心躍る文房具の世界

進化し続ける日本の文房具:文具王が選んだ“旬”のお勧め5点

暮らし

文房具好きにとって、日本は天国だ。大手文具店は土産を探す旅行者でごった返す。文具を語らせたら右に出る者はいない「文具王」の高畑氏が、日本文具の進化について語る。

日本には、300社以上の文房具メーカーがあり、そのほとんどが毎年多数の新製品を発表し続けている。大型専門店の中には1万種を超える品ぞろえがある店も珍しくない。百花繚乱(りょうらん)のにぎわいを見せる日本の文具店は文房具好きにとって、まさに天国。私も子供の頃からその魅力にとりつかれたまま大人になってしまった一人だ。東京ビッグサイトで開かれる日本最大の展示会、国際文具紙製品展(ISOT)では、300を超えるメーカーが軒を連ね、新商品を発表する。この展示会に出品された新製品を紹介しつつ、世界的にもまれな日本の文房具の熱過ぎる進化について考えてみたい。

サラサ・マークオン モジニライン ゼブラ

【大手老舗メーカーの技術力 にじまないボールペンとにじませない蛍光ペン】

にじまないボールペン サラサ・マークオン  写真提供=ゼブラ株式会社

にじませない蛍光ペン モジニライン  写真提供=ゼブラ株式会社

文房具は、目的だけを考えればもう十分に機能を果たしている成熟した製品だ。しかし、日本では狭いジャンルに多くの企業がこれでもかと技術やアイデアを注ぎ込み、極めて高度で特殊な「生態系」を作り出している。

中でも世界的に品質の高さで群を抜いているのがボールペンだろう。高級品ならヨーロッパにも素晴らしい物があるが、日本の大手メーカーは、莫大(ばくだい)な費用をかけて開発した最新のテクノロジーを、誰もが日常的に使う廉価帯の量産品に投入する。

それまでの製品とは明らかに違う滑らかな書き味で油性ボールペンのイメージを一変させ、その後各社がしのぎを削る新ジャンル「低粘度油性ボールペン」の先駆けとなった「ジェットストリーム」や、ペンのラバーでこすると文字が消える「フリクション」などが有名だが、それだけではない。

例えば「サラサ・マークオン」は、筆記後に蛍光マーカーで上からマーキングしてもインクが溶け出さず、にじまないボールペン。強調したところが汚れず、美しく見える。逆に「モジニライン」は、普通のボールペンで書いた筆記の上からラインを引いてもインクがにじまない、特殊なインクの蛍光マーカー。こちらはインクが溶け出すのをイオンの力で抑える。

日本には100年以上の歴史を持つメーカーが多くあり、こうした製品開発には老舗メーカーの経験と技術が生かされる。もちろん、従来の筆記具に問題があるわけではないが、特に日本の学生やビジネスマンは、にじみや汚れを嫌がり、たとえ自分用のノートでも、美しく書きたいという人が多く、そのニーズに限りなく応えようとする商品開発の結果だ。

「Twinkle Star」 Vスパーク

【引退後のライフワークとして研究を続ける】

「Twinkle Star」 Vスパーク

日本の文房具の多様性は、大手メーカーの開発力の高さだけでなく、小さなこだわりを持った中小メーカーの存在によっても支えられている。今回のISOTでもとりわけ異色の存在だったのは、2色ボールペンだ。元大手メーカーの技術者・川崎正幸氏は、引退後、自分の理想を追い求めて一つの製品のために起業した。

何とこのボールペンには二つのペン先が平行に並んで付いていて、ペンを持ったまま指先で半回転させるだけで色を切り替えて使うことができる。問題はペンが直液式の水性ボールペンだということ。水性ボールペンは万年筆にも近い書き心地で欧米では特に人気だが、油性と違って、ボディーに直接、水のようなインクを入れるので設計が難しい。しかも2色のインクを別々に密閉する必要がある。実現のために彼が考案したのが試験管を二重にしたようなボディーで、外側に赤、内側に黒のインクが納められている。この特異な構造は、世界で初めて彼が考案し10年もの時間をかけて実用化したものだ。

Memoterior writing ペーパリー

【たかがメモ用の紙を筆記具に合わせて選んで楽しむ】

Memoterior writing(左から万年筆用、ボールペン用、鉛筆用) ぺーパリー

小規模なメーカーの多くは、機動力を生かし、アイデアやデザイン性、楽しみ方など、さまざまなアプローチで新製品を開発し、他社との違いをアピールする。

例えば「Memoterior Writing」は、機能的にはごく普通の白いブロックメモだが、紙の違いを楽しむことを目的としている。鉛筆用、ボールペン用、万年筆用と、筆記具に合わせた三つの製品があり、それぞれ異なる種類の5種の紙が積み重なり、ページや使う筆記具によって書き心地が微妙に変化する。こんな製品が存在できるのは、まるでワインのテイスティングでもするかのように、紙の違いを嗜(たしな)むユーザーが一定数存在するから。日本の文房具の多様性には、ユーザーの感度の高さも反映されている。

「トガリターン」 ソニック

【子供用にこそ遊び心と技術力を】

「トガリターン」ソニック

「違い」を理解するユーザーはどうやって育つのだろう。日本は少子化が進んでいて、学童用文房具のマーケットは縮小している。しかし、厳しい状況の中でも学童文具メーカーは、新しいアイデアを形にすることに余念がない。

例えば「トガリターン」は、鉛筆を差し込んでハンドルを回し続けるだけで、鉛筆を自動的に引き込みながら削り、芯先が完全にとがったのを検知すると今度は鉛筆を自動的に押し出す。非常に高度な機能だが、電子的な制御を一切使わない内部の構造はまるで江戸時代(1603-1868)のからくり人形。ハンドルを回して鉛筆を削るシンプルな目的の道具だが、その動きはどことなくユーモラスで作り手の遊び心を感じる。こんなものを子供の頃から使っていたら、文房具に興味を持つようになるのもうなずける。

 「キッター」 オルファ

【道具を通じた教育も】

キッター

もちろん遊び心だけではない。メーカーは、子供たちに文房具を正しく使ってもらうための工夫にも腐心している。

例えば今回の日本文具大賞を受賞した「キッター」は、初めて使う子供のためのカッターナイフ。親は子供の安全に対してとても敏感だが、特に刃物のような道具には避けて通れないリスクがある。そこで、けがのリスクをできるだけ減らして正しい使い方を学ばせるために作られたのが「キッター」。日本の一般的なカッターナイフは、細長い刃の側面に刃を折るための溝が等間隔に入っていて、先端が切れなくなると刃を折って新しい先端を出し、切れ味を何度もよみがえらせる。うまく使いこなすには刃を折る経験が必要だ。そこで、先端の角部分を除いた刃全体をプラスチックでカバーし、安全性を確保しつつも、切れなくなれば刃を折って、切れ味を再現できるように工夫されている。大人用と同じ仕組みを安全に経験させることで、刃物の扱いに慣れてもらおうというメーカーの教育的な配慮が感じられる。

実用と嗜好を併せ持つ文房具、進化は続く

日本の文房具は、一つ一つは気軽に使える便利な実用品でありながら、それを使うこと自体を楽しめる嗜好品でもあり、その多様性と品質は世界でも突出している。その進化は、日々改良を続けるメーカーだけでなく、違いを理解して選び、楽しんで使う繊細な感覚や好奇心のあるユーザーによって加速し続けている。日本に来たらぜひ文房具店に立ち寄ってみてほしい。きっとたくさんの発見があると私は確信している。

ゼブラ商品以外の写真撮影・提供=高畑 正幸

バナー写真=壁一面を覆いつくす自室の文房具棚前にて、文具王・高畑正幸氏。

文房具