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インバウンド新時代:民宿の「人情」は日本のツーリズムの原点

姫田 小夏【Profile】

[2018.01.09]

全国に点在する「民宿」では日本人客離れが進むが、外国人観光客に人気の宿もある。インバウンド(訪日外国人)ビジネスが注目される中、民宿の「融通」「人情」は大きな強みだと筆者は指摘する。

“寅さん” に見る民宿の原点

『男はつらいよ』といえば、主人公 “寅さん” の旅先での恋愛模様を、日本の原風景とともに描いた「国民的映画」だ。山田洋次監督による全48作の同シリーズでは、恋の相手と出会う舞台は大抵が民宿だ。

1983年に公開された第31作(『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』)では、寅さんが佐渡島(新潟県)の民宿に泊まる。民宿を経営するのは腰の曲がったおばあさんだ。寅さんを自宅の2階に泊まらせ、夕飯は自宅の台所で作った料理を出す。客の寅さんに呼ばれれば、話し相手にもなる。生活者と旅人の間に垣根はない、それが “古き良き昭和” の民宿の原点である。

民宿は「自宅を開放した宿」ともいわれ、使用していない部屋を1日単位で貸し出す簡易宿泊施設だ(「民泊」とは違って旅館業法の適用を受ける)。自宅の一室だから、昔はカギのかからない部屋が当たり前、部屋の仕切りは1枚の襖 (ふすま)のみで、隣部屋の息遣いまで伝わることもあった。民宿に限らず、昭和(1926〜89年)の日本にはカギをかけない畳敷きの和室を残す旅館もあった。

平成(1989年~)も終わりを告げようとする今なお、民宿は全国に点在する。さすがに客室にカギはかかるが、家主の生活空間に旅人を泊める空間は少なくなった。それでも、「トイレ・風呂は共用」が多く、「プライベート」や「設備の新しさ」をより重視する今の世代はなじめない場合が多い。古びた民宿は淘汰(とうた)が進む。

時代の主流ではなくなったかに見える民宿だが、新たな需要が生まれている兆しもある。日本人客が減る一方で、外国人観光客の受け皿となって成功している民宿があるのだ。

外国人に選ばれる宿

鹿児島県志布志(しぶし)市有明町の民宿「すず風」は、世界のゲストハウスを泊まり歩く「バックパッカー」だった増田禎朗(さだあき)さん(71歳)が10年前から経営している。木造平屋建ての屋根の下で、増田さんは旅人と一緒に寝起きする。

もともと大隅半島に位置する有明町は、観光資源の集中する薩摩半島と比べて観光客の来訪が少ないはずの地域だが、「開業して以来、多くの外国人を受け入れてきた」と言う(増田さん)。築年数が比較的浅く清潔感があるこの宿の予約は、すでに今春まで埋まっている。

鹿児島県志布志市の「すず風」は “アットホーム” な雰囲気が人気。木造平屋建てで客室は和室2部屋のみだ

一方、昔ながらの素朴な民宿が、外国人客に人気を呼んでいる例もある。古い町並みを散策できる岐阜県高山市には、年間40万人を超える外国人観光客が訪れる。市内には大規模なホテルや立派な旅館もあるが、和風建築の民宿も点在する。中でも、築約135年の古民家を移築して45年前に立ち上げた「惣助(そうすけ)」はノスタルジーあふれる宿だ。古びた建物は言うまでもなく、風呂もトイレも共同で、床を歩けばギシギシときしむ。おまけに壁も薄い。

13室しかない客室は、平日、外国人観光客で埋まる。リピーターも多い。「あるスウェーデンのお客さまは、初めは夫婦で訪れ、2回目は子連れで、次には大学生になったその子どもが彼女連れでやってきました」と女将(おかみ)の玉井恵子さん(53歳)は語る。「惣助」にはオーストラリアの修学旅行生の写真が飾られているが、その時の学生が成人して再訪し、「この写真に写っているの、僕なんです」と告げられたこともあると言う。

もちろん、外国人観光客も最初から民宿になじんだわけではなかった。「昭和の時代には、靴を脱ぐのが面倒だと靴のまま上がる人や、畳の上にじかに寝るのが嫌だと泣き出すご婦人がいました」(玉井さん)。それでも平成を迎える1989年ごろには、「惣助」のゲストは外国人客数が日本人客数を上回るようになっていた。

岐阜県高山市で外国人客に人気の「惣助」

いかに融通を利かせるか

筆者はかつて高山市内の宿泊施設で、不愉快な思いをしたことがある。到着してもフロントにスタッフが姿を見せない。声を上げて呼んでも、「はーい」という返事が聞こえるだけだ。その理由は「決まっているチェックイン時間の前だから」だった。これは極端な例かもしれないが、一般的に日本の宿はかたくななほど融通が利かない。

一方、「惣助」は臨機応変な対応を信条としている。「15時チェックインなのに、朝の9時半に到着された香港からのお客さまがいました。宿泊予定の部屋が掃除中だったので、お通しはできませんでしたが、荷物は預かりました。チェックインの2時間前にいらした英国のお客さまもいましたが、その時はすぐにお部屋にお通しできました」(玉井さん)

多くの旅人がこの民宿に引きつけられるのは、この「融通」にあるのではないだろうか。規則やマニュアルに厳格な日本の宿泊業界だが、そこを “人情” で融通を利かせるのがこの宿である。

民宿ではないが、インバウンドビジネスで大成功した富士之堡華園(ふじのぼうかえん)ホテル(静岡県駿東郡)の経営者で台湾人の薛森唐 (Xue Sentang) さんを取材した際、こんな話をしてくれた。

「日本の旅館は、従業員への配慮もあり特に食事の時間が厳しい。日本人なら時間的制限の中で行動するのが普通でも、外国人だとそうはいかない。特に中国やタイからのツアーはイレギュラーが当たり前。いかに融通を利かせるかが、私たちの腕の見せ所です」

「マニュアルや原則を超えたサービスにこそ価値がある」と説く薛さんのホテルでは、ツアーのバスがどんなに遅く到着しても「必ず温かい食事を出す」(同)のだという。最近の訪日旅行はツアー客が減る傾向にあるが、それでもこのホテルの稼働率が落ちないのは、こうした方針に理由がある。

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  • [2018.01.09]

ジャーナリスト。1997年から上海へ。翌年上海で日本語情報誌を創刊、日本企業の対中ビジネス動向を発信。2008年夏、同誌編集長を退任後、中国・アジアビジネス情報を提供する「アジア・ビズ・フォーラム」主宰。語学留学を経て、上海財経大学公共経済管理学院入学、14年卒業。著書に『インバウンドの罠』(2017年、時事通信社)など。

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