東京五輪「予告編」に込めたメッセージ:クリエーティブディレクター、佐々木宏氏

文化

リオ五輪閉会式で行われた2020年東京五輪へのハンドオーバー(引き継ぎ式)。安倍晋三首相がゲームの人気キャラクター「マリオ」に扮して登場した8分間のショーは、世界の人々を驚かせた。この作品を企画・統括した佐々木宏さんに、ショーに込められたメッセージや制作の舞台裏、3年後に迫った東京五輪・パラリンピックへの思いなどについて聞いた。

佐々木 宏 SASAKI Hiroshi

クリエーティブディレクター。1954年生まれ。慶應義塾大学卒業後、77年電通入社。コピーライター、クリエーティブディレクターとして多くの企業広告、企業ブランド構築を手掛ける。2003年に独立して「シンガタ」を設立。代表作にソフトバンク犬のお父さん「白戸家シリーズ」、サントリー「BOSS」、トヨタの「ReBORN」 「TOYOTOWN」, JR東海「そうだ 京都、行こう。」などがある。

ウィットとセンス、そして驚きを

——「安倍マリオ」に限らず「ドラえもん」や「ハローキティ」「キャプテン翼」といった日本発のキャラクターを登場させたショーは、国内外で大きな反響を呼んだ。東京五輪の「予告編」であり、ともすれば4年後の大会イメージを提示する場でもあるショーのコンセプトをどのように練り上げていったのか。

「東京に期待してもらう、日本に期待してもらう」のが最大の目的。世界の多くの人にとって、日本は未知の国ではないし、ある程度のイメージも持っている。歌舞伎とか京都とか東京タワーとか、それらのものをなぞる必要はないだろうと考えた。「4年後には東京五輪に行ってみたい」「あれは見逃せない」とか「東京で開催されることになってよかった」と思ってもらえるようなプラスアルファの要素と、(見る人にとって)驚きのある意外なメッセージが必要ではないかと思った。

東京五輪は「世界の大会を、たまたま日本で開く」ということでしかないと僕は思う。「東京は素晴らしいところだから、ぜひ来てくれ」ではダメで、「東京で世界的なイベントを開催することができてうれしい、ありがとうございます」というスタンスでなくてはいけない。8分間で「これでもか、これでもか」とお国自慢的に宣伝するのは、私の仕事である広告コマーシャルでいうとダサいものになる。相手をその気にさせるというか、「東京ってチャーミングだね」とか「スポーツに対する考えが、今までの国とはちょっと違うね」とか、結果的に思わせることが大事なのではと考えた。

椎名林檎さん(音楽家、このショーの音楽監督を務めた)が最初の段階で口にしたのが「とんちを利かせましょう」ということ。「日本、東京はウィットに富んでいて、センスがいい」――。このメッセージはずっと頭の中に残っていた。同時に「日本人はすごい、センス良さそう」と、見る人に自然に思ってもらえるようなショーにしたいと知恵を出した。


ハンドオーバーセレモニーの「メイキング」動画 ©Tokyo 2020

キャラクターがいる「平和で面白い国」

「アスリートが中心」というメッセージは、強く打ち出したかった。4年後の東京五輪でも「伝統芸能です、日本の文化です」などと幕の内弁当的に羅列するやり方ではなく、またスポーツの祭典なのに文化祭的な開会式を盛りに盛るのではなく、アスリートの姿を見せたいと思った。

スポーツという軸からぶれないように、ダンスや仕掛けなどパフォーマンスを演出することで、スポーツをこよなく愛し、戦後の復興や、災害復興にスポーツの力がいかに日本人を力づけてきたかという強い思いを表現し、結果的にスポーツを通じて「平和」の重要性も伝えられるのではと考えた。

AR(拡張現実)技術を使って競技種目の様子をスタジアムの空間に浮かび上がらせたのは、そういう意味がある。また、ゲームやアニメのキャラクターが日本のアスリートたちと赤い球をリレーしながらリオに向かうというのも、「チームJAPAN」としての平和のメッセージだと言っていいと思う。その仕上げが「安倍首相のマリオ」だった。

ロンドン五輪への引き継ぎ式ではサッカーのベッカム選手、リオではペレ選手が登場している。しかし東京の場合は、世界の誰もが知っている「この人」というアスリートはなかなかいない。そうした中で、「マリオとかドラえもんが日本の代表でもいいのでは」という意見が出た。この方が、むしろ日本が平和な国であるというイメージを打ち出すことができるのではと。

「東京ってこういうキャラクターがあちらこちらにいて楽しいし,平和だし、みんなでポケモンGOに興じるなど実に面白そうな国。また、こんなに長い年月、平和を続けてきた世界でも稀有な国」。そんなイメージを感じてほしかった。

最先端と伝統の化学反応

——私見だが、閉会式でショーを見た当初は、日本が「テクノロジーの国」であることと、4年後の「近未来の世界」を提示しているのではと感じた。

今最先端の技術を披露したとしても、この世界は日進月歩。そういうことだけではない。むしろ、江戸時代からの下町文化がいまだに息づいて大の祭り好きで、そんな伝統からスポーツの大会に異常に盛り上がることのできる東京、同時に情報技術、デジタル技術が発展し、集積する場でもある東京。この古いものと最先端が共存し、絶妙なバランスで絡み合っているのが大都市・東京だということを伝え、「なんだかいいオリンピックになりそうだな」と思ってもらうことを意識した。この概念については、江戸東京博物館の竹内誠館長(当時)に話を伺い、大きなヒントを得た。

例えば、ショーの冒頭の「君が代」。ブルガリアの合唱団と日本の少女合唱団が合わせて歌っている。曲は椎名林檎さんプロデュース、三宅純さんがアレンジし、英BBCだったと思うが「世界で最も美しい国歌の一つ」と絶賛してくれた。

またプロジェクションマッピングで日の丸を見せる際、女性たちがパーソナルモビリティと呼ばれる乗り物ロボットで登場するが、彼女たちの衣装は日本の折り紙の形でデザインされている。冒頭では被災地の学生を中心に人文字で「ありがとう」を世界中に伝えるという、日本人らしい礼儀作法も取り入れている。

50人のダンサーによるパフォーマンスは東京五輪の各競技を表現しているのだが、この衣装も歌舞伎の「早着替え」の手法を取り入れた。「応援」をテーマにしたダンスパートでも、おもてなしとか正座とか、礼節とか,一糸乱れぬ隊列とか、日本人らしさを表現している部分がある。デジタルアートもふんだんに使っているが、その中には江戸切子や浮世絵風の日本古来のアートデザインが含まれている。

伝統的な日本と、最先端の日本。この2つをごちゃまぜにするのではなく、化学反応させて、世界を驚かせる。「両方あってよかったね」ではなく、ハイブリッドし、一体化させることを心掛けた。

「カッコいい」五輪で日本のブランド向上を

——「予告編」を制作することで、2020年の五輪本番へのヒントを得た部分もあるのではないか。東京五輪・パラリンピックがどんな大会であってほしいか。

開会式、閉会式といったセレモニーではなく、期間中のスポーツの舞台をもっと楽しくする演出が必要だと思う。退屈に見える種目には楽しさを加えたり、ある一つの国が圧倒的に強い競技では弱いチームにスポットを当てたりとか。パラリンピックも、もっと多くの人たちが興味を持つものに変えていく。パラリンピックのハンドオーバーも、障がい者アスリートの方々を中心に据えて、「暗さを感じさせない、むちゃくちゃカッコいい内容にしよう」と仕上げた。

日本が,東京が背負っているものはたくさんあると思う。2020年の五輪が、大会のそもそもの在り方を大胆に変革するプレゼンテーションの場になったらいいなというのが、個人的な思いとしてある。今までのような開会式とかは「やらない」くらいの大胆さで、いきなり陸上100メートルの決勝から始まるとか。

そのためには才能豊かな若い人や女性が前面に出て、活躍してもらったほうがいい。その方が無駄な予算も使わないで、大会がカッコよくなると思う。この「予告編」制作でも椎名林檎さん、演出・振付家のMIKIKOさん、デジタル第一人者の菅野薫さん、メディアアーティストの真鍋大度さん、映像演出の児玉裕一さん、アートディレクターの浜辺明弘さんらが大活躍し、それを証明できた。

五輪の大会自体はわずか2週間ほどしかない。そこに全ての力を注ぎ、祭りの後の疲弊感だけが残るようなことは避けるべきだ。五輪自体は盛り上がってほしいが、大会を開催したことで「その後の日本、東京がトクをしたね」と皆が思えるようになってほしい。

「開会式でお国自慢をするパターンを日本はやめたね」とか「金メダルをいくつとったかという価値の基準を、東京の大会が変えたね」とか、世界の人々が「東京に教えられたね」という五輪をつくることも大事ではないか。

2度目の五輪開催にふさわしい「余裕」があり、また新しい五輪の幕開けを感じさせるような、提案性のある大会になってほしい。その結果、世界の人々が日本、そして東京をもっと知りたくなり行きたくなる、また日本人そのものを好きになる。そういうイメージを残すことで、日本のブランドが向上する。そんな大会にすることが求められていると思う。

聞き手・文=石井 雅仁(ニッポンドットコム編集部)
インタビュー撮影=大谷 清英(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:リオデジャネイロ五輪の閉会式で行われた、2020年東京五輪を紹介するアトラクション=2016年8月21日、ブラジル・リオデジャネイロ(時事)

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