日本人の家族観 変化する意識・変化しない制度

千田 有紀【Profile】

[2013.08.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

日本の家族を取り巻く制度や現実には伝統的な価値が強く反映され、他の先進国で起きている変化が見られない。法律は夫婦別姓や同性婚を認めず、法律上、結婚していない男女の間に生まれる子どもは少ない。変化の兆しもある日本人の家族観の行方を、千田有紀・武蔵大学教授が読み解く。

最近、「ちょっと前に彼は結婚したんだけど」とアメリカ人の友人から聞かされ「え? 彼はゲイじゃなかったの?」と聞き返すと「そうよ。だから男性と結婚したのよ」とけげんな顔をされた。

私は家族社会学者だが、まだまだ日本の家族観に縛られているなと感じた。研究の文脈では同性愛者同士の結婚、もしくは結婚に準ずるパートナーシップ制度の存在を知っている。

しかし日本では同性愛者による結婚はまだまだ身近ではなく、同性愛者の結婚を考えつきもしなかったのだ(日本では、法的に結婚できない同性愛者のカップルが、養子縁組制度を利用し、同居人としての法的権利を得るケースはある)。

強固な婚姻制度が少子化の一因

日本の家族制度はとても強固である。

同性間の結婚が認められていないだけではない。結婚後に夫婦が違う姓を名乗る夫婦別姓も法制度として認められていない。これは違憲でないという判決が、東京地裁によって5月に下されたばかりである。

日本での婚外子の出生割合は2パーセントほどで、北欧やフランスでは半分以上、アメリカでも40パーセントであることと比べると、日本の低さは際立っている。また民法は、婚外子の相続分は婚内子の半分と定めている(※1)

これらの強固な結婚制度が、日本社会の直面する大きな問題である少子化の原因のひとつとなっている。

1980年代にDINKs(ダブルインカムノーキッズ)という言葉が流行したが、実態としては結婚した夫婦の多くには子どもがいる(※2)。子どもを持たない、と選択する夫婦は少ない。

夫婦が共に行動し生活を楽しむという文化が根付いていない日本社会において、結婚により各個人は多くの権利(自由な性的活動への権利も含む)を失い、妻と夫の義務の体系に縛られる。「子どもを持つこと」だけが、結婚によってのみ可能となるのだ。

また現在、4組に1組の結婚が、結婚前に妊娠しその結果を受けて結婚するという、いわゆる「できちゃった婚」でもある。日本の多くの男女が結婚する唯一の理由が「子どもを持つこと」と考えることすら可能だ。

子育てに冷淡な日本政府

多くの人たちが子どもを持つために結婚するというのに、日本の政府は子育てにとても冷淡である。

1990年代から日本型経営が崩れ始め、男性が正規雇用を得て妻を養うという男性大黒柱モデル(男性がブレッドウィナーであるモデル)が崩壊した。2000年代に入ってからは、共稼ぎ世帯数が片稼ぎ世帯数を追い越した。

リーマン・ショック以後は、働かざるを得ない女性も激増し、保育所の待機児童数が急増している。少子化が嘆かれ、出生数が年々減っているのに待機児童が増加している。おかしなことだ。

日本では就活(就職活動)という言葉に倣い、婚活(結婚を求めるための活動)、離活(離婚のための準備)という言葉が生まれたが、いまや「保活」(自分の子供を預ける保育園を探すために、妊婦や出産後の女性が奔走すること)という言葉までが生まれた。

批判多い安倍政権の保育制度

子どもを保育所に入所させるのも難しく、また家庭と職業の両立も難しいという厳しい現実を見て、多くの独身女性は共稼ぎに夢を持ったり、子どもが欲しいとは思ったりはできないだろう。また第一子で大変な思いをすれば、第二子以降の出生行動にも影響するだろう。少子化が改善する見込みは少なさそうである。

現在の自民党・安倍晋三政権は、3歳児以降の教育に力を入れると宣言している。そして育児休業を3年間取得でき、子どもが3歳になるまでは「抱っこし放題」となる制度を提案している。一方0歳児の保育に対する公的支援は無くてもよいのでは、とも言っている。その根拠は財政難である。0歳児保育は多くの公的資金が必要だが、3歳を過ぎれば保育の費用はぐっと減少する。

しかし、それほど長期にわたって育児休業を取得した後に職場に復帰できるだろうか。また経済的に余裕がなく、子供の出生直後に職場復帰を望む人たちもいるだろう。安倍政権のこの方針には、多くの批判が寄せられている。

さらに日本政府は「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30パーセント程度」という数値目標を立てているが、それに至る手段はまったくみえない。

未婚女性の出産に対する批判と反論に見る日本社会の変化

最近、フィギュアスケートの安藤美姫選手が未婚のまま子どもを産んだ。このニュースはテレビや雑誌で大きく報道され、「父親は誰なのか」という憶測が飛び交った。日本スケート連盟には、「選手の性教育をきちんと行うべきだ」という批判の声すら寄せられたという(言っておくが安藤選手は1987年生まれで、25歳である)。

ある雑誌では「あなたは安藤美姫選手の出産を支持しますか」「子育てをしながら五輪を目指すことに賛成ですか」などと問うアンケートをウェブ上で実施した。これには批判の声が寄せられ中止となったが、その後もあるテレビ番組が、安藤美姫の子どもの父親を知りたいか否かと番組中にインターネットを通じた調査を実施した。

これらの反応からわかるように、日本社会では未婚女性の出産に対する風当たりはまだまだ強い。その一方で私が驚いたのは、これらの批判に対する反論も多かったことである。「他人のライフスタイルに、とやかくいうべきではない」「いわれなきバッシングを浴びて気の毒だ。自分は断固として安藤選手の生き方を支持する」といった発言が聞かれた。20年前には考えられなかった、こういった反応の方が私には感慨深かった。

日本でもドラスチックな変化は起きる

人々の意識は確実に変わりつつある。にもかかわらず、制度としての家族はいまだ強固に残っている。人々が家族制度の硬直性に耐えかね、法的に結婚しないまま同居し子どもを持つと決断し始めたら、日本の家族制度は雪崩を打つように変化するだろう。

1980年代以降、日本文化の特徴とまで言われた男性の終身正規雇用を保障する日本型経営も崩れた。1990年代には性規範が解体し、いまや未婚者は性的自由を手にしている。これらの変化は一瞬にして起きた。

カトリックの国のフランスでさえ、法的な結婚とほぼ同等の権利を得られるPACS(連帯市民協約)などの選択肢を設けた。人々の実生活に対する宗教の影響力があまり強くない日本社会では、時がくれば、ドラスチックに変化すると考えている。

(2013年8月6日 記)

写真=アイスショーで演技する安藤美姫。(2013年7月6日・福岡市 日刊スポーツ/アフロ)

(※1)^ 最高裁が9月4日、この規定を違憲だとする決定をした。

(※2)^ 2010年実施の第14回出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)によれば、結婚持続期間15年から19年の夫婦で子供をもたない夫婦の割合は6.4パーセント。

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  • [2013.08.19]

1968年大阪生まれ。2000年東京大学大学院より博士号(社会学)。東京外国語大学助教授を経て2008年より現職。著書に「日本型近代家族 どこから来てどこへ行くのか」(勁草書房/2011年)『女性学/男性学』(岩波書店/2009年)など。ブログツイッターからも発信。

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