馬英九政権へNOを突きつけた台湾の民意

小笠原 欣幸【Profile】

[2014.12.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

台湾統一地方選挙で馬英九率いる国民党が予想以上の大敗を喫した。その敗北の要因と今後の台湾政局、中国への影響を考察する。

予想を超える国民党の大敗北

11月29日に投開票が行なわれた台湾の統一地方選挙は、国民党の大敗という結果に終わった。国民党は台北市、桃園市、台中市などの地盤を一気に失い、執政する県市数は選挙前の15から6へと激減、民進党は6から13へと倍増、無所属が1から3に増えた。このうち、人口の多い六大都市(直轄市)を見ると、国民党の執政は選挙前の4市(台北市、新北市、桃園市、台中市)から1市(新北市)に転落、民進党は台南市、高雄市の2市に桃園市、台中市を加え4市に倍増した。首都機能を有する台北市では、国民党候補が反国民党の無所属候補に敗れた。

得票率で見ると、国民党は前回の45.8%から40.7%へ5ポイントの減少、民進党は48.2%から47.6%へ微減、無党籍は6.0%から11.7%へ増えた。国民党の得票率がどれほどの落ち込みかは、2012年総統選挙での馬英九の得票率51.6%と比べてみるとよくわかる。民進党の得票率が微減となったのは、台北市で公認候補を立てなかったからである。民進党は大票田の台北市を欠いても残りの県市の得票増で前回並みの得票総数を達成した。これは予想をはるかに超える国民党の全面的敗北であり、台湾の有権者は6年間の馬英九政権へNOの審判を下したと言える。

台湾22県市長の所属政党の変化

  2009-10年地方選挙結果 2014年地方選挙結果
国民党 基隆市 台北市 新北市 桃園市 新竹県 新竹市 苗栗県 台中市 彰化県 南投県 嘉義市 台東県 澎湖県 金門県 連江県 (15県市) 新北市 新竹県 苗栗県 南投県 台東県 連江県(6県市)
民進党 雲林県 嘉義県 台南市 高雄市 屏東県 宜蘭県(6県市) 基隆市 桃園市 新竹市 台中市 彰化県 雲林県 嘉義県 嘉義市 台南市 高雄市 屏東県 宜蘭県 澎湖県(13県市)
無所属 花蓮県(1県) 台北市 花蓮県 金門県(3県市)

※黄色地の市は人口が多い直轄市。青字は今回の選挙で国民党が失った県市。

権威回復の画策がすべて裏目に

馬英九総統は2012年総統選挙での再選後、政権運営が不調で支持率が低迷した。経済成長を示す数字は出ているのに、多くの人がそれを実感できないというのが不満の核心であった。国民党は立法院で多数を握っているのに法案審議が思うように進まず、そうした政策推進の遅鈍が低支持率の要因だと考えた馬は、2013年9月に王金平立法院長を追い落とす権力闘争を仕掛けた。しかし、世論が王金平に味方したことで失敗し、馬政権の権威が失墜した。今年3月には馬政権の対中政策に反対する「ヒマワリ学生運動」が発生した。世論は学生側に味方し、馬政権の権威はまた失墜した。

馬総統は、形勢を逆転し自身の歴史的評価を確立しようと、11月の北京APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会談への出席、そして中台トップ会談を画策したが、それも失敗に終わった。追い打ちをかけたのが、9月に発覚した食の安全問題であった。原料をごまかして廃油を再利用した食用油が出回っていたのだ。影響が食卓に広がるなかで政府の対応が後手に回り、問題の食用油大手企業が中国ビジネスで大成長し、国民党関係者との人脈が太かったこともダメ押しとなった。

地殻変動といえる民進党の党勢拡大

今回の選挙は国民党が負けただけで、民進党への支持が高まったわけではないという見方がある。しかし、国民党の落ち込みと民進党の上昇は、上層の県市長選挙のレベルだけでなく、下層の県市議員選挙にも及んでいる。台湾の全県市の議員選挙の得票率を見ると、国民党36.9%(前回と比べて3.7ポイント減)、民進党37.1%(前回と比べて5.8ポイント増)で、民進党が初めて国民党を上回った。

全議席907の内訳は、国民党386議席(前回と比べて33議席減)、民進党291議席(前回と比べて33議席増)で、国民党が依然として優勢なように見えるが、これは国民党が、農漁村・丘陵地帯の過疎地域の選挙区において効率的に議席を確保していることによる。国民党の県市議員の多くは、地方派閥や地方政治家族が自分の後援会を基礎に国民党の看板を掛ける形態であり、民進党が長い間苦戦してきた分野である。表面的な反馬政権の風が吹いただけでなく、民進党の党勢拡大という地殻変動が発生したと見るべきである。

台北市長選挙で吹いた風の波及効果

今回の選挙で最大の注目を集めたのは台北市であった。民進党は在野大連合を唱える無所属の柯文哲候補を支援し、その柯氏が国民党の連勝文候補に大差をつけて当選した。柯氏は反国民党の立場であるが、民進党からも距離を置き「藍緑二大陣営対立の壁を壊そう」と訴えたことから、馬政権に愛想をつかした国民党員の中からも柯氏支持の動きが出た。連陣営の稚拙な選挙活動がネット族の嘲笑のネタとなって台湾中に拡散したのと対照的に、柯陣営の一風変わった選挙活動はメディア報道とネットで肯定的に伝播された。柯氏が国民党の牙城の台北市で旋風を巻き起こしたことが、他県市でも国民党の支持離れを誘発し民進党の得票増につながるという構図ができた。

ミニ集会で演説する無所属の柯文哲候補。ひょうひょうとした語り口でブームを巻き起こした。国民党の連勝文候補の支持率が下がったのは「ヒマワリ学生運動の影響だ」と語った。(2014年11月14日撮影)

連氏が連戰・国民党栄誉主席の息子であり、巨額の財産を有していることにも関心が集中した。これは「ヒマワリ学生運動」が対中警戒感をかきたてたことが背景にある。台湾の社会学者が中台の政治経済構造に深くかかわり利益をむさぼる「両岸権貴」(権貴=特権階級)という概念を提起したが、多くの人にとってそれは抽象的で遠い概念であった。しかし、連氏の登場によって具体的なイメージがつかめたのである。

今回の選挙は地方選挙であり中台関係は直接の争点ではないが、台北市の選挙戦を通じて馬政権が進めた中台経済交流の拡大への疑問が広がり、間接的に国民党の選挙情勢に影響を与えた。中国ビジネスで大成功をおさめた台湾の大企業家が馬政権の対中政策を擁護し、「国民党候補が当選すれば巨額の投資をする」と応援演説をしたが、その人物が応援に入った県市はことごとく国民党が敗北した。

ポスト馬英九一番手も苦戦で、国民党の混迷は続く

開票が終了した11月29日夜、馬は敗北を認めながらも自分が主導権を維持する意思を表明した。しかし、これだけの大敗でも責任を取ろうとしないことに批判が高まり、馬は一夜明けた30日、党主席辞任を決意した。急な事態に国民党内は混乱に陥り、次期主席選挙をめぐり水面下で主導権争いが発生した。立候補を届け出た朱立倫・新北市長を軸に党の刷新は展開していくことになる。だが、朱は2016年総統選挙には出馬しないと言明した。

本来、朱市長はポスト馬の一番手であったが、今回の新北市長選挙では強力とはいえない民進党候補を相手に勝つのがやっとであった。最有力候補であった朱が気勢をそがれた格好になったので、国民党内はまだ混迷が続くであろう。党内では馬の総統辞任を求める声もくすぶっている。次の総統選挙は2016年1月に行なわれる見込みなので、実質的にあと1年しかない。国民党が馬政権の負の遺産から脱却するのは非常に難しい情勢にある。

一方、民進党はこれから勢いを増していく。選挙前、党内には蔡英文主席の指導力に対する懸念が存在していたが、蔡主席自らが主導した中部決戦の選挙戦略が見事に当たった(台中市、彰化県で当選)ことで、蔡主席の指導力は強まる。

民進党は13の県市を掌握し、その人事権、予算編成、各種の裁量権を使うことができる。中でも直轄市の市長は権限が大きい。例えば、桃園市では、市政府の28の部局長ポスト、12の区長ポストが任命される。桃園航空城公司など外郭団体まで含めれば掌握するポストは膨大な数になる。県市政府がそのまま民進党の選挙マシンになるわけではないが、少なくとも国民党がこれまで持っていた行政系統を断ち切る効果はあり、総統選挙で民進党に有利に作用することは間違いない。

中国共産党は普通選挙への警戒を強める

選挙でNOを突きつけられた馬総統は、権力の重要な拠り所である国民党主席の座を手放さざるを得なくなった。中国で言うなら共産党総書記辞任である。台湾の選挙結果を見て、中国共産党は「たかが」地方選挙がこれだけの政治効果を持つことに警戒感を強めたであろう。中国大陸においても香港においても、普通選挙を認めない決意を一層固めたのではないか。

台湾で普通選挙が行なわれていることは多くの中国人が知るところとなっている。中国共産党は「台湾の民主政治はダメ」論の宣伝を続けているが、中国の中にも台湾の選挙を羨望(せんぼう)する人はいる。台湾は軍事力でも経済力でも中国に劣るが、「民主の灯台」として存在価値を有することが今回の選挙で改めて確認された。習近平政権の出方が注目される。

(2014年12月15日 記)

タイトル写真=台北市長選挙で勝利した無所属の柯文哲候補の支持者たち(2014年11月29日台北、AP/アフロ)

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  • [2014.12.19]

東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 准教授。1958 年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。東京外国語大学外国語学部専任講師を経て2013年より現職。1999年4月~2000年3月台湾国立政治大学中山研究所客員研究員。主な著書は『馬英九再選―2012年台湾総統選挙の結果とその影響』(小笠原欣幸・佐藤幸人編、アジア経済研究所、2012年)。

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