「無報酬」を本業にした男 : 日本一有名な無名人―大川竜弥の野望

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フリー素材モデルという無報酬の仕事にかけるプロフェッショナリズムに迫る。

大川 竜弥 OKAWA Tatsuya

フリー素材モデル。1982年生まれ、神奈川県出身。高校卒業後、ユニクロ、Web制作会社、ライブハウス店長、プロレスラーのマネージャーなどを経て、2012年3月からフリー写真素材サイト「ぱくたそ」の専属モデルに。何万枚ダウンロードされても報酬ゼロのモデル業を天職と心得る。

「どこにでもいそう」が最大の武器

名前は思い出せないけれど、この人、どこかで会ったことある…。中学生の時、隣のクラスにいたおとなしめの男子、確か、美術部の。いや、それとも、取引先との会議で端の方に座っていた人だったかな。スポーツジムでいつもヨレヨレのTシャツ着て一番壁側のエアロバイクこいでいる人もこんな顔だったような気がする。

彼の名は大川竜弥。自称「日本一ネットで顔写真を使われている男」。インターネット上で無料で写真素材を提供するサイト「ぱくたそ」の専属モデルを務める。

整っているが、パンチに欠ける地味な顔立ち。相手に警戒心を抱かせることのない気弱そうな微笑。普通の人が強みとも思わない「どこにでもいそう」な平凡さこそが最大の強みなのだ。

「ぱくたそ」の写真素材は、誰でも無料で、面倒な申請手続きもなくダウンロードできるので、プロ・アマ問わず幅広く利用されている。SNSやブログ、ニュースサイトなどのイメージ写真や、たまたま手にしたチラシの中に、知らず知らずのうちに彼を見掛けているかもしれない。

大川はモデルを目指していたわけでもなければ、芸能界に憧れていたわけでもない。高校卒業後、映像関係の専門学校に進学したものの、家庭の事情で1年ほどで退学。「社会に通用する最低限の常識は身に付けたい」と、従業員への教育が徹底しているとして知られていたユニクロで4年間アルバイトをした。勤務態度はまじめ、販売成績も優秀で何度も表彰された。「社会人としての基礎はユニクロのバイトで身に付いた」と当時を振り返る。

その後、ウェブ制作会社、ライブハウス店長、覆面プロレスラーのザ・グレート・サスケさんの付き人など職を転々とする。派遣社員として家電量販店で携帯電話の販売をしていた時期に、バイク事故で大ケガをして、長時間の立ち仕事ができなくなったことが人生の転機となった。29歳の時だった。

民放ドラマから出張ホストのチラシにまで

何か新しい仕事を探そう。漫然とインターネットをさまよっている時に、「ぱくたそ」がモデルを募集していることを知った。サイトの主宰者に連絡を取るとトントン拍子で採用が決まった。と言っても、有志が手弁当で運営している無料のサイトだ。専属モデルになって、写真が何万枚ダウンロードされようと報酬が支払われるわけではない。厳密に言えば、「仕事」ではないのだ。

それでも、「これからはネットの時代」だという直感と、「顔が知られるようになれば、何かしら仕事が来るに違いない」という根拠のない確信があった。

報酬はなくとも、仕事には誠心誠意向き合う。常にアンテナを張り、インターネット上で話題になっている題材や、ユーザーの立場になって「こういう写真にニーズがありそう」と思うカットを構想する。

「連日のサービス残業に不満の社畜」「ビットコイン暴落で不安な表情の投資家」「暗い喫煙室でタバコを吸う男性」「合コンで惨敗した非モテ男子」――など、ありそうでなかった設定の写真を連日、コツコツとサイトにアップして、その数は既に2200枚を超えた。

中でも、意外なヒットとなったのは、口に手を当ててぼう然とした表情をしているカット。「うわっ! 私の年収低すぎ」とキャプションを添えたが、なぜか「口臭を気にする男性」としてたびたび使われているという。ある時は、大川がギターを弾いているカットが、民放のドラマの中でギタリストのリサイタルのポスターとして使われたこともあった。利用規約違反ではあるが、出会い系サイトのプロフィール写真や、出張ホストサービスのチラシにもたびたび悪用されているらしい。本人の預かり知らぬところで、活躍の場が広がっている。収入にはならないけれど。

誰にもマネされない仕事

大川はいわゆる「氷河期世代」だ。はた目には「定職に就くチャンスのないまま、漂流を続ける不運な世代」という文脈にぴったり当てはまった人生のように見えるが、大川には不思議とその悲壮感がない。

「人生で正社員として働いたのは1年間だけ。それ以外はバイトや派遣ですが、面接は一度も落ちたことはない。仕事を辞めなければならない事情ができると、誰かが新しい仕事を紹介してくれるので、切実に食うに困ったこともない」。どんな時も、相手に悪印象を持たれることなく、スルリと人の懐に入り込む才能は、フリー素材モデルにはもってこいだ。

大川自身も「天職」だと言う。

「新規事業や新技術はマネされる運命にあります。しかも、資本力がある会社がドンとお金を突っ込んで、より洗練されたサービスとして提供すると、先行者はつぶされるだけ。でも、フリー素材モデルにはその方程式があてはまらないんです。だって、どんなに売れっ子になっても、お金にならないからマネするメリットがないんです」。

唯一無二、後に続くもののいない専業フリー素材モデルとして、人生を謳歌(おうか)しているように見える。

フリー素材モデルになって1年目で、ある大手メーカーからキャンペーンのモデルの「仕事」が舞い込んだ。ぱくたそのフリー素材を利用したことがある担当者が、「この人を使おう」と指名してくれたという。フリー素材として日々、多くの人の目に触れ、「なじみの顔」として人々の脳裏に刷り込まれた効果か、ギャラが出る仕事も少しずつ増えているという。

無報酬の仕事に無駄金を突っ込む野望

大川の子どもの頃の夢は「お金持ちになること」だった。現在、報酬のない仕事を本業としているのは、お金への執着を断ち切ったからではない。

「報酬が出るのであれば、もっといい仕事しますよ。なれるものなら、今からでも、お金持ちになってみたい」という。ただ、その金の使い方がいかにも、大川らしい。

例えば、小道具をそろえて医者のコスプレをすればお手軽な手術シーンは撮れる。でも、わがままなユーザーはそんな安っぽい写真ではなくて、リアルな医療現場の写真を求める。

「医療ドラマのように、ちゃんとホンモノの医師に監修してもらって、本当の病院の診察室や手術室を借りてロケしたら、すごくいい写真が撮れる。でも、それには、お金がいるんです。お金持ちになったら、アイデアと時間だけでなく、コストも掛けてフリー素材作りたい。究極は、宇宙旅行の写真までフリーで提供できたら面白い」。

フリー素材人生を全うする

「死ぬまでフリー素材モデルとしての人生を全うしたい」と大川は言う。

「今の自分には30代の男の写真しか提供できないが、50歳代の疲れたサラリーマン、時間を持てあまし気味の初老の男性にももちろんニーズがある。自分の年齢に応じて、その時にしか撮れないものをフリー素材として提供していく。最後の最後、自分の遺影もフリー素材としてどなたかに使ってもらえたら最高です」。

まるで、原稿チェック中の編集者。nippon.comのオフィスにしっくりなじむ大川さん 
まるで、原稿チェック中の編集者。ニッポンドットコムのオフィスにしっくりなじむ大川さん 

バナー写真 : ぱくたそ(モデルは全て大川竜弥)

記事中の写真はニッポンドットコム編集部撮影

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