「いざ、日本の祭りへ」(1) 三社祭と浅草ガイド

“三社祭”物語: 駒形町会の「1年で一番短い40分」

社会 文化

2012年5月17日〜20日、三社祭が2年ぶりに開催された。180万人を超える観客が見守る中、1年をかけて積み重ねてきた男たちのエネルギーが爆発した。氏子のひとつ、駒形町会に密着、祭りの中で繰り広げられた物語をレポート。

「うちは提灯描きが商売で、祭りに提灯はつきもの。祭りは生活の一部だし、何より祭りが大好きなんですよ」

大嶋屋恩田の六代目・恩田修(おんだ・おさむ)さん。毎年「三社祭」が近づく5月初旬頃は、祭り提灯の納品に追われるという。

台東区駒形2丁目で“江戸手描提灯”を制作する「大嶋屋恩田」の恩田修(おんだ・おさむ)さんはそう強調した。浅草生まれの浅草育ち。10年前、奥様の怜美(さとみ)さんとの結婚を機に提灯屋に婿入り。それまで調理師として握っていた包丁を筆に持ち替えることになった。

三社祭のシンボルである「三網紋(みつあみもん)」を描く恩田さん。

 

青年会長としての誇りを胸に

100基以上の神輿(みこし=参照/「神輿:身を清めるような思いで作る」)が集結する三社祭。2012年には見物人が180万人を越えるなど、日本でも有数の規模を誇るだけに、その運営には緻密なタイムスケジュールが求められる。例えば、三社祭に参加する氏子44ヵ町が平等に本社神輿を担ぐためのスケジュールを組むだけでもさまざまな調整が必要で、1年をかけて何度も会議を重ねてきた(参照/「宮頭:義理と人情にやせ我慢」)。

だが、スケジュールはあくまでも予定。祭り当日、各町会でスケジュール通りに行事を進行する重要な役割を担うのが青年会だ(参照/「氏子:祭りや町会の魅力を多くの人に伝えたい」)。三社祭は、各町会独自の行事も多く、その進行管理も任せられる。恩田さんは駒形町会の青年会長として、今年(2012年)2年目を迎える。2011年は東日本大震災の影響で開催されなかったので、青年会長として初めての三社祭となった。

三社祭19日の朝を迎えた恩田さん。奥様の怜美さんと2人のお子さんとともに。

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町内神輿連合渡御:浅草のメインストリートに舞う

三社祭の最初の見せ場は3日目に行われる町内神輿連合渡御(とぎょ)。浅草神社の氏子44ヵ町は3つの地域に分けられていて、駒形町会は南部16ヵ町会に属している。連合渡御の際に、浅草の代名詞ともいえる仲見世、雷門を通るのは南部町会の神輿だけ。その中で、今年、駒形町会は南部16ヵ町会の1番手を務めた。持ち回りのため、6年に1度しか訪れない名誉ある機会だ。

浅草寺の観音本堂裏広場に向かう駒形町会の神輿。その表情は実に晴れやか。

観音本堂裏広場にて。

2012年5月19日午後14時。お祓(はら)いを受けた駒形町会の神輿は浅草神社を出発。浅草寺の本殿前で、町内神輿が高々と差し上げられた。観音様にご挨拶する瞬間だ(参照:「三社祭を読み解く」)。観客からの歓声が晴れきった空に響いた。その後、神輿は激しく揉まれながら、仲見世通りを通り抜けていく。雷門の人だかりを無事に通過し、広い通りに出ると、神輿の舞いもさらに激しさを増していった。遠くからスカイツリーも見守っている。

恩田青年会長の一本締めの後、浅草神社でお祓いを受け、いよいよ出発。

浅草寺本堂前にて。

宝蔵門を過ぎる。

人だかりのできた仲見世通りを行く。

雷門を過ぎる。

遠くにはスカイツリーが。

雷門を出て、「南一番」の駒札を「駒形町会」に付け替える。

恩田青年会長の合図で発進。駒形町会へ戻る。

町会神輿が駒形に帰ってくると、町内渡御や宵宮を行い、3日目を終える。恩田さんは必ず神輿のそばにいて、始まりの一本締め、終わりの三本締めを決めて、現場の雰囲気をキリリと引き締める。そんな威風堂々とした立ち振る舞いに見惚れる若衆や子供も多い。

「みんなそうなんだけど、恩田さんも本当に祭りが好きなんだなって感じます。だってただ目立とうとするだけじゃなく誰かがやらなきゃいけない雰囲気のときは必ず先頭きってやりますからね」と、町会の仲間は口をそろえた。

町内神輿渡御がスタート。

三ヵ町連合宵宮発進。

神酒所前到着。19日の町会渡御が終了する。

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宮出し:最大の見せ場で出す男気

恩田さんの行動力が際立ったのが、三社祭、最大の見せ場とも言われる宮出しのとき(参照/「宮出し」)。5月20日午前6時。約3000人の担ぎ手が、宮出しの始まる瞬間を待ち構えている。その喧噪はすさまじく、南部16ヵ町会が受け持つ三之宮を無事に出発させるには、誰かが神輿に上がって馬道(神輿を置いておく台を撤去するための道)を作る指示を出すしかない……。その大役を引き受けたのが恩田さんだった。

宮出しで、三之宮神輿に上がって馬道を作る指示を出す直前の恩田青年会長。

「みんなと同じ目線から合図しても分からない。思えば、青年会の会長職を引き受けたときと同じスタンスだったかもしれない。どうせ誰かがやらなきゃいけないことなら、やる気のある人が引き受けて、必死にやったほうが結果はいいはず」

かつては誰もが競い合って、体を張って神輿の上に乗ぼろうとした。乗ることが男の、祭り好きの証でもあった。しかし、平成18年(2006年)、15人もの男の重さに耐えきれず、バランスを崩した神輿が落下。堅い樫(かし)で作られた横棒が折れるという事故が発生した。以来、神輿に乗ることは厳しく制限されている。ただし神輿が台に載っているときは、合図や儀式などのため、定められた人が乗ることが許されている。

「宮出しで神輿に乗れ、本当に感激しました。誰が乗るかも決まってなかったし、3000人以上もの担ぎ手が今か今かと殺気立つ中で合図を待っているときに神輿に乗れましたから。決して大げさではなく、本当に神様に近づけたような気がしました」

大役をこなした後は、また来年も無事に三社祭が執り行われるようにと最後尾から見守り、サポートする。その周囲を、指示に従う若衆たちが掃除やゴミ拾いをしていく。浅草寺の本堂前を通るころ、担ぎ手たちの発するエネルギーは頂点に達し、祭りはひとつのクライマックスを迎えた。

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本社神輿渡御: 40分に凝縮された男たちの想い

三之宮は一日かけて南部町会16ヵ町を渡御する。それぞれ渡御できる時間は40分ほど。宮出しから9時間ほど経過した午後3時、ようやく駒形町会に本社神輿がやってきた。引継ぎの儀式で、恩田さんの合図が響き渡る。町内渡御では笑顔に満ちていた担ぎ手たちの表情が一変し、目つきが明らかに違ってくる。誰もが神様の乗る神輿を担ごうと、花棒と呼ばれる担ぎ棒の先端部を目指す。その勢いは桁違いだ。恩田さんは体を張って担ぎ手たちを落ち着かせた。ようやく担ぎ手たちが位置につく。恩田さんの一本締めとともに、駒形町会2年ぶりの本社神輿渡御が始まった。

いよいよ本社神輿が近づいてきた。神輿の上に立つ恩田さん。

神輿に担ぎ手が殺到しようとし、一時現場は大混乱に。

担ぎ手を落ち着かせる恩田さん。

恩田青年会長の一本締めで、本社神輿渡御の40分間がスタート。

三之宮が激しく揉まれながら駒形町会をつき進んでいった。担ぎ手たちの熱気に包まれ、三之宮は時に蛇行し、後退することすらある。狭い路地で、担ぎ手たちに押しつぶされそうになりながらも、青年会のメンバーが三之宮を導いていった。多少のいさこざが起きても、「計算のうちです」と冷静に対処していく。

「この40分のために1年をかけて準備してきたんですから」。駒形町会の本社神輿渡御を支えてくれる担ぎ手は全国から参集している(参照/「担ぎ手:誰もが憧れる、“器の大きい人”が出現する」)が、「町会に友人や知人がいる」、「町会神輿の細工や半纏(はんてん=参照:「半纏コレクション」)のデザインが好き」など、その理由はさまざま。そんなすべての担ぎ手に満足してもらえるように、青年会は全精力を注いできたのだ。

「1年で一番短い40分間」があっという間に過ぎ、本社神輿は次の町会への引き継ぎの場所へ着いた。恩田さんの掛け声で三本締め。続いてわき起こった「せいや」の大連呼。その声はいつまでも止みそうになかった。

青年会のメンバーが渡御の進行を指示する。

引き継ぎ地点に近づいてきた。遠くに見えるのは待ち構える恩田さん。

本社神輿渡御を締めくくる三本締め。

本社神輿渡御を終え、しばし休憩。その後も、駒形町会では町内渡御が繰り返された。一年で最も充実した、エネルギーを爆発させた40分間の喧噪を終え、神輿を担ぐ人たちのステップは満足感と開放感に満ちていた。

そして、解散式。2012年の三社祭終了と同時に、2013年の三社祭が、また始まった。

本社神輿渡御を終えた駒形町会は、また和やかなムードに包まれた。

五代目・恩田舜史(しゅんじ)さん、怜美さん、六代目・修さんがともに神輿を担ぐ。息もぴったりだ。

夜も更け、駒形町会の今年の三社祭も終わりを告げる。

恩田青年会長ほか、青年会の皆さん。彼らの活躍が地域を支え、子供たちの憧れとなり、後の世代にたすきが引き継がれていく。

青年会の皆さん。

町会祭礼委員の皆さん。

 

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そして来年へ:三社祭は“世界にふたつとない”

2012年の三社祭で特筆すべきことがもうひとつあった。一度途絶えた駒形町会の子供神輿の観音裏渡御が10年ぶりに復活したのだ。

「一度途切れたものを復活させるのは大変。だからこそ、祭りを大事にしていきたいとあらためて思いました。100%の出来だと満足することってなかなかない。だからこそ、どれだけ強い思いを込められるかが大事になる。手描きの提灯だって同じ。手作業だから微妙に違っていて、世界にふたつとないからいいんじゃないかなって思っています」

「来年は今年よりもっといい祭りにしますよ。決して比べるもんじゃないけどね」。祭りが終わった直後にあえて来年の祭りについて尋ねたときの恩田さんの返事である。笑顔には、大きな仕事をやり終えた男の自信があふれていた。

神輿を組んで30年という頭(かしら)の菊池さん。

「子供たちには思いっきり祭りを楽しんでもらいたい。大人はそれをサポートするのが役目」とは伊東さん。

「ほかの担ぎ手より背が高いから、しゃがんで神輿を担がなきゃならないんだよ」とはアメリカ・オレゴン出身のDavidさん。神輿を担いでいる間は、何度も足を踏まれるらしいが、足袋は柔らかいからそんなに気にならないのだそう。

駒形町会の前をたまたま通りかかったオーストリア人の、BryanさんとFrancyさん【中央】。「日本に着いて間もないし、時差ボケが残っているけど、祭りの輪に入れて最高!」思わず半纏を借りてポーズ。浅草の人びとはこうやって外の人も温かく受け入れてくれる。

うなぎ「前川」の娘さんと結婚し、駒形の住人となったロシア人(スペイン国籍)のIvanさん。今年、青年会のメンバーとして三社祭に初めて参加した。娘のSophieさんとともに。

オーストラリア出身のMarkさん。三社祭の参加はこれで10年目。「駒形の印象?そうだな、外からの人間を快く受け入れてくれる懐の広さを感じるよ」。

 

取材・文=廣瀬 達也
撮影=山田 愼二、コデラケイ、花井 智子

2012年三社祭4日間のスケジュール(5月17日〜20日)

 浅草神社奉賛会公式行事各町会の動き(駒形町会の場合)
5月17日(木)
19:00

本社神輿神霊入れ(みたまいれ)の儀
浅草神社に祀られた三社大権現の神霊を、一之宮、二之宮、三之宮の本社神輿に移す祭礼。(写真は神輿庫に収められた3基の神輿)

 
5月18日(金)
13:00

大行列
浅草組合を出発し、浅草神社社殿までを、お囃子(はやし)屋台、鳶頭(とびがしら)木遣り、びんざさら舞、白鷺の舞などが行列となって練り歩く。

宮本卯之助商店より町会神輿引き渡し
駒形町会の神輿は宮本卯之助商店が預かっている。この日、神輿が駒形へ引き渡され、棟梁・菊池さんによる担ぎ棒の縄縛り作業が行われた。縛りがしっかり成されないと、二日間の渡御に耐えられず紐がほどけてしまうため、ここでは熟練の技が必要とされる。

さらに見たい方は⇒神輿

14:20

神事びんざさら舞奉納(浅草神社拝殿)
五穀豊穣を祈願する田楽の舞(びんざさら舞)や子孫長久や害虫・悪疫消除を祈願する獅子舞が披露される。びんざさらとは、薄く細い108枚の檜板の楽器で、両手で持ち、開いたり閉じたりすると板と板がぶつかりあって音がでる。この舞は、「神事びんざさら会」によって継承され、楽人と呼ばれる千束八ヵ町の住人24名で構成されている。

 
15:00

神事びんざさら舞奉納(浅草神社神楽殿)
上記の「びんざさら舞」を一般向けに披露する。

 
15:30 各町神輿神霊入れの儀  
5月19日(土)
10:00

例大祭式典

町内神輿渡御
神輿(みこし)や山車(だし)などが各地域で巡行する。浅草の街のあちこちで祭り囃子が賑やに鳴り響く。

12:00

町内神輿連合渡御(観音本堂裏広場)
浅草神社氏子44ヵ町の町内神輿や子供神輿約100基が次々と浅草寺本堂裏広場に参集。広々としていた観音本堂裏が神輿と神輿を担ぐ半纏を纏(まと)った人びとで埋め尽くされる圧巻の光景。

 

さらに見たい方は⇒半纏コレクション

16:00   町内渡御
18:00  

三ヵ町連合宵宮
薄暗くなりはじめる頃を待って明かりの灯された神輿を三ヵ町(駒形町会、寿三東町会、寿四町会)連合で渡御をする。

20:00   大人神輿神酒所前到着(終了後解散)
5月20日(日)
6:00

本社神輿宮出し
奉賛会会長の挨拶と三本締め。江戸時代の火消し新門辰五郎から数えて七代目の三社祭世話役・宮頭である杉林仁一氏の音頭と一本締めを合図に、氏子代表たちによって一斉に神輿が担ぎ上げられる。その後、氏子ではないが、正式に認可された同好会などの会員たちが神輿を担ぐために殺到する。

さらに見たい方は
宮出し
宮頭

 
7:00  

朝食(駒形どぜう)
毎年恒例の、老舗「駒形どぜう」での朝食。駒形町会以外にも、いくつかの町会の人びとが膝を交えて、七輪の上でぐつぐつ煮立つどじょうを肴(さかな)に、お酒を酌み交わす。激しい本社神輿渡御を前に、精気を養う瞬間でもある。

さらに見たい方は
駒形どぜう
一之宮

8:00 本社神輿各町渡御  
15:00  

本社神輿(三之宮)渡御
3基の本社神輿は、それぞれの町会で均等な時間を割り当てられ丸一日掛かって44ヵ町を渡御していく。午後2時40分頃、寿三東町会より引き継いだ三之宮の神輿は、恩田青年会長の一本で発進。いち早く神輿を担ごうと意気込む担ぎ手たち。彼らの‶担ぎたい″という熱い思いを必要以上に抑えることなく上手くコントロールしていく若手の青年会。菊川神輿会のガードにも守られ、秩序を保ちながら神輿は決められたルートを進んでいく。そうして午後3時20分頃に本社神輿を次の町会へ引き渡し、一年で一番短い40分間の渡御が終わる。

16:30   町内渡御
19:00  

解散式(駒形町会神酒所)
夜も更け、町会神輿はいよいよ最後の渡御を終える。担ぎ手はお互いの健闘をねぎらい、2日間、祭りを引っ張ってきた青年会のメンバーによる渡御が終わると恩田青年会長の三本締めで、2012年の駒形の三社祭は終わりを告げた。

20:30

本社神輿宮入り
44ヵ町を激しく巡行した3基の神輿は、再び浅草神社の神輿庫に戻ってくる。提灯が燈す優しい明かりが境内を包み込み、祭りはフィナーレを迎える。

さらに見たい方は⇒宮入り

 

本社神輿渡御順路

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