唯一の「外国人歌人」カン・ハンナさんが短歌で伝える「引き算の文学」

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短歌は日本で1500年以上の伝統があると言われる短詩芸術だが、五七五七七の31音の定型表現など、独特のルールが海外には理解されにくい。非日本語圏出身者で唯一の歌人として活動する韓国出身のカン・ハンナさんは「引き算の文学」とたとえるシンプルな表現の中に、日本人の思想や生きる知恵、考え方が詰まっていると話す。

カン・ハンナ KANG Hanna

淑明女子大学(ソウル)卒業。2011年来日。NHK Eテレ「NHK短歌」レギュラー出演をきっかけに歌人として活動を始める。2016~18年に角川短歌賞に入選。初の歌集『まだまだです』(KADOKAWA)が2020年に「第21回現代短歌新人賞」を受賞。現在はiU情報経営イノベーション専門職大学教授のほかコスメブランドを展開する会社経営者でもある。その他の著書に『コンテンツ・ボーダーレス』(クロスメディア・パブリッシング)。

厳島神社に魅せられて

韓国でニュースキャスターなどの仕事をしていたカン・ハンナさんが、日本に活動の拠点を移したのは2011年。それまで旅行で何度も訪れていた日本だったが、中でも広島県の厳島神社を見たときの感動が忘れられなかったことが、移住の大きな動機になったという。

「なんて美しいんだろうって。神様と島の歴史をみんなが大事にしている。努力が今すぐ結果を出せなくて、すぐに花が咲かなかったとしても、時間をかけてものすごく綺麗な花を咲かせる。長く続けることで出る深みが評価される。そんな生き方が憧れの世界の一つだったんです。この国は私の居場所かもしれない、そんな直感を信じて飛び込んできました」

(撮影:篠塚ようこ)
(撮影:篠塚ようこ)

勢いと情熱にあふれ、みんなが最短距離で目標に向かって全力疾走している韓国社会とも違う、時間と評価の軸。日本語を独習しながら少しずつ仕事を始めていた2013年のある日、新海誠監督のアニメ映画「言の葉の庭」を鑑賞し、男女の淡いラブストーリーの中にさりげなく登場した万葉集の歌に心を奪われる。

雷神の少し響みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ

―柿本人麻呂(『万葉集』巻11所収)

「雨でも降ってくれないかな、あなたがここにとどまってくれるから。人を愛する気持ちや不安、寂しい気持ちまで、直接言わないのに豊かな情景が、31音から浮かんで伝わってきたことが驚きでした。日本語も片言だったのに、翌日、万葉集を買いに書店に走りました。理解できる語学力ではなかったけれど、ゆっくり読みながら、いつか短歌に関わりたいという気持ちが芽生えました」

31音が持つ日本語のリズム

(撮影:篠塚ようこ)
(撮影:篠塚ようこ)

願いがかなって、その翌年からNHK Eテレの教養番組「短歌de胸キュン」や「NHK短歌」へのレギュラー出演が決まり、まずは仕事として短歌を詠む日々が始まった。ただ、当初は戸惑いを覚えたという。

「七五調は日本人に身についたリズムですが、韓国の伝統的な詩歌表現の『時調』(シジョ)は四・三の音律です。短歌は自分の中で言葉を伸ばしてゆっくりさせていく感覚。しかも感情を直接的に表現する傾向の強い韓国の現代詩とも違って、短歌はストレートに言わない。最初は居心地がいいとは言えませんでした」

「各国」と「韓国」の音がどうしても聞き分けられぬ調子の悪い日

―カン・ハンナ(『まだまだです』所収)

1500年の歴史を作ってきた先人たちに学びながら、より自分らしい表現を。模索する中で、カルチャーギャップや揺れる日韓関係、そして離れて暮らす母への思いなど、異国の地で研ぎ澄ました等身大の気持ちを詠んだ。それらの歌が注目され、2016~18年に角川短歌賞に3年連続で入選。初の歌集『まだまだです』(KADOKAWA)は2020年に「第21回現代短歌新人賞」に輝いた。

(撮影:篠塚ようこ)
(撮影:篠塚ようこ)

日本と韓国どっちが好きですか聞きくるあなたが好きだと答える

―カン・ハンナ(『まだまだです』所収)

「七五調は日本人のリズムでもあるので、入選したときの選評で、外国人がこのリズムで歌を詠んでいることを褒めていただいたのを読んで、目に見えない努力もこのように評価されるんだと学ばせていただきました。異国の文化や言葉や食べ物に慣れていくのは、いま振り返れば楽しい日々でしたが、その経験の一粒一粒が、ものすごい頑張りを重ねた結果だったのかもしれませんね」

感情を削ぎ落とす「引き算の表現」

数学オリンピック韓国代表に選ばれたこともあるカン・ハンナさんにとって、短歌は「引き算の文学」であり「マインドフルネスな感覚」につながるという。

生きた人、生きている人、生まれる人、生まれなかった人さえ家族

―カン・ハンナ(『カジョクのうた』所収)

(撮影:篠塚ようこ)
(撮影:篠塚ようこ)

「言葉で言い表せない気持ちになったとき、苦労があったとき、複雑に混ざり合った感情を一つ一つ溶かして問いかけていく。それを一つ一つ歌にして31文字で表現すると『これだけで伝えていいんだ』と素直になれる」

「人間は複雑な感情を持っているけど、本質的な感情に向き合うと、答えは意外とシンプルだったりするんですよね。引き算の文学だからこそ、日記のように自分と向き合って、自分の心を浄化させ、自分を磨いて美しくしていく感覚があります」

日本生活は15年を超え、会社経営や大学教授の仕事にも就いた。最新刊の短歌・エッセイ集『カジョクのうた』(KADOKAWA)には、結婚した日本人との生活や、離れて暮らす母への変わらぬ思いなどがつづられる。

守ること増える夏日影 振り向けば明治神宮の老木と母

―カン・ハンナ(『カジョクのうた』所収)

「日本語で表現する自分が母のことを詠もうとすると、言葉を超えた何かが出てくるんです。どういう言語を使っても、文化も生まれ育ちも違う人たちが、素直に涙していただける。『母』っていうのは共通言語なんだなと実感しています」

(撮影:篠塚ようこ)
(撮影:篠塚ようこ)

最近では「短歌を教わりたい」と訪ねてくる外国人も現れた。日本語も片言だった自分を人間として育ててくれた短歌に恩返ししたい。受賞歴のある唯一の「外国人歌人」として、日本語を知らない人に短歌をどう伝えていくか、プレッシャーも感じているという。

「短歌の奥ゆかしい表現を通じて、日本の方々の考え方や絆、感情、生きる知恵や哲学といった、人間としての日本人が大事にしていることを学ばせていただきました。単純に翻訳しても七五調のリズムが崩れて持ち味が伝わりにくく、悔しい思いをすることがありますが、『禅』の思想のように、外国の方々にも興味を持ってもらえるのではないかと思っています」

バナー写真:カン・ハンナさん(2026年7月、撮影:篠塚ようこ)

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