アグネス・チャンが語る「平成」と未来

文化

チャリティーや講演、執筆など幅広く活躍するアグネス・チャンさん。芸能界ではかつて「子育て論争」で叩かれたが、日本で育てた3人の息子が米国の有名大学に進学し中華圏や東南アジアからも注目された。「平成」を振り返り、教育、中国人観光客、人工知能(AI)時代に向けた未来など縦横に語ってくれた。

香港で歌手デビューし、日本でも大ヒットを飛ばして日本人に愛され続けたアグネス・チャンさん(63)。かつて職場へ子どもを同伴したことで、「子育て論争」が巻き起こりバッシングも受けた。しかし3人の息子は揃って世界の名門校である米スタンフォード大学に進学。子育て法を紹介した著書が日本で大ヒットし中華圏や東南アジアでも相次いで翻訳出版された。自身もスタンフォード大学で教育学博士号を取得し教育関係からユニセフでのボランティア活動まで幅広く活躍するアグネスさん、「平成」を振り返り日本の教育、中国人観光客、AI時代に向けた生き方などを語った。

平成は成熟と日本の在り方探る30年

——今年は平成という時代が幕を閉じる記念すべき年ですが、振り返っていかがでしたか。

「昭和」は戦争と急成長、「平成」は成熟する日本の在り方を探った30年でした。経済、少子化、高齢化の問題に、最近は人手不足の問題も出てきました。日本が大国であり続ける姿勢をみんなで考えていた時期ではないでしょうか。

今は世界全体が分岐点にある感じがします。日本だけでなく欧米も難しい時期にあります。

権力の分散、バランスも変わってきました。経済の中心も政治情勢もどんどん変わっています。特に環境、宗教、難民の問題など国際問題は待ったなしです。いい方向に解決すれば人類の幸せにつながるけど、悪くすれば苦難の時代がやって来ます。

米国の「アメリカ・ファースト」政権に世界が影響され、欧州では英国がEU離脱。まだ2、3年揺れ動くでしょう。日本は今のところは米国に従っていくしかないけど、在日米軍の駐留問題もあります。友好関係を見つめ直し、国の運営方針を決めるのが大変だと思います。

——戦後70年の取材に「不戦70年の平和が尊い」と語っていました。

天皇陛下の交代は整理する上では良いかもしれませんが、昭和も含めた「戦後70年の平和」がなければ今の日本も、アジアもありません。ずっと戦争していたらこんなに発展していません。

その意味では「平和な平成」はすごくありがたかった。これをどう維持し、広めるかが肝心です。日本もいま考え方が割れています。良くも悪くもこの何年間かで日本の進路が見えて来るでしょう。すごく危ない時期だと思います。

急増した外国人観光客への戸惑いは当然、おもてなしにさらに力を

——平成の後期には外国人観光客、中でも中国系が急増しました。

中国本土の場合は、外国旅行がようやく一般的になり、彼らの収入も上がり、旅行の値段も相対的に安くなりました。初めての外国訪問という人も多く、40年前、50年前に日本人が初めて外に出た時に笑われたのと同じような状況で、まだ「お上りさん」です。彼らには初めての外国で、中国国内で許されることが日本では許されない。現地の状況を知らない中国人も、受け入れ側の日本人も文化の違いに戸惑うのは当たり前です。

こんな混乱の時期は5~10年ですぐに過ぎます。中国の人たちも慣れて覚えるし、日本側も慣れてくるでしょう。

日本は今後とも、最新技術とか産業の国であり続けていくのでしょう。けれども人口が減ります。文化産業を維持するにはお客様、人間が必要です。絶えずここに来る人間が必要なんです。電車にも飲食店にも、モノの販売にもすべて人が必要です。だから客に注文を付けるよりも、おもてなしに力を入れることが何より大切です。

——日本の「おもてなし」の現状はいかがでしょう。

東京・渋谷区の事務所で取材に応じるアグネス・チャンさん(2019年3月)
東京・渋谷区の事務所で取材に応じるアグネス・チャンさん(2019年3月)

観光業界などで外国人と接し、恩恵を受けている方々は、喜んでいるし、すごくちゃんとおもてなしをしています。だからこうやって繰り返し外国から来るんですね。評判もいいです。

一部の人は、人がたくさん来ると自分の生活が乱されるので嫌がります。アジア人に対する差別意識もあるでしょう。これは香港も同じです。たぶんどこの国にもあります。

いま3000万人の外国人観光客のうち香港、台湾、中国の3カ所で7割を占めます。

外国人と言うと欧米を考えるけれど、実は近場のアジアの人たちが日本を重視し始めています。それは決して悪いことじゃない。自分たちが出て行かなくても、これからは「世界」がやって来ます。恐れたり嫌がったりするのではなく、次世代のためにこれを歓迎すべきです。

AIに代替されない「人」を育てる教育改革を

教育問題では専門サイトで長期にコラムを連載し、書籍や講演を通じてAI、子育て法、読書の重要性などを積極的に発言し続けているアグネスさん。息子3人とも小・中と日本で育てた実体験からも、現状に対して言いたいことがある。

——日本の教育の良いところ・課題について聞かせて下さい。

多くの人が本当に平等に教育を受けることができるのがいいところです。ほとんどの人は読み書きができ、国を治めるにも何か改革するにもすごくしやすい。安定した社会を運営するにも、指示を出せばみんな分かるから伝わりやすい。

自己中心的な行為は良くないとの教え、それと平和教育を私は評価しています。

次代を担う子供たちを育てるためには、まず試験のやり方や、教材、重点、教え方などを急速に改革しなくてはなりません。財政が厳しくても、20年後の大人を育てる教育にお金をかける必要があります。

現代の技術発展の速さはわずか10年前にも想像できないくらい。いろいろなことを積み重ねてゆっくり進化するというより、時代は掛け算のスピードで進みます。あっと言う間に分からないことがたくさん生まれます。

だから点数重視とか試験を、もう変えなくてはいけません。

基本的な知識も大切ですが、発達が著しい人工知能(AI)に代替されない人間を育てなければいけません。

いまの教育システムは知識を覚え、引き出すやり方です。これは機械の方が絶対に有利です。

これからは無いものをどう創り出すか、あるものを違う角度から見るか、突拍子もないアイデアを出す人間を育てることです。

合理的なことを求めるよりは感情豊かで思いやり、愛情、人間の幸せを理解する人間を育てていかなくてはいけません。機械にできないことを守っていかないと、仕事がなくなりますよ。子供たちが自立できなくなる。もう機械的な人間を作ることは必要ないんです。

本好きな子を作りたいとNGO設立

——教育の中でも読書の重要性について発言し、香港で推薦図書リスト作りをしているそうですね。

三男が大学に入った時に、どうやって育てたのかたくさんの人が聞いてきました。

「普通に育てただけですよ」と言ったけど、頼まれて『スタンフォード大に三人の息子を合格させた 50の教育法』(朝日新聞出版)を出しました。その本はすごく好評で香港、台湾、中国、さらにベトナム、韓国、タイでも翻訳出版されます。また4月11日に『未知に勝つ子育て』(小学館)を出版するけれど、こうした本の中でも読書・文字を読むことの大切さについて書いています。

「未知に勝つ子育て」(小学館)=提供:小学館
「未知に勝つ子育て」(小学館)=提供:小学館

文字が好きな人は絶対学習に有利です。今は本だけでなくインターネットもあるし、読むのが好きなら自分で学べる。学ぶのが好きになるし、知識が豊富になる。好きなものがどんどん研究でき、自分が好きで学んだことを生かしていける。「自学」「好学」「活学」、それがポイントです。

読むのが好き、読みたい、文字がないと眠れない、そういう風に子供らを育てたかった。結果的に彼らは催促しなくても勉強して希望の学校にも入ったし今でも向学心旺盛だけど、やっぱり文字を読むのが好きになったことが大きかったと思います。

その習慣を香港の子供たちにぶつけたかったんです。香港の人たちも本を読まなくなっています。宿題のプレッシャーがすごくて子供たちは時間がありません。

日本でも東京都武蔵野市などに「読書の動機付け指導」という良く似た活動があるそうですけれど、今回のやり方は自分で考え、香港で有益図書を紹介するNGO組織「Wholesome Book Club(有益図書倶楽部)」を作りました。今後は本を寄付したり学校の図書館などに渡したり、色々な活動ができます。とにかく、楽しそう、面白そうと言う風に本好きな子供たちをたくさん育てたい。資金が集まったら日本でもできるかもしれません。 

次世代のために

十代で日本で歌手デビューしたアグネスさんも今や60代。ユニセフ関連の海外ボランティア活動に参加する時には家族に残す「遺書」を何度も書いた。2007年には乳がんなど大病を経験して生きること、命について改めて深く考え、15年には『ひなげしの終活』(株式会社ポプラボ)を出版した。

——最後に「終活」や新しい時代について同世代、若者向けにそれぞれ一言お願いします。

自分の同世代の人には、一つはAI時代への準備について。私たちは、やはり次世代が幸せになるためにもう少しAIに注意を向けた方がいいと思います。もう一つはだれもが持つ大切な「経験」をどう次世代に残していくか。健康に気を付けて次世代に迷惑をかけない、自分のしてきたことを教える、平和運動…。何でもいいけど次世代のために何ができるか、考えてほしい。

若い人たちには、パイオニアになろうと考えてほしい。前例がない、自分しかできない、成功は難しいけれど次の世代のために踏み出す、そういう行動をしようという気持ちを常に持ってほしい。特に日本の若者は性別による制限を強く感じて、本当の自分があと何人も自分の中にいるのに、閉じ込めてしまい外に出さない。もう少し自由に発想して、いいところを発揮してほしい。

でも私自身、「みんなのために」という気持ちもあるけど、終活本で書いたように一人旅だっていつかしますよ。

バナー写真=東京・渋谷区の事務所で取材に応じるアグネス・チャンさん(2019年3月)

文・写真=三木 孝治郎(ニッポンドットコム編集部)

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