2020年東京オリンピック大会の招致成功と日本社会へのインパクト

原田 宗彦【Profile】

[2013.10.08] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

2020年東京五輪大会の開催が決定したが、東京の勝因はどこにあったのだろうか。オリンピックの開催により日本最大の都市・東京はどのように変貌するのだろうか。スポーツ社会科学の第一人者が大胆に予測する。

東京五輪大会の招致成功の背景

2020年夏季オリンピック・パラリンピック大会の招致活動において、東京が広い支持を得て開催都市に選ばれた。2016年招致活動の経験を活かした招致委員会の綿密な活動も勝因のひとつだが、大きかったのが、今回、正式立候補都市に選ばれたのがそれぞれに問題を抱える3都市だったことだ。

イスラム圏初の開催を目指すイスタンブールは、当初大会開催の意義ということで本命視されたが、6月に起きた反政府デモと激化する隣国シリアの情勢によって勢いを奪われた。さらに、評価委員会の報告書で指摘された「市内の交通渋滞」の解決にも明確な回答を示せず、交通インフラ面での不安が最後まで払拭できなかった。

マドリードは、ヨーロッパの金融危機の影響をもろに受け、失業率の高さと国内デモによって、招致レースから一歩退いた印象を与えた。国際オリンピック委員会(IOC)総会直前の8月の世界陸上前後から猛烈な巻き返しを図り、フェリペ皇太子を前面に出した皇室外交を積極的に展開した。ただし勢いがつき過ぎ、マドリード支持を取り付けたとされるIOC委員51名の顔写真を地元紙の1面に掲載し、それがIOC委員の不興を買ってしまうなど、直前で票を減らす原因をつくってしまった。

その一方、東京は「なぜ東京か?」に関して世界を納得させる理由が見つからず、長い期間苦慮していた。ただインフラと財政面に関しては高い評価を得ており、3つの都市の中では、突出したストロングポイントはないものの、他の2都市に比べてウィークポイントが少ないという利点があった。これが、招致活動の後半になって強調された「安全」や「安心」という、オリンピックを確実に開催できるという都市能力の評価に結び付いていった。汚染水の問題は未解決のまま残されているが、世界は、7年後の日本と安全と安心に票を投じたのであり、日本はその約束を守る重い義務を課せられたのである。

新しい「東京モデル」の創出

戦後に夏季大会を2回開くのはロンドン(1948年と2012年)と東京だけである。1964年の大会は、東海道新幹線や羽田空港の国際化、そして首都高速道路網の整備など、総額1兆円をかけた国家インフラの整備であり、大規模な都市改造プロジェクトが行われた。しかし2020年の大会は、そのような大規模な開発は必要とされていない。2度目の大会には、1964年大会のレガシーを活用した「東京モデル」の創出が求められるが、新しい東京モデルにふさわしいのは、環境と景観に配慮した、持続可能な国際集客都市の創造ではないだろうか?

東京の場合、貧困層が住むスラム街や、再開発が必要とされる古い工場地帯(Old Industrial Area)もないため、2012年のロンドン大会が行ったイーストロンドンの再開発や巨大ショッピングモールの建設といった都市再生プロジェクトは必要とされない。成熟都市であるがゆえに、会場整備(例えば新国立競技場や選手村の建設)以外に巨大な公共事業が発生する可能性は低いが、都市のバリアフリー化を進め、景観を改善するために必要な電線の地中化と電柱の撤去や、高速道路等の都市インフラの老朽化を防ぎ、安全性を確保するための維持管理といった、成熟都市ならではの課題は山積している。

今後は、五輪招致を契機に、これまで目標を定められずに停滞していたまちづくりの議論を活性化し、五輪開催まで7年という「期限」を、新しいイノベーション創発の起動力として活用すべきであろう。

五輪大会が起爆剤となったイーストロンドン地区の再開発プロジェクト。写真提供=著者

国際集客都市への脱皮

では、2020年オリンピック・パラリンピック大会の開催を契機に、東京はどのような都市づくりを目指すべきであろうか?ここで参考になるのは、中世時代の暗い街の雰囲気を払拭し、1992年のオリンピック大会を契機に世界的な観光都市に生まれ変わったバルセロナの都市再生事業である。その効果は顕著で、大会前の1990年に年間380万人であった宿泊を伴う観光客が、2000年には778万人へと倍増した。特にインバウンドツーリストの増加は目覚ましく、スペイン国外からの外国人観光客の割合も、1990年の48.8%から2000年の68.7%へと急増するなど、観光客の増加率が最も高いヨーロッパ都市として知られている。

このような都市再生事業の成功は「バルセロナモデル」として知られているが、成熟都市で開催される2020年東京大会にも、五輪開催を契機とした都市づくりと、それに関連した五輪レガシーの創造というミッションが課せられる。現在最も期待されているのが、東京に外国人観光客を呼び込む観光産業の振興である。しかしながら、東京都はビジネスセンターとしての機能は充実しているが、歴史的な観光資源が乏しく、これまでも観光産業を特に必要としない都市であった。

ユーロモニターインターナショナルによれば、2010年に東京を訪問した外国人旅行者は382万人であり、 香港の1997万人、ロンドンの1471万人、パリの818万人に比べると少なさが際立つ。東京都が行った「平成24年度国別外国人旅行者行動特性調査」においても、外国人観光客の35.3%がビジネスを旅行目的としており(観光目的は45.1%)、銀座、渋谷、新宿において日本食やショッピングを行う、街歩きを中心とした盛り場観光に興味が集中している。以下は、これらの説明と二つの提案である。

オールジャパンのスポーツ観光の推進

オリンピック開催決定とともに、東京の知名度が高まり、観光への関心が高まることが予想されるが、これを海外ビジターの増大に向けるには、二つの方法がある。ひとつは、東京に新しい観光資源を創造し、都市の魅力を高める方法であり、もうひとつは、日本全体のブランド力を発信することにより、ゲートウェイ都市としての東京の魅力を発信することである。

(1)スポーツコミッション東京の創設

最初の観光資源の創造については、江戸城の再建や、日本橋にかかる高速道路の地中化といった、失われた都市の記憶を再生する方法もあれば、外国人観光客を対象としたカジノの誘致や、すでに決定した大型クルーズ船の停泊拠点の整備も有効な方法である。これらがハコモノ整備であるとすれば、東京マラソンに匹敵する国際的に集客力のあるスポーツイベントの創設や誘致も必要である。歴史的な観光資源がない東京に観光客を集めるには、東京オリンピック招致で高まった「国際スポーツ都市」としての東京の魅力を最大活用すべきであろう。それゆえ、スポーツで人を動かす仕組みを提供する組織として「スポーツコミッション東京」の創設を提案したい。

(2)東京ゲートウェイ構想

日本には、豊富なスポーツ観光資源がある。北海道のパウダースノーから沖縄の珊瑚礁まで、そして国土の6割以上を覆う森林や山岳地帯や長い海岸線など、アウトドアスポーツ資源の多様性は世界でも群を抜いている。今後、LCC(格安航空会社)の拡大による「ビジター流動性」の増大と、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やスマートフォンの普及による「情報流動性」の増大で、アジアを中心としたスポーツビジターの取り込みも可能性が高まるだろうし、成田と羽田を結ぶ鉄道の敷設によって外国人観光客の利便性は飛躍的に向上することが予想される。東京をハブとしたオールジャパンのスポーツ観光の振興が第二の提案である。

バナー写真=日刊スポーツ/アフロ

(2013年10月1日 記)

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  • [2013.10.08]

早稲田大学スポーツ科学学術院教授。1954年大阪府生まれ。1977年京都教育大学教育学部卒業。1979年筑波大学大学院体育研究科修了。1984年ペンシルバニア州立大学体育・レクリエーション学部博士課程修了。鹿屋体育大学助手、大阪体育大学講師・教授、フルブライト上級研究員(テキサスA&M大学)などを経て2005年より現職。その他、日本スポーツマネジメント学会(JASM)会長、一般社団法人日本スポーツツーリズム推進連携機構(JSTA)会長などを兼務。主な著書に『スポーツ産業論第5版』(杏林書院)、『スポーツ・レジャーサービス論』(健帛社)、『スポーツ経営学』(大修館書店)『スポーツイベントの経済学』(平凡社新書145)などがある。

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