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足りない法廷通訳人:過重な負担でなり手減少

高畑 幸【Profile】

[2018.05.17]

日本語を理解しない外国人が法廷に立つ際に不可欠な法廷通訳人。国際化の進展に伴いニーズが高まっているが、なり手は逆に減っている。経験者を対象に行った調査をもとに、通訳人の現状と課題を明らかにする。

5年で200人も減少

2017年、訪日外国人は年間2800万人を超え、在住外国人も250万人を突破した。人が増えれば事件や紛争も起こる。その結果、被告人や証人など、外国人の訴訟関係者が法廷に立つ機会が増えている。

国際人権規約および刑事訴訟法により、日本語を解さない被告人や証人には国費で通訳人が雇われる。会議や医療の通訳とは違い、法廷通訳人は法で定められた存在であり、通訳人不在では開廷できない。

しかし高まるニーズに対して、法廷通訳人の数が不足している。最高裁判所発行の冊子『ごぞんじですか法廷通訳』(18年1月)によると、16年に要通訳刑事事件で判決を受けた被告人は2624人(68カ国)と増加傾向で、需要が高い言語は中国語、ベトナム語、ポルトガル語、フィリピン(タガログ)語の順となる。最高裁の通訳人候補者名簿登載数は62言語3823人(17年4月現在)だが、5年前に比べて200人以上も減っている。原因は負担の重さにある。

外国語を習得した高学歴の女性が6割

刑事事件における法廷通訳人は、被疑者が起訴され「被告人」となってから判決を受けるまでの通訳・翻訳を担当する。事件ごとに選任され、裁判所、拘置所、弁護士事務所などで業務を行う、いわば個人自営業者である。

法廷通訳は国籍・学歴不問で公的な資格がなくてもできる仕事だ。定期的な募集はなく、志望者は自ら各地の裁判所に連絡し、裁判官らと面談の後、裁判所が年に1~2回開く「法廷通訳基礎研修」に参加する。裁判官と現役通訳人から説明を受けた後、実際の法廷を使っての模擬裁判に臨む。その後、通訳人候補者として名簿に登載される。経験を積むと、数年に1度、中級・上級レベルの研修を受ける機会がある。

筆者らが延べ156人の経験者を対象に行った「法廷通訳人の仕事に関する調査」(2012年、17年)によると、法廷通訳人の平均像は「都市部に住む40代から50代の高学歴の女性」で、日本語を母語として外国語を習得した人が6割だった。需要が高い上記4言語のうち、中国語を除いて、日本では学習者が限られる「希少言語」だ。そのため、日本語を習得した在日外国人が通訳人となることも多い。

筆者は大阪外国語大学(現・大阪大学)の院生だった1993年にフィリピン語の司法通訳を始めた。ある日、大学院の授業中に研究室の電話が鳴って大阪府警本部から「明日、来てください」と依頼があり、教授と先輩とともに出動。翌朝には某警察署においてフィリピン人が関わった覚せい剤事件で取り調べの通訳をしていた。後に、検察庁や弁護士会での通訳を経て法廷通訳の道へ入った。

これまでに約500件の事件を経験したが、最も多かったのは入管法違反(不法残留など)で、次いで薬物事件である。そのほか、殺人(未遂を含む)、傷害、窃盗、いわゆる偽装結婚などを、主としてフィリピン語、ときに英語で担当してきた。

算定基準のない報酬に「不満」の声

窃盗の自白事件(自分の罪を認めている)を例に、通訳人の仕事について説明しよう。

ある日、裁判所の書記官から電話が来て「〇〇語の通訳をお願いしたい。〇月〇日の〇時から、空いていますか」と聞かれる。引き受けると、罪名と担当する弁護人の連絡先が伝えられる。被告人が拘留中であれば、警察署や拘置所での弁護人接見に同行する。なお、この通訳料と旅費は日本司法支援センター(法テラス)から支払われ、通訳料は30分で8000円、延長10分ごとに1000円と決まっている。

通訳人が最も忙しくなるのが、公判期日の3~4日前からだ。検察官から冒頭陳述、証拠の要旨、論告要旨などが送られてくる。事件によってはA4用紙で10枚ほどになる。弁護人からも弁論要旨が来る。こちらも最低3枚だ。これらを読み上げ用に翻訳して印刷し、公判期日に持参する。

当日は、まず裁判所の書記官室に立ち寄り、通訳人宣誓書、出頭カード、通訳料・旅費日当請求書に署名捺印(なついん)する。法廷に入ると書記官の隣に着席する。通訳人はワイヤレスマイクを、被告人はイヤホンを装着する。通訳人席と被告人席とは距離があるため、ワイヤレスシステムを使うことで被告人は通訳人の発話を聞き取りやすくなる。開廷から閉廷まで、通訳を含めて法廷内の発言はすべて録音される。

起訴状朗読は逐次通訳だが、冒頭陳述、証拠の要旨、論告と弁論は訳文を見ながらほぼ同時に通訳をする。時間短縮のためだ。証人尋問や被告人質問は逐次である。1回で結審することも多く、別期日で判決宣告となるが、それは逐次通訳で行う。

公判は1回1時間程度で終わることが多い。その場合に裁判所から支払われる報酬(通訳料)は1万5000円程度で、判決宣告後、旅費日当とともに裁判所から振り込まれる。裁判所では算定基準が公開されないため、受取額の明細が分からない。経験者に対するアンケート調査で多くの通訳人が「不満」と答える部分だ。「時給1万5000円」を高いと思う読者もいるだろう。だが、公判で読み上げる書面の翻訳にかかる4~5時間は無報酬である。

不安定な収入、過重な負担

現在の法廷通訳において、何が問題なのか考えてみる。第一に、収入の不安定さがある。原因は構造的なものだ。通訳人候補者名簿に登載されても、いつ通訳依頼が来るかは分からない。そのため、法廷以外の通訳・翻訳や語学講師と掛け持ちで働く人が多い。さらには、報酬の交渉ができない。通訳人の労働組合はないため、仮に裁判所の都合で報酬が減額されるとしても、事前に通訳人へ通知が来るわけではない。基準が明確ではないので、能力に応じた報酬なのかさえ分からない。

第二に、通訳人への過重負担が常態化していることである。通訳人はヒトであって機械ではない。公判前の翻訳作業を経て、公判では通常1時間程度、通訳を続ける。連日公判が行われる裁判員裁判では公判時間が長く、翻訳を準備する書面がさらに増えて睡眠時間が3~4時間という通訳人も珍しくない。アンケートには「公判中に水分補給をさせてほしい」、「裁判所に通訳人用の休憩所を作ってほしい」との声もあった。

第三に、通訳人の仕事への理解不足である。裁判所が選任した法廷通訳人は、なぜか「誤訳をしない」ことになっている。だが、通訳にミスはつきものだ。試しに、あなたの第一言語(一番話しやすい言語)で1時間話し続けてみてほしい。おそらく疲れるし、自然と数回の言い間違いをするだろう。ならば、1時間通訳をして言い間違いや訳し漏れがないと期待するのは無理というものだ。むしろ「通訳ミスはあるもの」と考え、裁判所から通訳人に「公判中にミスに気づいたら訂正を、疲労を感じたら休憩を」と促してほしい。また、社会的に注目される事件では傍聴席に記者がおり、法廷通訳人の「誤訳」のみを指摘する記事が書かれることもある。もちろん「誤訳」は無いに越したことはない。しかし技能と信用だけが頼りの個人自営業者にとって、メディアでのバッシングは心理的・経済的に大きなダメージだ。「誤訳」を批判するのは簡単だが、「なぜ、誤訳は発生するか」も考えてほしい。

裁判所による研修の充実、能力評価導入を

働きづらさの苦情を言う先もなく、ある人は我慢を続け、ある人は静かに辞める。そうした事態を避け、次世代の通訳人たちがもっと働きやすくするために、待遇の改善を望みたい。

2018年3月、オランダで法廷通訳人にインタビューしたところ、同国では通訳スキル判定に加え、指定の教育機関で刑法と外国人関連法の科目を履修して初めて法廷通訳人候補者として登録されることが分かった。こうした先行事例を参考に、日本でも裁判所による研修の頻度を上げるとともに、知識と技能の両面から通訳人の能力評価をしてほしい。同時に、検察庁や弁護士会にも通訳人の仕事に対する理解と協力を期待したい。

「法廷通訳はボランティアのようなもの」と誤解する人がいるが、正当な報酬を得られる、責任ある「業務」である。語学の仕事を目指す若い人たちには、まずは最寄りの裁判所で要通訳事件を傍聴することを勧めたい。裁判所の受付に行けば、誰でも開廷予定表を見て傍聴できる。東京、横浜、名古屋、大阪などの地方裁判所ならば1日に数件は要通訳事件がある。初めはその独特な雰囲気に圧倒されるかもしれないが、法廷に不可欠の存在として働く通訳人を見て「自分もやってみたい」と思う人が一人でも出てきてくれたらうれしい。

バナーイラスト:裁判員裁判の法廷内の様子。法廷通訳人は、証言台から見て正面前方の右側の女性。イラスト作成=榎本よしたか

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  • [2018.05.17]

静岡県立大学国際関係学部准教授。専門は都市社会学、在日外国人問題(特にフィリピン人)。1969年、大阪府生まれ。大阪外国語大学大学院を経て、大阪市立大学大学院文学研究科後期博士課程修了。博士(文学)。2011年より現職。研究の傍ら、1993年から約500件の裁判で法廷通訳を務める。裁判所が開く法廷通訳基礎研修で講師も担当。近著(分担執筆)に『裁判員裁判時代の法廷通訳人』(2016年、大阪大学出版会)。

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