特集 異常気象と日本社会
気象災害を生き抜くために「災害過保護」から脱却せよ

片田 敏孝【Profile】

[2014.09.09] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

東日本大震災で津波に襲われた岩手県釜石市小中学生の99.8パーセントが懸命に避難して生き延びた。同市で子どもたちへの防災教育に力を注ぎ「主体的」避難を導いた筆者が、気象災害への備えに警鐘を鳴らす。

深刻な気象災害―前代未聞の巨大台風襲来の可能性も

2011年の東日本大震災後、日本の防災は地震と津波に偏重し、そこに注目が集まっている印象がある。もちろん地震、津波は大きな懸念材料だが、あくまでも時々起こる大災害だ。

しかし、その陰でより深刻な状況にあるのが気象災害である。いわゆるゲリラ豪雨も多いが、これは非常に局所性が高く、地域全体を壊滅させるということではない。もっと心配なのは台風の巨大化だ。海水温が非常に高い状況が続いており、海洋気象は一足先に温暖化が進んでいるのではと思われる。海水温が高いために台風は小さくならず、発達しながら日本に接近するという状況が常態化している。このままいくと巨大台風が襲来する可能性は十分考えられる。

例えば2014年も、7月に非常に大型の台風8号が沖縄を襲った。さらに大型化するという予測の下で特別警報が出されたが、幸いにもあれ以上(7月7日時点で中心気圧930ヘクトパスカル)大きくならなかった。続く11号、12号も大変な雨を降らせた。

2013年には、11月の初めに中心気圧895ヘクトパスカルの台風30号(Haiyan)がフィリピンのレイテ島を襲い、6千人以上が亡くなった。11月は台風シーズン末期で、これまでなら、このような大型台風は発生しなかった。ちなみに日本の過去の大型台風は1934年の室戸台風が中心気圧911ヘクトパスカル、1959年の伊勢湾台風が929ヘクトパスカルだった。しかし2013年の台風30号はついに900ヘクトパスカルを切った。2005年に米国ニューオリンズを襲ったハリケーン「カトリーナ」でさえ902ヘクトパスカルだったことを考えると、この895ヘクトパスカルがいかに深刻かが分かる。

2012年4月に気象庁は、今後中心気圧が850ヘクトパスカルを下回る台風が生じる可能性もあるというシミュレーションを出している。もはや、今備えずしていつ備えるんだという思いが私にはある。

率先して逃げた釜石市の子どもたち

私は2004年から岩手県釜石市で、小中学校の子どもたちに対する防災教育に取り組んできた。東日本大震災前の2010年当時で、向こう30年の間に、地震・津波が起きる確率は宮城県沖では99パーセント、三陸沖では90パーセントといわれていた。

にもかかわらず「3・11」以前、津波警報が発表されて避難勧告が発令されても、誰も逃げないという状況になっていた。だからこそ事前に備え、迅速に逃げられるように子どもたちを教育してきたことが震災時の釜石の子どもたちの行動につながったと思う。1000人を超える方々が津波の犠牲となったが、多くの小中学生がそれぞれの状況下で率先して避難した。その結果、釜石市内の14の小中学校約3000人の子どもたちが、大地震・大津波を生き抜いてくれた。

防災の本質は、災害に襲われる前にどれだけ被害軽減のための対策を整えるかということだ。ところが阪神淡路大震災以降の日本の防災は、被災後にどう対処するかを考えてきた。だから、地域の防災対応でも、食糧をどうしようか、水をどうしようか、避難所は大丈夫か、などと皆が生き残ったあかつきの対応ばかり検討するようになっている。

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  • [2014.09.09]

群馬大学大学院理工学府教授。同大学「広域首都圏防災研究センター」センター長。1960年生まれ。専門は災害社会工学。災害への危機管理対応、災害情報伝達、防災教育、避難誘導策のあり方等について研究するとともに、地域での防災活動を全国各地で展開している。特に釜石市においては、2004年から児童・生徒を中心とした津波防災教育に取り組み、災害に立ち向かう主体的姿勢の定着を図ってきた。主な著書は『命を守る教育 3.11釜石からの教訓』(PHP研究所/2012年)、『人が死なない防災』(集英社新書/2012年)など。

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