犬山紙子対談「この女性(ひと)に会いたい」

ナッケン鯉都(UNHCR駐日事務所首席副代表):「ウクライナだけではない。深刻な危機にある世界の難民事情」:犬山紙子対談 第9回

社会 国際・海外

コラムニストの犬山紙子さんが、さまざまな分野で活躍する女性と気になるトピックスについて語り合う本連載。ウクライナ情勢が悪化の一途をたどる中、ウクライナをはじめ世界で急増する難民の現状について理解を深めるため、今回は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所首席副代表を務めるナッケン鯉都さんにご登場いただきました。世界の難民の現況から、日本の対応や私たちにできることなどを伺いました。

ナッケン 鯉都 NACKEN Ritsu

国連難民高等弁務官事務所駐日事務所首席副代表。国際基督教大学(ICU)を卒業後、NGO勤務を経て、大学院留学で非営利団体の経営を専攻。その後、20年以上、国連機関に勤務し、世界6カ国に駐在。2021年より現職。

ウクライナ国民の4分の1が難民に

犬山 ロシアのウクライナ侵攻がメディアで連日、大きく報道される中、ウクライナの難民にも注目が集まっていますが、他国にも支援を必要としている難民がたくさんいるのが現状です。難民支援への機運が高まっている今だからこそ、私たちに何ができるのか、世界で何が起きているのかをしっかり認識すべきではないかと思っています。

ナッケン ありがとうございます。

犬山 まず伺いたいのはウクライナの難民についてです。

ナッケン ご存じの通り、ウクライナ情勢は欧州において第2次世界大戦以後、最大の危機と言われています。国外退避された難民が600万人、国内にいるけれど自宅には住めない方が800万人以上いると言われていて、人口の約1/3が故郷を追われているという状況です。

犬山 現在の課題はどんなことでしょうか?

ナッケン ロシアの侵攻が始まった最初の1カ月で国外退去した方は、欧州に家族や知人などの受け入れ先があり、鉄道の運賃を自費で賄えるなど、比較的余裕がありました。ところが現在は戦闘が続いている地域から、取る物も取りあえず、身寄りのないまま避難する人が増えてきました。難民に対するサポートのニーズが日に日に拡大する中で、難民の受け入れを行う近隣国には疲れも出てきています。また、モルドバのような財政的に豊かとは言えない小国が何十万人もの難民を受け入れるのは、かなりの負担となっています。周辺国を含め、中長期的にどう難民をサポートしていくかが大きな課題ですね。

ナッケン鯉都さん
ナッケン鯉都さん

犬山 受け入れる側への支援も必要ということですね。

ナッケン おっしゃる通りです。また、今回の難民は90%が女性と子供、高齢者で、人身売買や性的搾取などのリスクも大きい。女性だけ、子供だけで避難している場合は、きちんと身辺保護をしないと、さまざまな犯罪に遭う危険性が高まります。

犬山 実際にどのような危険性があるのでしょうか?

ナッケン 最近問題になっているのは「Unaccompanied Children」と呼ばれる一人で避難してきた子供たちです。父親は戦地に行き、母親は高齢の両親がいるので逃げられない。そうなると、とにかく逃げてほしいと、子供だけで電車に乗せたり、親戚や友達に預けるわけです。

犬山 本当は一緒に避難したいけれどそれができない厳しい現状……。戦地に行かなければいけない男性もどれだけつらい思いをしていることでしょう。そして子どもに一人で逃げてもらうとなると心配でたまらないと思います。

ナッケン 中には障がいがある子供もいますし、子供によってニーズはさまざまです。そこでユニセフ(国際連合児童基金)と連携したブルードット(避難ルート上に設置する安全なワン・ストップの支援拠点)というプロジェクトでは、国境沿いに子供たちをケアするための施設を運営しています。

女性難民の性被害をなくすためには

犬山 女性の性被害に対しては、どんな活動をされているのでしょう?

ナッケン 例えばトランジットセンター(中継地点施設)など、ベッドがずらっと並んでいるような施設では、トイレに一人で行くことが被害に遭うリスクになる場合があります。女性や子供が一人で出歩くことがリスクにならないよう、人目のある所にトイレを作ったり、実際に被害に遭ってしまった方がどうすべきかの啓発活動も行っています。ウクライナの人々は途上国よりも相対的に知識を持っている方が多いとは思いますが、それでも自分が被害に遭っていること、遭うリスクがあることを理解していない場合もあるので、やはり啓発は大切です。

犬山 避難する途中でもいろいろな危機があるということですよね。日本もウクライナ難民の方々を受け入れていますが、報道などでは「今二人が到着しました!」から始まって、受け入れ先の自治体の長らとの面会を報じて、感動的なムードで終わることが多いですが、本当に大事なのはその後です。長期的に彼らを支援していくための課題はありますか?

ナッケン 難民の方のニーズをきちんと汲み取るのは容易なことではありませんが、日本には多文化共生をプロモートしてきた自治体もたくさんありますので、それらの知見は生きてくると思います。あとは教育、福祉、仕事などの面です。お子さんがいる家庭では、教育の問題が重要になります。難民の方は一般的に日本語ができませんので、日本語教育から始まって、どうやって他の教育につなげるか。就職も日本語がネックになることが多いです。

犬山 戦争がすぐに終わればいいですけど、だからと言ってすぐに戻れるというわけではない。先日、日本では、ウクライナ難民の方は1年間働いたり、勉強をする権利が得られると報じられていましたが、その後を日本は考えていかないといけないですよね。

ナッケン 当初は3カ月だったものを、延長して1年にできるということですが、子供がいる家庭なら学校はどうするのかということになりますし、仕事も1年で限定、その先は分からないとなると、就ける職業が限定されます。私たちは、日本での避難生活が長引く可能性も視野に入れ、彼らの定住を促進できるような措置を取ってほしいと働きかけています。それとやはり彼らはトラウマ(心的外傷)を抱えて避難してきています。UNHCRも紛争地域での難民支援には必ずサイコソーシャル(社会心理学的)サポートを含めるのですが、日本でも心のケアはとても大切だと思います。

犬山 そうですね。私は児童虐待防止の活動をしているのですが、精神的なケアが他国と比べて、日本はかなり遅れている印象があります。

犬山紙子さん
犬山紙子さん

ナッケン 精神的なケアのニーズがあるということ自体に、スティグマ(他者や社会集団によって個人に押し付けられたネガティブな意味のレッテル)が付いてしまうことも少なくない。そういったところは改善すべき余地がありますね。

犬山 カウンセリングや心療内科に行くことへの偏見もまだまだ強いですよね。

ナッケン 風邪をひいたら病院に行くのと同じで、自分は精神的な不調があるからカウンセリングに行く、という感覚が共有されるといいのではと思います。

一番ありがたいのは寄付金

犬山 私たちが個人レベルでできる難民支援にはどんなことがありますか?

ナッケン 一番ありがたいのはやはり寄付です。物品のドネーション(寄贈)の申し込みもいただくのですが、輸送するとなると手続きがかなり大変になり、コストもかかるので、やはりキャッシュが一番なんですね。

犬山 圧倒的に手間がかからないからですね。

ナッケン それと現地ではニーズがどんどん変わるので、やはり汎用性が高いキャッシュが一番なんです。同じ理由で私たちは難民の方々に現金給付をしています。日本だと「えっ?」と思われる方も多いのですが、難民の方自身が一番必要だと思うものにお金を使えるということは、より尊厳のあるサポートの仕方だと言われています。

犬山 着の身着のままで逃げたその先にも生活があるわけで、現金給付は大切ですよね。

ナッケン 例えば赤ちゃんを抱えている家庭はおむつが必要になりますが、支援物資だと見当たらなかったらそれまでです。でも、現金であればどこでも自分で選んで買えますから。

犬山 なるほど。これまで日本政府や企業、個人からウクライナ難民にはどれぐらい支援が集まったのでしょうか?

ナッケン 日本政府からは最近、追加支援のお話もあって、2億ドル(約260億円)の緊急人道支援のうち、UNHCRには4000万ドルを割り当てていただきました。私たちが驚いたのは、コロナ禍によって個人からの寄附金は減るだろうと思っていたのですが、逆に増えたことです。

犬山 えーー!?

ナッケン 自分も大変だけど、もっと大変な人もいる。そういう人に手を差し伸べたい、自分のことで精一杯でも他者のことも考えたいという思いの表れではないかと思っています。

犬山 尊いお金ですね。日本でも寄付文化は着々と根付いているんですね。

ナッケン ただ、アフガニスタンやシリアでは、ここまでの支援が起こらなかったのに、今回これほど増えたのはなぜなのかということは、私達もよく話し合っています。

犬山 確かに、私も今まで自分が他国にした寄付の額を考えると、ウクライナ支援に一番多く支払っています。メディアなどで報じられる時間も違いますよね。

圧倒的に足りない難民の受け入れ数

ナッケン ただ、知っていただきたいのは、難民問題はウクライナだけではないということです。アフガニスタン、シリア、南スーダンなど、みなさんの目に触れる機会は少ないけれど、危機が続いていて、同じように悲惨な思いをされている方がたくさんいます。そして難民支援の大きな問題の1つは、難民のいる国が非常に偏っているということで、その国のほとんどが途上国だということです。その結果、難民キャンプで10年、20年と過ごす方が増えています。カナダやドイツ、米国の難民受け入れはよく知られていますが、それでも数としては圧倒的に少ないんです。そもそも第2次大戦後から難民はずっと増え続けています。政府や国連機関だけではなく、世界全体で取り組むことや個人レベルからも貢献していくことが難民問題の解決には必要なのです。

犬山 日本には先進国としての責務がありますよね。

ナッケン それと日本では難民というとかわいそうな人と思われがちですよね。私は「難民」という言葉がよくないと思うんです。

犬山 「難しい民」ですものね。

ナッケン オリンピックには難民選手団がありますし、高学歴の方もいて、実際14の大学が私どもの難民高等教育プログラムに参加して、難民の学生の受け入れをしています。そういう学生でも難民の生徒と呼ばれたくない人はいます。

犬山 難民がその人の人格を表す全てではないですからね。みなさん多様性があるのに、ひとくくりにして「かわいそうな人だ」と扱うのは確かに違います。「この子は難民として来た子供です」となった時に「かわいそうな子だね」となると、偏見という二次加害に等しいことを悪意なくやってしまう危険があります。

ナッケン だから難民は「難しい人」ではなく、「困難を乗り越えた人」だと思っていただけるといいなと思っています。

犬山 それはすごくいい言葉ですね! 今回いろいろお話を伺って、私もまた寄付をしようと思いました。今日はありがとうございました。

対談まとめ:林田順子 撮影:上平庸文

国連UNHCR協会

ウクライナ ウクライナ問題 UHNCR 国連難民高等弁務官事務所 難民支援