日米の若い「トモダチ」世代に希望を託す アイリーン・ヒラノ・イノウエ米日カウンシル会長

文化

全米日系人博物館、米日カウンシルの仕事を通じて、4半世紀にわたり日米の人的ネットワークづくりに貢献してきたアイリーン・ヒラノ・イノウエ氏が、日系人から見た今の日本社会と日米関係を語る。

アイリーン・ヒラノ・イノウエ Irene Hirano Inouye

日系アメリカ人の歴史と体験を伝えることを目的とした全米日系人博物館(カリフォルニア州ロサンゼルス)の初代館長として20年間にわたり活躍。2009年にダニエル・イノウエ上院議員と結婚、同年4月に非営利団体の米日カウンシルを創設し、各種人物交流プログラムを実施している。東日本大震災の継続的な復興支援として次世代を担う若者たちの育成と交流を促進する「トモダチ・イニシアチブ」を日米両政府と立ち上げた。日米の人的交流への長年の貢献により、2012年度国際交流基金賞を受賞。

かつて第2次世界大戦では、ハワイ移民を中心とする日系アメリカ人2世の若者たちが、第442部隊の米兵となって貢献し、米国社会で日系アメリカ人としての地位を築いた。アイリーン・ヒラノ・イノウエ氏の夫、ダニエル・イノウエ上院議員もその一人だ(※1)。一方で、自らのルーツを自問した2世たちには、日本的価値観が深く根付いていた。今日の日系人の若い世代は日本をどうとらえているのだろうか。日系人社会にとっての日米関係の重要さについて、ヒラノ・イノウエ氏に聞いた。

2012年度国際交流基金賞授賞式(2012年10月9日)に出席したダニエル・イノウエ上院議員(前列左から2人目)とアイリーン・ヒラノ・イノウエ氏。 写真提供:国際交流基金

日本のルーツとつながる機会を提供

——日系アメリカ人として、日米関係に寄与するという使命感の背景について教えてください。

私は日系アメリカ人3世として、自分のルーツを誇りに思っています。父方の祖父は福岡出身で、南カリフォルニアに移住しました。母は日本生まれですから、親族は日本にいます。私の友人を含め、3世の多くは日本人の祖先のことを知らないし、私ほど日本に親しみを感じていません。全米日系人博物館の仕事を始めて、さまざまな日系3世、4世と出会い、私は彼らとは違う体験をしてきたのだと気づきました。ですから、日系アメリカ人が日本と再びつながるための機会を提供することは、個人的なレベルにとどまらず、日系人コミュニティーと日系アメリカ人の将来にとって重要であり、私の役目だと感じました。日系人が自分のルーツに親しみを持てないということは、日米関係に悪い意味で跳ね返ってくるからです。

アジア太平洋の安定が日系人の最善の利益

——10月5日、シアトルで開催された米日カウンシルの年次総会では、「今こそ日米関係の強化が重要」ということを確認したと聞いています。沖縄普天間基地移設問題、オスプレイの沖縄配備をめぐる県民の反発など、日米関係への懸念は日本国内でも高まっています。最近の両国関係をどう見ていますか? 

問題があるからこそ、日米関係は強固でなければならないことが一層はっきりしたと思います。第2次世界大戦後、両国はアジア太平洋地域の安全保障や経済分野などで、互いに利する関係を築いてきました。両国関係にとって、一番重要なのは人的ネットワークです。その人と人との関係づくりに私は関わってきました。

アジア太平洋地域の平和と安定のためにも、日米関係の強化は必要です。日本と中国、他のアジア諸国との間で摩擦が生じると、日系アメリカ人と中国系、韓国系など他のアジア系アメリカ人との関係にも悪影響を及ぼします。ですから日米関係が強固で、アジア地域で摩擦が悪化しないことが私たち日系人にとって、最重要なのです。

10月7日には、米日カウンシル関係者と日米政府関係者の非公開のミーティングを開き、こうした問題についての両国の立場、考え方のすり合わせをしました。米国内でアジア系アメリカ人との良い関係を維持するための対応なども話し合いました。

「トモダチ・イニシアチブ」は若い世代への投資

——日系人社会は、4世、5世の時代になるにしたがって、さらに日本との関係が薄れているのではないでしょうか。

実は、日系人が他のアジア系アメリカ人と結婚する「アウトマリッジ」が増えており、「日系人」社会の約60~65パーセントに上っています。他のアジア系(中国、韓国、インドなど)と比較して、日本から新たに移住してくる人たちも少ないし、少子化傾向なので、日系人コミュニティ―は拡大していません。ただ、面白い事実があります。日系4世、5世は大半が複数の人種、民族的ルーツを持っています。米国の国勢調査では、自分が該当すると思う複数の人種のすべてに当てはまると回答することができるため、「日本人」と回答する人の数は、複数回答の人数も合わせると、増えています。

日本と断絶傾向にある3世と比べて、日本の漫画や他のポップカルチャーに親しんで育ってきた4世、5世は日本のことを知りたい、日本語を勉強したい、日本に行きたいともっとオープンに日本への関心を語ります。日系人以外の若い米国人もアニメーションなどの“new Japan”の文化に興味を持っています。だから若い世代に対しては、私は楽観的です。

米日カウンシルは日本の若者を米国に招く「トモダチ・イニシアチブ」を通じて、日系人を含めた若い日米の世代の交流を促進しています。日本の若者と知り合うことで、次世代の日系アメリカ人がさらに日本との結びつきを深めて、日本に興味を持ち続けるようにしたいのです。実際、もっと日本について知りたいという熱意を、日系アメリカ人の若者たちに感じます。

「ジャパン・パッシング」はない

——日米関係では、ダニエル・イノウエ上院議員のような影響力を持つ日系アメリカ人が政治経済界で少なくなっているのが問題だと感じています。

米日カウンシルが2009年に設立された背景には、まさにその懸念がありました。実際、たくさんの日系アメリカ人が、さまざまな分野で影響力のある地位につき、活躍しています。今こそこうした日系アメリカ人のリーダーたちの組織を作り、日本で同様な立場にある人たちを結びつけることで、日米の関係強化に努める必要があると感じたのです。米日カウンシルはその役割を担っています。

10月5日のシアトルの総会には、350人以上の参加者が集まりました。熱意と使命感に満ちた雰囲気の中で、日系アメリカ人が他の米国人、日本人リーダーたちといかに協力して、さまざまなレベルで日米関係を強めるか建設的な討議が行われました。

2009年当時、日米関係に関し、よく「ジャパン・パッシング」と言われました。日本が米国のレーダースクリーンから消えてしまう、米国の指導者たちの関心を失ってしまうことを懸念する人たちが多かった。私たちは、むしろ2国間の関係があまりにも安定して当たり前になってしまうと、誰も注意を払わなくなってしまうことが原因だと思いました。だからこそ米日カウンシルの本部をワシントンにしたのです。今ではワシントンで多くの日米関係のイベントが開かれて人々の関心を喚起していますし、私たちはその面で多少貢献できていると思います。

将来の米国留学への種をまく

——日本からの留学生は米国留学を含め2005年のピーク時から約30パーセントも減りました。かつてのフルブライト留学のような制度だけでは、日本の内向きの若い世代に海外経験を奨励することが難しくなりました。

だからこそ、若者を対象にした「トモダチ・イニシアチブ」を立ち上げたのです。ルース駐日米国大使や米日カウンシルのメンバーたちと話し合ったのは、東北復興のためだけでなく、長期的な日米関係にも資するプロジェクトにしたいということでした。若い人たち、特に中学・高校レベルの若者を対象にした交流プログラムを通じて、こうした内向きの傾向を変えられるのではないかと思ったのです。

最初に募集したいくつかのプログラムに関しては、かなりの数の応募がありました。例えば、今夏3週間にわたり、東北被災地からの300人の高校生がカリフォルニア大学バークレー校で研修を受ける「リーダーシップ・プログラム」には、2000人を超える申し込みがありました。当初、東北では若者の数も減っているし、海外に行くことに興味を示さないのではと心配していたのですが、まったくの杞憂(きゆう)でした。また、コカ・コーラがスポンサーの高校生対象のホームステイ・プログラムには、60人の募集枠に900人以上の応募がありました。

「TOMODACHIサマー2012」では、東北大震災被災地から60名の高校生が3週間にわたり、米国の一般家庭に滞在しながら、ボランティア活動も含めたさまざまなアクティビティを体験した。 写真提供:社団法人日本国際生活体験協会(EIL)

日本の中高生が同世代のアメリカの若者と交流することで、米国の大学に留学するのもいいかな、と思うようになり、彼らの親たちも安心してその希望を受け入れやすくなれば、「内向き」傾向を変える助けになると思います。

実際、こうしたプログラムに参加した若者たちに感想を聞いたところ、米国をもっと知りたい、米国でいろいろな可能性を試したい、米国で勉強してみたいなどという答えが返ってきました。まだ少数ではありますが、米国の大学に入学申請をしている若者もいますし、今後、そうした若者の数が増えることを願っています。

市民社会の成長に期待

——今日、外交や経済で自信を失いつつある日本の現状を見て、どう感じますか。どうしたら自信を取り戻せるでしょうか。

東日本大震災は、一般の日本人がいかに冷静さを保って、危機を耐え抜いたかを世界に示しました。私は自分のルーツを改めて誇りに思いました。

もちろん、日本には変わらねばならない側面もあります。社会の硬直さ、伝統やシステムが創造性や革新的手法を十分に発揮できなくしている面もあるでしょう。それでも、ソニーなどの革新的な大企業を生んできたことも事実です。若い世代が海外で新たな体験をすることが、現状を変える一助になると思います。

「トモダチ」プログラムには、多くの少女たちからの申し込みもあります。才能ある若い女性たちが活躍すれば、日本経済も少しは改善するのではないでしょうか。若い人たちに会うと、いい刺激を受けます。外から日本を見ている私たちのほうが、楽観的かもしれません。

3・11以降、市民社会、NGO、NPOが大きな役割を担っています。民間組織が大きな力を持つ米国に比べて、日本では政府や会社に頼る傾向がありました。日本の市民社会団体が今後活躍する余地は大きいと思います。比較的退職年齢が低い日本では、シニア世代が、第2のキャリアとしてボランティアなどで地域社会に貢献する大きな戦力になるでしょう。いまはまだ主流ではありませんが、市民社会団体が大きく成長することを期待します。

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)

(原文 英語)

(※1) ^ 第2次世界大戦で陸軍諜報局の秘密情報部員として活躍した日系2世たちに焦点を当てたドキュメンタリー『二つの祖国で 日系陸軍情報部』が12月8日から東京で公開される。映画では多くの日系人が自らの体験を語り、ダニエル・イノウエ上院議員、ヒラノ・イノウエ氏もインタビューに答えている。

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