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冷凍技術の革命児 大和田哲男:味のタイムマシンが地球を救う!?

技術 科学 経済・ビジネス

冷凍した食品を解凍したときに流れ出るドリップ。ここに食品のうまさが詰まっている。このドリップを逃さずに新鮮な味を保つ冷凍技術がある。開発したのは“町工場の社長”、アビーの大和田哲男だ。「CAS」と呼ばれるこの技術は、食品分野だけでなく、最先端の医療分野でも活用されている。

大和田 哲男 ŌWADA Norio

アビー代表取締役社長。1944年東京生まれ。66年、大学を中退して父親が経営する大和田製作所入社。製菓に関わる厨房機械を開発。89年、同社を退職してアビーインダストリーを設立、代表取締役社長に就任。98年、アビーに社名変更。2009年にものづくり日本大賞特別賞(経済産業省)、11年に黄綬褒章を受章。

顧客の喜ぶ顔を思い浮かべて技術開発

凍結装置メーカー・アビーの大和田哲男は自分を“町工場の社長”と呼ぶ。温和な表情で開発してきた技術について熱く語る。専門用語は出てこない。科学技術系の学校で学んだこともないと言う。農家や漁師、料理人や消費者がどうすれば喜ぶかを常に考えてやってきたそうだ。

「父からは職人たれと教わりました。技術者なんて格好付けた言葉は使うなと。職人は使ってくれるお客さんが喜ぶ顔を思い浮かべてモノをつくる。それだけでいいんだって。東京・荒川区にあった父の町工場で、製菓の厨房(ちゅうぼう)機械を開発して売り歩いてました」

1973年、父親の下で働くようになって7年ほどたった頃、生クリームを冷凍する機械をつくることになった。当時生クリームを凍結させると水分が分離してバターのようになるので、冷凍は不可能だと言われていた。生クリームは腐りやすいため取り扱いが難しい食材だったが、冷凍することができればショートケーキやシュークリームをもっと気軽に楽しめるようになると思ったそうだ。

「私は機械をつくる職人だったので、食材に関してはさっぱり分かりませんでした。そこで、食材メーカーの門をたたいて、生クリームを冷凍できる機械を一緒につくりましょう、午前中だけここで勉強させてくださいとお願いして回ったんです。何軒も訪ねてことごとく断られましたが、植物性油脂メーカーの不二製油さんが受け入れてくれたんです」

大和田は同社に通いながら食材の勉強をしては工場に戻り、年上の職人たちと機械づくりに励んだ。75年、その努力が実って、世界で初めて生クリームを凍らせる冷凍機を完成させた。

その冷凍生クリームにフランスで修行したケーキ職人が目をつけてくれて、フランスの高度職業訓練校に紹介してくれた。それが縁でフランスにこの機械が導入されると、今度はMOF(国家最優秀職人章)を授与されたシェフが関心を示し、その機械でさまざまな食材を冷凍する実験を行った。しかし、下された評価は「お菓子では使えるが、他の料理では使えない」というものだった。

「この話を聞いて私はフランスに飛び、ケーキ向けにつくった機械だから生鮮食品などには向かないことを説明しました。すると、『私たちが手伝うから料理にも使える機械をつくってくれ。ケーキで成功したんだから、魚介類や野菜でもできるんじゃないか』と言ってくれました。そして、ミシュランの星が付いている高級レストランの厨房で、フレンチとは何か、新鮮な食材がどれほど大切なのかを教えてくれたんです。普通の方法で冷凍した食材が、フランス料理で使えないのがよく分かりました。その熱心さに押されて、彼らを喜ばすような冷凍装置をつくってみたいと思うようになりました」

冷凍に電子レンジの技術を応用

1989年に父親の会社を辞めて独立し、冷凍技術に関する研究開発を続けた。フランス料理の高級店で使ってもらうためには、解凍後も「生」の味をそのまま保った食材でなくてはならない。「食べられる状態に保つ」のと「おいしい状態に保つ」のとは、まるで別だ。冷凍した食材を解凍すると、「ドリップ」と呼ばれるアミノ酸などのうまみ成分を含んだ水分が流れ出てしまう。これが解凍した際に食品の味を損なう原因だった。

そこで大和田は水分が流れ出るのは冷凍過程で食材の細胞が壊れるからだと仮定し、細胞破壊を防ぐことを研究の主眼に置いた。従来の急速冷凍装置はマイナス40~50度の冷風を当てて凍らせるため、細胞の外側ばかりが冷え、細胞膜の内側との温度差が生まれる。これが細胞破壊の原因だと突き止め、外も内も均等に冷やせないかと暗中模索の日々が続いた。そんな時、ふと思いついたのが電子レンジの技術だった。

「電子レンジが分子を振動させて均等に加熱するように、細胞の内側も外側も均等に冷却できれば、そのままの味を保つことができると閃(ひらめ)きました。冷凍庫内に微弱な磁場をつくって水分子を振動させ、分子同士が寄り集まるのを防いで、均一に凍結すればいいんじゃないか!」

「予想は的中し、1998年にドリップを出さず、うまみ成分を逃さない冷凍機の開発に成功しました。解凍して食べた時に新鮮な味が口の中に広がり、本当に嬉しかったです。開発が途中で行き詰まり経営危機に陥ったこともありましたが、『味のタイムマシン』を発明した気分でしたね。その年に特許も取りました」

この磁場を活用した冷凍システムは、細胞が生きているという意味で「Cells Alive System(CAS)」と名付けられた。そこには単なる冷凍技術ではなく、食材の細胞を壊さずにおいしさを保つ技術だという意味が込められている。それから何度も技術改良が行われ、現在では既存の冷凍庫に取り付けるだけで鮮度を保ったまま凍結できるようになった。

冷凍庫の天井部に取り付けられたCAS
冷凍庫の天井部に取り付けられたCAS

「3年前のものです」と言って冷凍保管庫から取り出された生しらすを試食してみた。水揚げしたばかりのような新鮮な味わいに思わずうなった。CASを使えば、鮮魚や食肉、野菜や果物などの味、色、香りを落とさずに長期保存できるだけでなく、搾りたての清酒やワインも防腐剤を使わずに貯蔵できる。食材の細胞破壊がないため、素材の新鮮さをいつまでも保ち、いつでもその味を再現できるのだ。

冷凍保管庫からCASで凍結された食材を取り出して見せる大和田社長
冷凍保管庫からCASで凍結された食材を取り出して見せる大和田社長

CASを使って離島のハンディを克服

現在、CASは野菜や果物、肉や魚の産地から食品加工メーカー、レストラン、百貨店、スーパーなどに約2600台が導入されている。千葉県流山市の本社内にあるCAS食品加工研究室では、技術改良を重ね、低価格装置の開発にも取り組んでいる。CASの活躍の場はさらに広がりつつある。

例えば、隠岐諸島にある島根県海士(あま)町の第3セクターでは、CASを使って冷凍したイカやカキなどを首都圏の外食産業や消費者に直接販売して売り上げを伸ばしている。離島なので船やトラックでの長時間輸送が避けられず、鮮度の低下が最大のネックだったが、CASを使えば獲れたての味を届けられる。漁師の手取りが増え、若い定住者の増加にも役立っているそうだ。

海外でも13カ国に約100台が導入されている。特に米国やフランス、タイ、中国などからの引き合いが多い。例えばフランスの一流の料理人たちはこれまで見向きもしなかったが、今ではミシュランの星付きレストランでもCASで冷凍した食材が使われるようになっている。

CASを使って冷凍された食材
CASを使って冷凍された食材

注目を集める医学・工学分野での共同研究

細胞膜を壊さずに冷凍できるCASの技術は、医学などの研究分野でも活用されている。特に再生医療の研究者たちが関心を示し、臓器の保存に使っているという。京都大学iPS細胞研究所でも、CASを装着した冷凍庫が稼働中だ。その他に工学分野でもいくつもの共同研究が進行している。

CAS技術を応用して医学研究用の細胞を生かす機器「LAB-1」(ラボワン)
CAS技術を応用して医学研究用の細胞を生かす機器「LAB-1」(ラボワン)

大和田はこの技術をさらに世界に広めたいと思っている。単なる事業の拡大ではなく、将来必ず起きる食糧危機問題の解決に役立つと信じるからだ。

「25年後には世界人口が100億人を超えると言われています。現在は77億人ですが、食べ物が行き届かない人が5~6億人もいるそうです。そこに20数億人の人口が加わったら、とんでもないことになります。もし各国が何もしなければ、お金のある人だけが食べられるという状況になります。農作物は豊作の年もあれば不作の年もある。大事なのは、大量に収穫できたら保存して備蓄すれば、安定的に売り買いできるようになります。そうなれば売る側も買う側も楽になるんです。CASを使えば鮮度を保ったままで長期間保存でき、不作のときに解凍すれば取れたての状態に戻せます。価格の変動に一喜一憂している生産者の苦労を減らせますし、消費者も安定した価格でおいしいものを手に入れられるようになります」

「将来、もし核爆発や環境破壊で地球に生命が住めなくなったら、この技術が役立つのではないかと思うのです」と大和田は言う。「人類はすでに受精卵をつくる技術を持っています。さまざまな生物の受精卵をCASで冷凍して宇宙船に保存しておく。そして生物が住める新しい星を見つけたとき、その受精卵を蘇生して地球の生命を存続させられるかもしれない。コロナウイルス感染など何が起きるか分からない時代、そんなSFめいたことを考えてしまうんです」

インタビュー・文=宇津木 聡史
撮影=ニッポンドットコム編集部

バナー写真=千葉県流山市のアビー本社内にあるCAS食品加工研究室でCASの仕組みを解説する大和田哲男社長。

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