技術革新と女性の新しい生き方—吉田晴乃BTジャパン社長

社会

経団連初の女性役員として女性の活躍推進を担う吉田晴乃BTジャパン社長。社会のデジタル化を加速することで、女性の働き方、生き方の選択肢は大きく広がると語る。

吉田 晴乃 YOSHIDA Haruno

1964年東京生まれ。88年慶応大学卒業。90年モトローラ・ジャパンに入社。結婚後にカナダにわたり、現地の通信会社で働く。その後離婚して、99年シングルマザーで渡米。NTTアメリカに営業職で入社。2004年転勤で日本へ。NTTコミュニケーションズで営業課長を務める。08年米通信会社ベライゾン・ジャパンの営業部長に抜てき。12年BTジャパン代表取締役社長に就任。15年経団連審議員会副議長に就任。

2017年2月経団連の女性訪米グループ代表を務めた吉田晴乃BTジャパン社長(17年2月27日、ワシントン/時事)

英国最大手通信会社BT(ブリティッシュテレコム)日本法人社長の吉田晴乃さんは、2015年9月、日本経済団体連合会(経団連)で初の女性役員に就任、女性活躍推進委員会委員長を務めている。17年2月末には企業の女性幹部から成る初の使節団を率いて訪米。トランプ政権で女性の起業家支援を担当するディナ­・パウエル大統領補佐官や民間企業の女性幹部らと会談するなど、政府が成長戦略の柱に据えた女性活躍推進のスポークスウーマンとして、多忙を極める日々だ。

「最近取材やセミナーでは『4つのわらじを履いている』と自己紹介しています。BTジャパンの社長業、経団連役員、昨年9月に内閣府から任命された『規制改革推進会議』の委員、そして一人娘の母としての役割です。こちらの会議、あちらの会議と飛び回る毎日で、海外ミッションもあります。いつも夜は11時ごろ就寝、朝の4時にはテレビをつけてCNNを見ます。トランプ大統領に関するニュースが次々に飛び込んでくるので、面白くて仕方がない。寝てなんていられません」

就職、結婚、専業主婦のルートから外れて

「今、日本社会は大転換期にあります」と吉田さんは言う。政府はデジタル化の技術革新による生産性向上と人中心の社会の両立を目指す『Society 5.0』(本文末参照)の構築を推進することを閣議決定、経団連に代表される財界もそのための取り組みに前向きだ。技術革新(イノベーション)がもたらす新たな時代の女性の活躍、働き方改革とはいかなるものか。

「今、私は経団連女性初の役員となり “時代のアイコニック” な存在です。でも、“王道”からはずれ、無我夢中で “裏街道” を歩んできた結果が今の私です」と吉田さん。「私が大学を卒業した80年代後半はいわゆるバブル時代。男女雇用機会均等法が制定された85年は大学生でした。私自身は就職してしばらく働いたら、結婚して専業主婦になると思っていた。ところが、卒業と同時に、突然原因不明の難病に襲われました。毎日高熱にうなされ、目もほとんど見えなくなった。生死をさまよう日々からなんとか回復しましたが、新卒で日本企業に就職する機は失った。就職したのはモトローラの日本法人。好きな洋画で培った英語力が面接で役に立ちました。モトローラ入社がグローバルICT(情報通信技術)との出会いでした」

「もっとも、20代後半でカナダ人と結婚してカナダに移住した際も、単純に幸せなCanadian motherになって、子どもをたくさんつくりたい、と夢見ていました。ところが人生そう甘くはない」と吉田さんは豪快に笑う。「離婚してシングルマザーとして渡米、子育てしながら海外の通信会社を渡り歩き、必死で生きてきました。幸いだったのは営業の仕事が面白かったこと。デジタル産業に救われたと言えます。横並びの日本の会社にいたことはないし、入社式の経験も、送別会をしてもらったこともない。キャリアパスに関するコーチングを受けたこともありません。とにかく働いて娘を育て、生き抜かなければという強い欲求に突き動かされて、結果的にグローバルに仕事をしてきました。特別に優秀だったわけでもなく、ガラスの天井なんて悠長なことも言っていられなかった。悔いがあるとすれば、娘との時間を優先できなかったことですね。その葛藤はありました」

幸せな専業主婦を夢見ていたが、挫折を味わい、シングルマザーとして生き抜くために必死で生きてきた

技術革新が可能にするワークライフバランス

吉田さんは、今、日本が目指す働き方改革は、自分の子育て時代、「2、30年前には実現できなかった」ことだと言う。「技術革新によって、生産性を下げずに家庭と仕事を両立させる。長時間労働は現実的ではありません。ワークライフバランスに苦しんでいるのは、洋の東西、男性女性を問わないはず。デジタル化を通じて、24時間という定数は変えられなくても、変数の部分、つまり1日でできる活動を大幅に広げられる時代が到来しています」

「戦後の家庭内の技術革新によって、家事から解放された女性たちの社会進出が可能になりました。今度はオフィスの技術革新を進めなければ。いつでもどこでも、自分がパソコンをスイッチオンしたところが仕事場になる。どこにいても会議に参加できるシステムの導入が理想的です。BTは米国の音響会社ドルビー社と、高品質の音声会議サービスを共同開発しました。在宅時はもちろん、スマホのアプリをクリックすれば、移動中でも会議に参加できる。ワークライフバランスの実現、女性の活用にはこうした『テレワーキング』の導入が必須です」

女性活用の遅れは経済の伸びしろ

欧米先進諸国と比較すると、日本は職場での技術革新で大きな遅れを取っている。「当然、女性の活躍推進でも欧米先進国から数十年遅れています。私はBTジャパンで初めての女性社長ですが、女性、LGBT、障害者、移民など、雇用におけるダイバーシティー(多様性)を積極的に進めているロンドン本社のマネジメントでさえ、私を社長に抜てきすることはかなりの思い切った決断でした。ですから、日本ではもっと意識的に思い切った決断をしなければなりませんね」

日本女性の優秀さは国際社会でも認定されていると吉田さんは言う。「OECDの調査によれば、日本女性の "literacy"(読解力読解力)、“numeracy" (数学的思考能力)は世界のトップレベルです」。にもかかわらず、世界経済フォーラム(WEF)の2016年版「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本の順位は調査対象144カ国のうち111位で過去最低を記録した。「悲観的にばかりなっても仕方ありません。日本の改革が遅れているということは、それだけ経済の伸びしろが大きいということ。1億3千万人の半分が女性だとして、これは世界のアセット(資産)です。このポテンシャルをどう生かすのか。みんなで考えて実践しなくては。改革の痛みはあるが、その痛みは成長のための痛みだから、ためらってはだめ」

ビジネスの現場では、「女性の躍動感」を実感しているという吉田さん。一方、深刻化するシングルマザーの家庭や子どもの貧困問題にも危機感を持つ。厚生労働省の調査(2012年)では、18歳未満の6人に1人、シングルマザーなど1人親世帯は50%以上が貧困状況だ。「高い潜在能力を持つ子どもたちは将来の大切な人材。能力を引き出して伸ばすための十分な教育の機会を与えられないとしたら、日本にとって大きな損失です。政府も財界も、子どもたちの問題にしっかり取り組むべき」。シングルマザーたちの生き抜かなければという「強い欲求」を、経済のエネルギーに変換する仕組みづくりがきっとできる、と力強く言う。

優秀な日本女性は世界のアセット(資産)と強調する

自己実現を追究、人生を最大限に生きて輝く

技術革新、デジタル化は霞が関(行政の現場)から率先して進め、官民一体で取り組まなくては「Society 5.0」の実現はあり得ない。ただ、技術革新だけではなく、個人の高いモチベーション、自己実現への強い欲求を持つことが社会の変革には大事だと吉田さんは力説する。「継続的な変革のためには、モチベーションを生かすための仕組みが必要だし、女性人材が社会進出できない規制は取り除くべき。社会保障や税制などを含めた制度改革、賃金とリンクする評価システム、モチベーションを引き出して指揮するリーダー、この3つの要素が大事です」

ただし、「『女性が輝く』とは、誰もがリーダーになるという意味ではない」と吉田さん。どんな業界分野にいても、技術革新を使って、子育て、介護もこなし、好きなことを追究する。自らの意志を持って自分の人生を最大限に広げられる女性が輝く。そのために、「自分の個性、強みをどれだけ強化できるか、日々切磋琢磨(せっさたくま)が必要」だと言う。より個人に軸足が置かれた社会には厳しさもある。「でも、自分を振り返ると、危機的な状況でこそ強くなって、チャンスをつかむことができるのです」

人生80年、90年の時代。ワークライフバランスを考える際は、1日単位や月単位ではなく、長い人生のスパンで考えるべきだと吉田さんは言う。「娘には10代の頃は寂しい思いをさせた。これからが挽回のとき。社会人となった娘を大いにサポートして、将来は孫の面倒も見るつもり。70歳で公園デビューを考えています。そういうバランスの取り方もあるのです」

(参考)【Society 5.0】

2016年内閣府の総合科学技術・イノベーション会議がまとめた「第5期科学技術基本計画」の中心的な概念。科学技術基本計画は1995年に施行した科学技術基本法に基づき、5年ごとに改定する。第5期は2016年度から20年度まで。「自ら大きな変化を起こし、大変革時代を先導していくため、非連続なイノベーションを生み出す研究開発を強化し、新しい価値やサービスが次々と創出される『超スマート社会』を世界に先駆けて実現するための一連の取組を更に深化させつつ『Society 5.0』として強力に推進する」(内閣府ホームページ)

取材・構成:ニッポンドットコム編集部 板倉 君枝/大谷 清英(撮影)

人材 成長戦略 女性 経団連 シングルマザー