「天ぷらは料理の最高峰」 近藤文夫(銀座「てんぷら 近藤」主人)

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天ぷらといえば「近藤」——。ミシュランで2つ星を獲得した店には、日本食通たちはもちろん、韓国・台湾・中国などのアジア圏、そして欧米各国からも大勢の客が足を運ぶ。世界の舌を魅了する「てんぷら 近藤」の魅力とは。

近藤 文夫 KONDO Fumio

1947年、東京都生まれ。1966年、高校卒業後に東京・御茶ノ水にある「山の上ホテル」に就職し、「てんぷらと和食 山の上」で板場に立つ。弱冠23歳で料理長に就任。以後21年間、料理長を務める。1991年に独立、銀座に「てんぷら 近藤」を開店。多くの著名人が常連客として通う、日本有数のてんぷら料理店の店主として腕を奮い続けている。

「てんぷら 近藤」の天ぷら。

天ぷらは寿司と同じく、元々は屋台で作られていた庶民向けのファストフードだった。それを世界に冠たる料理に進化させたのは、料理人たちが「もっともっとおいしく」と願い、果てない味の追求を続けたからだ。

東京・銀座に店を構える「てんぷら 近藤」。その味は、主人である近藤文夫の探究心が生み出した、天ぷらの真骨頂だ。氏は、かつて勤めていたホテルの名を「天ぷらを食べるならここ」と全国に知らしめた。独立してからも「天ぷらと言えば『近藤』」と食通に愛され続けている。

「シャッ」と軽やかにネタが揚がっていくところを目の前にしながら、熱々の天ぷらを食べる幸せ。「食べ物のおいしさは世界共通だよね」と、近藤文夫は目を細めて笑う。彼が生涯をかけて追求する「天ぷら」とはどんなものか、目指すところを聞いてみた。

究極の技が“軽い”味わいを生み出す 

——「近藤」の天ぷらの特徴は何でしょう? 

えびの天ぷら。温度の違う2つの鍋で天ぷらを揚げる。

「うちの天ぷらは非常に軽いんですね。油っこくない。ですから、油が苦手な高齢の方からも『近藤の天ぷらなら食べられる』とおっしゃっていただいています。油を避ける傾向のある女性の方もたくさん店にいらっしゃいますよ。先日、テレビ番組で実験したのですが、うちの天ぷらは家庭で作る天ぷらと比較すると、カロリーが半分なんです。それは小麦粉で作る天ぷらの衣が油を吸い過ぎないから。そこがプロの技なんですね(笑)。

みなさんは、天ぷらをただの“揚げ物”と思っていらっしゃるようだけれど、僕は天ぷらを揚げ物というだけではなく“蒸し物”でもあると思っているんです。油で揚げた後も、衣に包まれた素材が余熱で蒸されて、素材そのものの味がうまく引き出される、そういう料理なんですよ。ですから余熱時間も計算した上で揚げないと、天ぷらはおいしくできません」

——確かに、火の入り具合が絶妙ですね。魚介類も、外側は火が通っているのに、中が半生でやわらかい。よく味を知っているはずの野菜も「こんな風味を醸し出す野菜だったのか」と教えられる思いです。

細切りにしたにんじんを一気に揚げる天ぷらも近藤のオリジナルだ。

「うちは野菜の天ぷらが多いけれど、元々、天ぷらの世界で、野菜は邪道だったんですよ。添え物のように、さつまいもやしいたけの天ぷらがある程度。江戸時代に発展した天ぷらは、江戸前の海で獲れた魚を揚げる料理で、野菜を揚げたりしなかった。でも僕にはそれがずっと疑問でした。日本には、おいしい野菜がこんなにたくさんあるんだから、それをもっと天ぷらにしてみたかったんです。

さつまいもにしても、薄い輪切りを揚げていたけれど、僕は嫌いでね、おいしいと思えなかった。でもさつまいもって焼きいもにするとおいしいじゃない? だから焼きいもに勝る味を天ぷらで出そうと考えました。そうして出来たのが、今のさつまいもの天ぷらです。10センチは優に超す切り株状のさつまいもを油の中で30分くらいかけてじっくり揚げることで、水分も甘味もしっかり天ぷらに封じこむことができるから、ぼそぼそしてないでしょ? 最初は評論家に『これは亜流だ』って非難されたけれど、お客さまは皆さん気に入ってくださった。本当のおいしさっていうのは伝わるんだと思いました。

さつまいもの天ぷらを揚げる。ホクホクとした食感は「てんぷら 近藤」ならでは。

お客さまにとって大事なのはおいしいか、まずいかであって、こうあるべきとかそんなことじゃない。料理って、とってもシンプルでわかりやすいものなんですよね」

——評価しない声があってもブレることはなかったんですね。

野菜は必ず現地で試食してから契約。どんな天ぷらにするのか、そのイメージは試食時にふくらんでいる。

「自分のやっていることが、他人のマネじゃなく、なぜそうするのかという本当の意味をわかっていれば、信念は貫けるはずです。僕は天ぷらを追求したかったし、天ぷらの本当の味を知ってほしいと思っていましたから。

それに料理はお客さまが評価してくださるもの。評論家じゃなくってね。だからミシュランで星をいただきましたが、今後さらに上の星をとるために店を変化させることはありません。一番大切なのは、お客さまに本当のおいしさを知っていただくことです。

契約している野菜農家の方にも『本当のもの、最高のものを作って』とお願いしています。例えば、かぼちゃだったら、1本のつるにできる実の数を減らして欲しい、5つなら3つにしてくださいって。数が少なくなればその分、ひとつの実に行く養分の量が増えるので、味がぐっとおいしくなりますからね」

池波正太郎が育てた唯一無二の味

近藤文夫が作る天ぷらのおいしさを世に知らしめることになったきっかけのひとつに作家・池波正太郎の存在がある。時代小説の大家で、あらゆる世代にファンを持ち、さらに食通としても知られていた池波正太郎が、近藤の天ぷらをエッセイで褒めたことは広く知られている。「今でもファンの方が、先生を偲んでうちの店に来てくれます。本当にありがたいことです」と話す。最初は、客と料理人の関係。だがその後、池波正太郎は人生の師匠のような存在になったという。

——「近藤」では、ほかの店とは違う創造力あふれた天ぷらが食べられます。それはどのように生まれたのでしょうか?

「僕の天ぷらは、実は自己流なんです。高校を卒業してすぐにホテルに入社して、厨房に入って半年後くらいに、天ぷらを担当したのがスタート。天ぷら職人の先輩がいなかったので、自分で料理の本を買い集めて、人目をしのんで何度も練習を重ねて技術を修得しました。自分で自由に天ぷらを揚げることができたから、いろんなアイデアを試すことができた。上から『こうしろ、ああしろ』と押さえつけられなかったから、今の自分があるように思います。

それと僕を一番育ててくれたのは、池波先生をはじめとするお客さまなんです。『おいしい』ってお客さんに言ってもらうためには、絶えず挑戦の姿勢がなくては飽きられてしまいますからね」

——常連客のひとりだった池波正太郎先生は、近藤さんにどんなことを教えてくれたのですか?

「先生からはいろいろなことを教わりましたが、印象に残っているのは『天狗になったらおしまいだよ』という言葉ですね。『周りからほめられると、自分が一番だと思って成長が止まってしまう。だから天狗になるな』と忠告してくださいました。今でもその言葉はしっかり胸に刻んでいます。先生の言葉を忘れないように、仕事着の胸のところに、先生が書いた文字で店名を刺繍してあるんですよ。

先生が『おいしい』と褒めてくださった天ぷらの質を落とさないように、そして、先生を通じて得た信用を失わないように、今もこの言葉を胸に抱いて料理をしています」

生産者とお客さまをつなぐパイプになりたい

——先生が亡くなって20年以上経つのに、おせち料理を先生の自宅に届けているのは、その言葉を忘れないためですか?

「先生が生きていらっしゃるとき、僕はずっと恩を受け続けてきました。だから先生が亡くなられてからが、先生に対する本当の恩返しだと思っているのです。借りたお金は返せばそれで帳消しですが、恩はそういうものではない。一回返せばそれで終わりとは思えない。だから今はまだ恩返しの途中なんです。自分が生きている限り、先生への恩返しは続けていくつもりです」

——先生は亡くなった後も、近藤さんに大きな影響を与え続けているんですね。

「この店を開店したのは、先生が亡くなった翌年のこと。ただ先生は、僕の独立する年を生前に当てていたんですよ。先生は気学をされていて『この年に僕が動く』と予言されていた。気にしてはいなかったのですが、結局先生の予言通りになりました(笑)。

僕は先生に本当にいろいろな面でお世話になりました。だから独立したとき、すでに先生は亡くなっていましたけれど、もし先生がふらりといらっしゃるとしたら銀座だろうと思ってここに店を出しましたし、いつ先生がいらしても恥ずかしくないように店を整えているつもりです。

“絆”という言葉がありますが、人と人の心がつながっていくという和の心を表していますよね。先生との絆でできたこの店が、今度は食材を作ってくれる生産者の方々とお客さまをつなぐパイプ役になって、すべての人が笑顔になればいい、そう思いながら毎日店に立っています」

——近藤さんにとって天ぷらはどんな料理でしょうか。

「僕にとって、天ぷらは料理の最高峰です。ホテル時代は日本料理の店にいたので、天ぷらだけでなくいろいろな和食を作りましたが、天ぷらは煮ることでも焼くことでも引き出せない素材の旨味を、2倍にも3倍にも引き出すことができる料理なんだと気づきました。だから、ほかの調理法で作ったものよりも、その素材をおいしいと感じてもらえなければ、揚げる意味がない。そう思って、今も天ぷらを作り続けています」 

「てんぷら 近藤」 東京都中央区銀座5-5-13 坂口ビル9階 電話03-5568-0923(完全予約制)

取材・文=柳澤 美帆
撮影=鵜澤 昭彦

 

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