彫刻家・外尾悦郎:石を彫り続けて半世紀、サグラダ・ファミリアとガウディの魂に向き合う探求者
文化 国際・海外 社会- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
サグラダ・ファミリアとの出会い
石を彫りたい─そのひたむきな思いだけが、25歳の若者を突き動かしていた。1978年のことだ。京都の大学で彫刻を学び、卒業後は美術講師として忙しい毎日を送っていた外尾さんは、ある日、学生時代に打ち込んでいたように「石を彫りたい」と強い衝動に駆られ、仕事を辞めて渡欧。石畳の道、石造りの建物と、石の文化の伝統があるヨーロッパで、思い切り石を彫ってみたいと思ったからだ。
「海外で仕事をしてお金を稼ぐなんて気持ちはありませんでした。手持ちの予算で滞在は3カ月が精一杯だろうと思っていました」
最初に訪れたパリは整然とした街の印象で、自分の情熱を受け入れてくれない気がした。ドイツに向かうつもりだったが、その前に立ち寄ったスペイン・バルセロナで、サグラダ・ファミリアの建設現場に無造作に積まれた石材の山に、目が釘付けになる。小さな石でも、ここで彫ってみたいと思った。
今でこそ世界が注目する大聖堂だが、当時は現地の人々でさえ無関心だった。外尾さんも、最初から建設に参加してガウディの遺志を継ぎたいと思ったわけではない。ただ、運よくガウディの愛弟子たちと会うことができ、雇う条件として出された彫刻の課題が認められて、サグラダ・ファミリアの彫刻家になることができたのだ。
「石を彫る試験を受けるまでにも、数カ月かかりました。手持ちのお金はどんどんなくなっていく。予算内でヨーロッパを予定通りに巡って帰るのか。あるいは、サグラダ・ファミリアで石を彫る仕事に就くというゼロに近い可能性に賭けるのか。その賭けに出た決断が、今に至っている理由です」
最初の彫刻は「植物の芽」
サグラダ・ファミリアの建設は1882年に始まった。翌年、31歳のガウディが2代目の主任建築家としてプロジェクトを担い、1926年6月に事故死するまで、多くの技術とアイデアをこの大聖堂の建設に注ぎ込む。36年に勃発した内戦で、設計図や模型が消失、わずかに残された手掛かりを頼りに、弟子たちが建設続行に向けて試行錯誤を続けた。
「僕がサグラダ・ファミリアに出会ったころには、まだガウディの直弟子の方たちがいらした。スペイン語ができなかったので、言葉もよく通じない。でもガウディを愛してやまない80歳を超えた方たちの下で働くことで、ガウディが実際に生きていた時代の空気を感じることができました。それが僕の大きな強みになっています。今、現場ではガウディを直接知っていた人はもちろん1人もいませんし、ガウディを知っていた人と関わりがあったのは、ほぼ僕だけです」
最初に任された仕事は、「植物の芽」を彫ることだった。同聖堂には「生誕・受難・栄光」の3つのファサード(門)がある。1976年に建物が完成した「受難の門」と聖堂本体をつなぐ建物の上に置く彫刻だ。高さ5メートルの小尖塔の先端に頭をもたげた植物の芽。地上から60メートルの、手すりも安全ベルトもない足場で一心に仕事をした。

高所の足場で作業をする外尾さん(1978年ごろ)© ソトオ企画
ガウディの具体的な指示がない中で、多くの疑問に直面した。台座となる強度の低い壁にどう小尖塔を取り付けるのか、そもそも、どんな植物の芽なのか。ガウディの時代に残されたいくつかの手がかりから、その答えを探り続けた。やがて、ガウディには彫刻によって構造を強化する構想があったのだとの気付きを得る。
「迷いながらも、石を通して少しずつガウディと“知り合う”ことができました。僕が悩んでいたことを100年前に悩んでいた人がいた。僕がまだ気付いていない疑問の答えを、その人はすでに知っていると…。僕にとって、ガウディは天才的な建築家というより、同じ問題に直面して答えを見いだした先輩のように感じるのです」
その後、ガウディの直弟子から託されたのは「ロザリオの間」の修復だった。ガウディが造った唯一の内部空間だったが、内戦で破壊されてしまった。
「何を考えているのかも、実力もまだよく分からない外国の青年に、そんな大事な仕事を任せてくれたのです。お前に払えるのは2カ月分の給料だけだと言われましたが、やるしかないと思いました」
結局、完全に修復するのに、1年半余りかかった。ロザリオの間には、明らかに聖書とは関係のない2体の像がある。「爆弾を持った若者」と「祈る少女」だ。少女は悪魔に金貨袋で誘惑されている。外尾さんは、この2体の表情を復元する際、悪魔に誘惑されながらも、悩み葛藤する若者として表現した。見る人に考えさせることが、ガウディの意図だと判断したからだ。

上:「ロザリオの間」を修復する外尾さん(1980年ごろ) 下:「祈る少女」(左)と「爆弾を持った若者」© ソトオ企画
「生誕の門」の “ハープを奏でる天使”
その後に取り組んだのが、「生誕の門」だ。15体置く予定の天使のうち、1体分の予算のめどがたったので、どれを彫るか選べとガウディが制作した模型の写真を見せられた。
「一生に一度の機会かもしれないと思ったので、一番大きくて難しいものを選びました。“ハープを奏でる天使”です」
1983年、10トンの原石を半年にわたり、彫り続けた。完成した像を台座に据えると、生誕の門の前を通る人々が立ち止まり、興味深げにファサードを見上げるようになった。「この天使を彫ってよかった」と外尾さんは手ごたえを感じた。寄付金も順調に集まり始め、2000年、外尾さんが15体全ての天使像の制作を終えて生誕の門が完成した。世界遺産に登録されたのは、その5年後だった。

「生誕の門」の前に立つ外尾さん。門の右上に“ハープを奏でる天使”が見える=2010年11月、スペイン・バルセロナ(REUTERS)
「言の葉」と日本人の自然観
サグラダ・ファミリア側壁の十カ所に大窓があり、果実と葉の彫刻が配置されている。これらの彫刻も外尾さんの作品だ。
“屋根の上にかごに盛られたフルーツを置き、大窓の周りは数百のフルーツと葉を散りばめよ。” ガウディが残した指示はそれだけだった。
「困ったのは、この葉は新鮮な葉っぱなのか、それとも枯れ始めているのか、ということでした。そもそも、なぜそこに葉っぱを置かなければならないのか。何を象徴しているのだろうか…」
「その意味を考える上で役立ったのが、私が日本人であることでした。日本語の『言葉』から発想したのです。“言の葉(ことのは)”(※1)と書くように、人間は“言葉”という見えない葉っぱのやり取りをしています。言葉を通じて、お互いの魂の中に実が宿っていく。私はそれを知恵の実りだと考えました。自分の心の中にある実りを人の心にも実らせたければ、多くの言葉を費やさなければなりません。実が熟すと葉は枯れ、落ちていく。ですから大窓の周りの葉は、役目を終えて枯れ始めている葉なのだと思いました」
こうして、地上から22.5メートルの高さにある大窓の周りには、一つの石で小さな果実と葉を彫った彫刻を配置し、屋根の頂部に“知恵の実り”としてかご一杯に盛られた色とりどりの熟した果実、その下方に枯れて収縮した葉を置いた。

側壁の上にある外尾さん作の彫刻群。熟した果実が盛られている © ソトオ企画
「葉っぱがなければ、実は育たない。そのことを日本人は自然から学び、日本文化に根付かせました。自然を観察してその答えに行き着いたガウディと日本人の自然観はよく似ていると思います」
「それまでサグラダ・ファミリアはすすけて忘れ去られた遺跡のようなイメージでした。でも、果実が実ったら、色を付けなくてはならない。人間の住むモノクロの地上と色鮮やかな天国を対比して表現しました」
異邦人の“目”を持ち続ける
半世紀近くスペインをベースにしているが、意識的に“異邦人”のままだ。
「その土地の美しいものを発見するのは、常に異邦人です。土地の人たちは慣れてしまって、気付けない。だからこそ、異邦人の“目”を持ち続けてサグラダ・ファミリアと向き合うことが、僕の仕事だと思っています」
35年間、“試験期間”だったと言って笑う。1年ごとの契約更新で、「先がどうなるか分かったことは一度もありません。来月給料をもらえるのかどうかさえ、定かではありませんでした」。それでも、日々できることに最善を尽くし成果を積み上げてきた。正式に美術工房の主任に任命されたのは、2012年のことだ。
140年以上続く建設で、最大の転機は1992年に開催されたバルセロナ五輪だ。サグラダ・ファミリアへの世界の注目が高まり、観光客も増え、資金も潤沢になった。すでに80年代からコンクリートを使うようになっていたが、新しい技術も導入され、工期の短縮化が進んだ。
一方で、外尾さんはひたすら石を彫り続けてきた。“完成”自体を目的にすれば本質を見失うと、危惧を抱いている。同時に、「私たちは教会を作っているのであって、芸術作品を作っているわけではありません。そのことを忘れてはいけない」と言う。
「芸術」ではなく「道具」をつくる
外尾さんは、イタリア・フィレンツェの「ドゥオーモ」(大聖堂)でも仕事をした。700年もの間、ドゥオーモの祭壇には正式な説経台が置かれていなかった。7年にわたるコンクールを経て、外尾さんが選ばれた。
「競合の彫刻家たちは、自分の“芸術”を設置しようとしていましたが、僕はあくまでもミサの“道具”をつくることに徹しました。そこが認められたのではないかと思っています」
サグラダ・ファミリアは、高さ172.5メートルの「イエスの塔」の完成によって、世界一高い教会となった。今後は「栄光のファサード」の施工が進められる。いつ全てが完成するのかに注目が集まりがちだが、外尾さんは、真の意味で「完成することはない」と言い切る。

サグラダ・ファミリアの近影。中央が「イエスの塔」=2026年6月(AFP=時事)
「なぜなら、芸術作品ではなく、人間の心をつくり上げていくための“道具”をつくっているからです。人間が“完成”したら、もう道具もいらない。その時に初めて“完成した”と言っていい。でも、人間の心は、むしろ、どんどん壊れている気がしています」
人間は何度も過ちを犯す。日々悩み、自分が正しいかを心に問うこと。それが、ガウディがサグラダ・ファミリアに託した遺志なのではないか。外尾さんはそう信じている。
ニッポンドットコム編集局(板倉君枝、ダニエル・ルビオ、杉山梨里)
バナー写真:サグラダ・ファミリアの彫刻家外尾悦郎さん=2026年8月東京都内(撮影:花井智子)
(※1) ^ 「和歌」を意味することもある。「古今和歌集」の序文では、“心を種として、葉が芽吹くのが言の葉(=歌)”とつづっている。


