ったアカウントのこと)はそういう使い方に適している気がします。フォロー、フォロワーのいない一人だけの鍵アカウント。私もたまに自分の愚痴を見返して、「やっぱり私、こういうことに弱いんだな」と気づいて、穏やかになれる。先生はそれを外在化と書かれていましたね。

頭の中にあることを書き出すだけで効果絶大

伊藤 頭や心の中にあること、自分がやったことを全て書き出すだけなのですが、その効果は絶大です。自分の中にある小さなとげや愚痴を気にしないようにするよりは、「とげが刺さっているから抜いちゃえ」と書き出す。これを続けることで、体調が改善されたという研究報告がたくさんあります。

犬山 カラオケに行こう、飲みに行こうと、気持ちを抑えたまま遊んで発散しようとすることはストレス解消にならない。

伊藤 気持ちを抑えたままではあまり意味がないですね。

犬山 先生のところに来る方は、つらいと思っていたり、違和感があると思うのですが、逆に先生から見て、「こういう人は来た方がいい」と思う方はいますか?

伊藤 つらそうな表情で「つらくない」と言い張っている人ですね。

犬山 なかなか弱音を吐けない、弱い姿を見せることは負けだ、強さこそが価値、と思っているタイプの人だったり、自分を守るために攻撃的だったり。

伊藤 そういう人が私のところに来ると、だいたい「俺は感情的になってない!」と感情を否定したり、バカにしたりします。だけど、はたから見ると「すごい感情的になってますよ」という。心の問題を問題として捉えないと、体に現れるというのは実はよくある話で、背中に痛みが出たのに、どこの病院へ行っても「それはストレスだから」と言われてしまう。ああいう方はすごくつらいだろうなと思います。

犬山 本当にもっとカウンセリングが広まってほしいですね。カウンセリングは歯科検診のようなもの。何もなければ軽いメンテナンスをすればいいし、不調があっても、早めに対処できる。ただ、お金がある人しかできないという状況は国が力を入れて変えていくべきところなのかとも思っています。私も周りに広めていきたいと思っています。今日はありがとうございました。

対談まとめ:林田順子
写真:上平庸文

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