変動期に入った朝鮮半島情勢

金正恩体制下の核・ミサイル問題の行方

政治・外交

2012年2月の米朝協議で核・ミサイル実験凍結に合意した北朝鮮は、4月に衛星打ち上げを名目に事実上のミサイル発射を行い、国際社会の非難を浴びた。新指導者の下で核・ミサイル問題はどう展開するのか。米国社会科学研究評議会(SSRC)のレオン・V・シーガル氏が分析する。

金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党第1書記が2012年7月半ばに軍の最高幹部を解任したとき、北朝鮮に変化が起きる兆しではないかとの臆測を呼んだ。しかし、金正恩の突然の動きは、単に父・金正日(キム・ジョンイル)総書記が総参謀長に昇進させた軍のトップを、彼が辞めさせるだけの実権を掌握していることを示したにすぎない。

それよりも、広く予想されている北朝鮮の3度目の核実験がまだ行われていないことの方が重要だろう。核実験の準備は、金正日が死去した時点で進んでいた。金正恩の自制は、彼が米日韓との関係を再構築したいと考えている兆しかもしれない。米日韓との関係再構築は、彼が北朝鮮経済の改善に全力を傾けるために必要な、平穏な外部環境を作り出す可能性がある。

そうであれば、金正恩は、去る2月29日に米朝間で合意した核兵器と長距離弾道ミサイルの実験の凍結、国際監視下での寧辺(ヨンビョン)核関連施設におけるウラン濃縮の一時停止という約束を実行に移さなければならない。また、これ以上の人工衛星打ち上げも自制する必要がある。まさにそれが日本を始めとする北東アジア諸国の安全保障上の懸念を和らげ、すべての周辺国との関係再構築への道を開くものとなる。

北朝鮮の経済変革の前提条件となる平穏な国際関係

金正恩の発言は経済変革が起きていることをうかがわせるが、こうした印象は決定的ではなく、変革を後押しするような国際環境がない限り、北朝鮮の進路が大きく変わるとは考えにくい。そうした国際環境があってこそ、金正恩は乏しい資源を軍から国民に再分配し、外部からの支援と投資の道を開き、中国への依存を減らすことができるのだ。

金正恩は、父親が2002年に経済改革に乗り出して、日韓両国に接触したものの、米政府が関与を拒んだために挫折したことを知っている。この事実を踏まえ、金正恩はこの3カ国すべてとの明確な関係改善の証拠がない限り、改革の危険を冒すことはないだろう。ただ、米日韓との関係改善のためには、彼は核兵器とミサイルの開発計画を停止しなければならない。

2月29日の北京での米朝協議で北朝鮮が核実験と長距離弾道ミサイル実験の凍結および国際監視下での寧辺におけるウラン濃縮の一時停止などを約束した際には、米日韓との関係改善のための北朝鮮による自制は近々実現するのではないかと思われた。米政府はその見返りに、北朝鮮が「信頼醸成措置」として求めていた食糧支援の提供と2国間関係の改善を約束した。

ただし、ミサイル実験の凍結に人工衛星の打ち上げが含まれるかどうかは未解決のままだった。これは重要である。衛星を軌道に乗せるために北朝鮮が使用しているロケットの最初の2段は、核弾頭を搭載する長距離弾道ミサイルと区別できないからである。北朝鮮側の交渉担当者は、国連安保理が禁止しているにもかかわらず、自国には衛星を打ち上げる国家としての権利があると主張した。これに対し、米国側の担当者は、衛星打ち上げは交渉を決裂させると応じた。

しかし、2月29日の合意後、失敗はしたものの、あまりにも早い段階で北朝鮮は人工衛星を打ち上げた。このため、新指導者の意図はほとんど明らかになっていない。ただし、どちらの行動も父・金正日が発動したものだと北朝鮮の高官らは言い、「新世代」の後継者は米政府との関係改善を望んでいると主張している。

この主張にはある程度の根拠がある。合意はもともと2011年12月の米朝協議で正式なものになるはずだったが、直前に父親が死去した。ロケット発射も核実験もそれまでに準備が進んでいた。また、核実験と衛星打ち上げの発表では、北朝鮮のメディアが繰り返し言及していたのは金正恩ではなく、父親の金正日だった。

金正恩は核問題で自制するか

金正恩による核の自制は、軍事的にも政治的にも大きな意味を持つ。(もし自制しない場合、)軍事的には、核実験が成功すれば、ミサイルに搭載可能な「小型化」した新型核兵器を保有しているとの北朝鮮高官の主張を裏付けることになり、日本の安全保障を脅かす形で地域のパワーバランスが変わる可能性がある。また政治的には、核実験は、北朝鮮の経済政策に大きく影響する北東アジアの国際関係を決定的に損なうことになる。

北朝鮮は、米日韓との関係改善に向けた新たな戦略を模索している。この戦略上の変化が最初に現れたのは、広く報道された去年の金正日総書記のロシア訪問だった。冷戦時代の金日成(キム・イルソン)主席と同じように、金正日もロシアを使った対中けん制外交への道を開いた。

核の自制は別の方向性を示しているとも考えられる。北朝鮮の高官は長年、自分たちは米日韓との関係改善を望んでおり、その見返りに核兵器とミサイルの開発計画を停止する用意があると述べてきた。憎悪の終焉、すなわち北朝鮮が米国の「敵視政策」と呼ぶものに終止符を打つことは、北朝鮮の安全保障を高め、中国との力のバランスを是正する手段となる。それは日韓両政府との関係を深め、支援と投資を中国に大きく依存する現状を改めることにもつながる。

しかし、米朝間には信頼関係がないことから、信頼醸成のため、米政府が互恵的措置をとること、すなわち北朝鮮の行動に対して米国も行動で応じるよう、北朝鮮は主張した。

4月の衛星打ち上げまでは、北朝鮮が信頼醸成に向けて、本気で行動には行動で応じようとしている気配はあった。1990年代、北朝鮮が核兵器の爆発成分を製造する唯一の方法は、寧辺の原子炉から使用済み核燃料を取り出して再処理し、プルトニウムを抽出することしかなかったが、北朝鮮は1991年末に再処理を凍結し、2003年まで再開しなかった。これにより、相当数の核爆弾を作れるプルトニウムの抽出を自制したことになる。北朝鮮は、1994年の米朝枠組み合意に基づき、同年から2003年まで寧辺の原子炉を停止したほか、2007年10月の6者会合(6カ国協議)の合意に基づき、2007年にも再び停止した。原子炉は現在も再稼動していない。しかも、ここ20年は、中・長距離弾道ミサイルの発射実験をほんの数回しか実施していない。この結果、北朝鮮が手にした核兵器はごくわずかであり、これらを搭載できる安定したミサイルは開発できていない。

北朝鮮は1997年にウラン濃縮活動を開始し、2003年に核爆弾5~6個分のプルトニウムを再処理し、2006年と2009年に核実験を実施した。ミサイルの発射実験は1993年、1998年、2006年、2009年に行った。しかし、そのつど米国側が約束を守らなかったことを自らの行動の理由、あるいは口実に挙げており、それもあながち根拠がないとはいえない。しかも、その後に協議の再開を呼びかけている。

ただし、北朝鮮には今回、米政府が約束を守らないと決めつける理由はなかった。衛星打ち上げの決定は、信頼を醸成するものではなく信頼を裏切るものだった。金正日総書記の遺産である「先軍政治」への頻繁な言及は、核実験の実施を示唆しているように思われた。

しかし、5月22日の北朝鮮外務省スポークスマンによる下記の談話によると、北朝鮮は米政府に対して核実験を行わないと伝えている。

「平和的発展に総力を結集するうえで必要な朝鮮半島の平和と安定を保障するため、われわれは米国側が提起した憂慮事項を考慮し、2月29日の米朝合意にはこれ以上拘束されないものの、実際の行動を自制していることを数週間前に米国側に通知した。そもそもわれわれは、平和目的のために科学・技術衛星の発射を計画したのであり、核実験のような軍事的措置は考えてもいなかった。」

北朝鮮の自制が続けば米朝交渉再開も

北朝鮮が信頼回復に乗り出したいのであれば、核実験の自制が出発点になる。しかし、同時に北朝鮮は、2月29日の米朝合意の他の項目を実施することに加え、それが人工衛星の打ち上げを装っていようといまいと、ミサイル実験を自制しなければならない。

米政府は北朝鮮の行動に報いる用意があることをにおわしている。北朝鮮外務省スポークスマンが談話を発表したのと同じ5月22日、米国側交渉担当者のグリン・デービース特別代表は北京で報道関係者にこう語っている。

「いつでも機会はあるとしても、北朝鮮が自らの約束を守れるとわれわれがもう一度確認できる段階に至れば、喜んで栄養補助食品の支援を復活させたいと考えている。残念ながら、『テポドン』ミサイルの発射計画を発表するという3月の決定を受けて、今はそうした状況にはない。⋯⋯そして、それは彼らの側の誤算だった。彼らは、(米朝協議の)目的が誠実なものであったこと、またわれわれとの交渉や、ひいては6者会合の席に本当に復帰しようとしていることを示す機会を逃した。このため、われわれが今、北朝鮮に求めているのは、彼らが自らの約束、特に2005年9月の6者会合に関する共同声明に盛り込んだ約束を本気で実行するつもりであることを示すため、行動を起こすことである。」

今年の米国と韓国の両大統領選挙前に協議が行われるとは考えにくいが、北朝鮮が自制を続ければ再開される可能性はある。その時点での目的はまず、北朝鮮が核兵器とミサイルの開発計画凍結という約束を実行することだろう。さらに、非核化を核開発の一時的な停止だけでなく恒久的な核兵器廃棄にまで至るものとする場合、北朝鮮政府を安心させることが不可欠となる。そのためには、和平交渉と完全な政治・経済の正常化に向けた措置を含む、より踏み込んだ互恵的措置を講じることである。

もちろん、北朝鮮の衛星打ち上げによって核問題をめぐる外交で(米国側が)受けた政治的ダメージを過小評価してはならない。他方で、米政府が自らの義務を何度も放棄してきた後では、北朝鮮の高官が米国の意図を信用できないと思うのも無理はない。

経済関係の構築が問題解決への道

米日韓の政府は、金正恩の意図を探ることに腐心しているが、北朝鮮に対する経済的隔離と制裁は、核武装や貿易拡大を阻止できなかったことを認識すべきだ。過去10年、北朝鮮の経済は、かなり低い水準からではあるが成長を続けている。むしろ、経済関係の構築が、強く求められている北朝鮮国内の変化をもたらす唯一の方法である。中国の関与はそれを示している。中国製品の流入を背景に、北朝鮮国民は国家への依存を減らしており、おそらく過去数十年で最も大きな変化が生じている。その影響は、失敗に終わった2009年12月の通貨切り下げの際に明白となった。通貨切り下げは、民間事業者に銀行へのウォン預金を強制して資本を没収し、その資本を国営企業への投資に回そうとのもくろみで行われたが、北朝鮮の市場は大混乱に陥った。国民の強い反発を受けて、北朝鮮は数週間で切り下げの撤回を余儀なくされ、国民に対して謝罪まで行った。中国の関与がなければ、こうしたことはあり得ただろうか?

米日韓の北朝鮮への不関与政策はまた、朝鮮半島の緊張の高まりを抑えられていない。韓国の海軍艦艇「天安(チョナン)」号の沈没は、一般に北朝鮮の挑発行為と見なされているが、この見方は、朝鮮半島の不安定な軍事バランスを無視している。北朝鮮の軍は、陸・海・空すべてで韓国に劣るが、北朝鮮は今もソウルを人質にとっている。砲撃と短距離ミサイルの攻撃でソウルを火の海にできるからだ。双方の抑止力が働き、朝鮮半島で意図的な武力侵略が起こる可能性は極めて小さいが、双方が互いに計画的な戦争を抑止するために講じる、まさにその措置が、不注意な戦争とまではいかないにしても、致命的な衝突のリスクを高めている。北朝鮮の情報源を細かく分析すると、魚雷による天安号の撃沈は、2009年11月10日、北方限界線の南にある黄海の紛争海域を侵犯した北朝鮮艦艇を韓国艦艇が攻撃したことへの報復だったようだ。天安号の撃沈に対抗して、韓国はこれらの海域で実弾射撃訓練を行い、危険な北朝鮮の報復を再び招いた。今度は延坪(ヨンピョン)島への砲撃だった。軍事的抑止だけではさらなる衝突は防げないだろうが、和平交渉なら防げるかもしれない。

また、北朝鮮が際限なく核兵器とミサイル開発を進めれば、周辺国および世界全体の安全保障に重大な結果をもたらすことになる。すでに韓国内には、米国の戦術核兵器を半島に再配備するよう求める声のほか、米政府が以前2度阻止に成功した韓国の核兵器開発計画を再開せよとの声まで出ている。軍備競争は、米国を信用せず、核武装に賛成する日本国内の勢力を勢いづかせることにもなる。

現在、北朝鮮はウラン濃縮を続けており、いつでもプルトニウムの生産を再開できる状況にある。北朝鮮は発電目的の新しい軽水炉を建設しているが、これも他の原発と同じく核分裂の副産物としてプルトニウムを生成する。ただ、軍事パレードで披露した2基の長距離弾道ミサイルや新しい核兵器の実験はまだ行っていない。北朝鮮がコンテナ船に積み込まなければならないほどの大きさの核兵器を少量保有することと、ミサイル搭載可能な核兵器を大量保有することとはまったく別の話である。

新たな協議では、北朝鮮に非核化の道を歩むよう説得できないかもしれない。そうなれば、疑わしい貨物船の審査を厳格化し、領空侵犯の規制を強化することにより、北朝鮮の武器関連輸出を阻止するための厳しい封じ込めが実施されるだろう。また、すべての周辺国との経済関係深化の道は閉ざされ、金正恩の経済改善への希望は失われよう。

(原文英語)

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