インバウンドは「マイノリティー市場」攻略を—若い英米黒人の間で高まる日本への関心

経済・ビジネス 社会

観光消費による経済効果に期待を寄せる政府は、訪日客の多様化を目指している。筆者は、日本のインバウンド戦略の偏りを指摘し、旅行への関心が高い若い世代の黒人など「マイノリティー市場」の開拓にもっと力を入れるべきだと提言する。

訪日客の大半はアジアから

訪日外国人観光客は5年連続で最高を更新、2017年には2870万人を記録した。前年比約20%の増加、12年比では3倍以上の数だ。「インバウンド・ブーム」と称される外国人観光客の急伸は、地方の活性化やGDPの押し上げ効果があると喧伝(けんでん)されている。安倍首相は、成長戦略の柱として東京五輪とパラリンピックが開催される20年までに外国人観光客数を4000万人、30年までには6000万人に増やすという目標を掲げている。

目標達成の手段として、日本政府は中国や東南アジア各国に対してビザの発給要件を緩和し、海外旅行を楽しむ中間層の人口増加や円安というメリットを生かすことに成功してきた。その結果、17年にはアジアからの観光客が外国人観光客の85%を占め、中国だけで25%を上回った。つまり新規の外国人観光客開拓は、アジア近隣諸国に過度に依存しているとも言える。

北海道から沖縄まで、多面的魅力をアピールするべきだ

米コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーは、2016年に発表したリポートの中で、訪日外国人観光客の国別不均衡に潜在的リスクがあることや、アジアからの観光客への依存度が高すぎることを指摘している。そしてアジア以外の地域からの観光客が3分の1を占めるタイを例に挙げ、日本への関心が高まっている欧米の観光客に向けた取り組みに力を入れるべきだと提言している。

日本政府観光局(JNTO)の特別顧問を務めるデービッド・アトキンソン(『新・観光立国論』著者)は、使い古された桜のイメージばかりアピールするよりも、訪れる季節や場所によって、さまざまな体験ができることを前面に打ち出すべきだと指摘する。日本では沖縄のビーチでスキューバダイビングを楽しめる一方で、北海道ニセコ町ではパウダースノーの斜面で思う存分スキーができる。このように多面的な日本の魅力をPRすることで、アジア圏外からも多くの観光客を引き寄せられると言う。

今では、外国人観光客の多様化はインバウンド戦略の新たな目標の一つとなった。JNTOが18年に始動したグローバルキャンペーン「Enjoy my Japan」は、北米、欧州、オーストラリアからの旅行者に向けて、「従来の富士山、桜、寺社仏閣といった典型的なイメージだけでなく、豊かな自然・アウトドアアクティビティ、日本食にとどまらない食の魅力、伝統芸術に加え世界から注目される現代アート」をウェブサイトやデジタル広告、テレビコマーシャルなどを通じてアピールする試みだ。アジア近隣諸国よりも遠い国から日本を訪れる旅行者は、複数の観光地を訪れ、滞在期間も長いため、さまざまな場で消費拡大が期待できる。このアプローチのもとで、日本のさまざまな文化的資産の見直しが進み、政府は訪日客の「ダイバーシティ」 促進による経済波及効果を期待している。

「白人」ばかりを対象にしたマーケティングは間違い

一方で、多様性を実現しようという取り組みは、その対象を北米や欧州の民族・人種的マイノリティーに広げるまでには至っていない。日本政府や民間企業が海外で展開するキャンペーンの内容や画像を見ると、日本の欧米旅行者に対するイメージは単一的で、白人ばかりを対象としている。もちろん、これは日本に限った傾向ではない。多文化マーケティングは選択肢の一つではなく、必須だという考え方は、マイノリティーを多く抱える欧米諸国でさえ、最近まで一般的な認識とは言えなかった。

日本が外国人観光客の多様化を実現して真の「観光立国」を目指すなら、人口、消費能力、影響力において存在感を増す有色人種の若い世代に注目すべきだ。米ブルッキングス研究所のリポートは、米国の「ミレニアル世代」7500万人のうち、有色人種は44%を占め、2045年までに米国の白人人口は全人口の半数を切り「少数派」になると推測している。アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック系、アジア系や「マルチレイシャル」の人々が、将来、社会で大きな影響力を持つようになるだろう。

例えば、現時点での日本のインバウンド戦略には、都市の黒人層を中心とする「ブラック・トラベル・ムーブメント」が取り込まれていない。親世代より高い教育を受け、収入も高いアフリカ系アメリカ人のミレニアル世代では、旅行を楽しむ人たちが急増している。アフリカ系は米人口の約14%を占め、半数以上が35歳以下だ。その旅行市場規模は、1990年代初頭には250億ドルだったが、2011年には約480億ドルに拡大している(米マンダラ・リサーチ社調べ)。彼らは旅行にお金を使うだけではない。ソーシャルメディアを活用して自らの旅の体験を記録し、広く共有している。黒人コミュニティーの旅行への興味を喚起して、観光業界で黒人が重視されない状況を変えたいという意図がある。

「トラベル・ノワール(Travel Noire)」「ブラック&アブロード(Black & Abroad)」「ノマドネス・トラベル・トライブ(Nomadness Travel Tribe)」「ブラック・トラベル・ムーブメント(Black Travel Movement)」といった黒人コミュニテイー向けのプラットフォームも生まれている。リンクされたインスタグラムやブログを見て旅行に興味を持つ人たちが増えている。

アフリカ系アメリカ人のアマラチ・ヌオスさんのインスタグラムから。京都で撮影 © Amarachi Nwosu

ブラック・アーティストたちを魅了する東京

黒人読者に向けた旅行関連のニュースメディアでは、独自取材に基づく東京ガイド、黒人旅行者の日本滞在記、お薦めのショッピングエリアについての記事など、日本の紹介が増えている。こうした黒人ライターの視点から、見過ごされがちな日本の魅力が見えてくる。写真家・映像作家でナイジェリア系アメリカ人のアマラチ・ヌオス(Amarachi Nwosu)は、ヴォーグ誌のインタビューで、日本には「ダイナミックでクリエーティブな都市文化」があると述べている。グラミー賞11冠の歌手・音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムズなどに影響を与えたストリートウエアから日本独自の進化を遂げたヒップホップカルチャーに至るまで、その魅力は尽きることがない、と彼女は言う。

日本の都会の風景や街で聞こえるさまざまな音は、英国の黒人が生み出した音楽ジャンル「グライム」「アフロスウィング」界のアーティストにもインスピレーションを与えている。彼らはネオン輝く東京の街でミュージックビデオを撮影し、人気デザイナーNIGOの最新ファッションを着用したり、ゲームシリーズ『ストリートファイター』の効果音を取り入れるなど、クールな東京の文化と英国の黒人コミュニティーのクリエーティブな表現をブレンドした作品を生み出している。成功したアーティストたちの多くが、ライブやコラボレーションのために頻繁に日本を訪れるようになった。2016 年、英グライムアーティストのストームジー(Stormzy)がアディダスとのコラボで来日した際、渋谷でのライブは多くの外国人の観客を集め、スクランブル交差点や路地で撮影したミュージックビデオ「One Take Freestyle」も話題になった。

「日本はみすみす大きなチャンスを逃しています。英国でいま人気のアーティストたちが日本を好きだと言ってくれてるんですよ!」と音楽プロモーターで『Mixmag Japan』誌の編集者でもある本中野桜(もとなかのさくら)は言う。「彼らは日本でツアーをしたいと思っているし、新たなビジネスチャンスを求めています。ところが日本にはその要望を実現させるための仕組みがない。国全体で観光振興やMICE(※1)誘致の取り組みをしているのに、彼らに協力すれば大きなメリットを得られることに気付いていないのです。ぜひこの状況を変えていきたい」

マイノリティー層の共感を生むマーケティング戦略を

観光PRや旅行パンフレットなどに、黒人旅行客の写真を使用するなど、特に彼らに向けた工夫をすることが誘致には効果的だ。米の市場調査会社ニールセンによると、自分たちの存在がしっかりと認識されることが重要だと考える人たちは黒人消費者の87%にのぼり、38%が広告に黒人が起用されていればその商品を買う可能性が高いと答えている。黒人消費者は、彼らの存在を認識し、人種としてのアイデンティティーに理解を示すキャンペーンやサービスを求めているのである。

北米、ヨーロッパの黒人や他のマイノリティーの人たちに働きかけるには、彼らに共感してもらうためのアプローチを考える必要がある。まず、黒人の旅行ブロガーやカルチュラル・インフルエンサー(SNSなどで影響力のある人たち)のネットワークを活用するのも一つの手だ。現時点では、日本に滞在する黒人たちの写真や体験談などがとても少ない。前述のように「自分たち」黒人がフィーチャーされている情報に強く反応する傾向があるなら、この方法が効果的なはずだ。

こうしたブロガーやインフルエンサーたちには、日本で興味のある分野について自由に発信してもらうべきだ。JNTOは日本の大自然の魅力をアピールすることで、欧米から新たな観光客を引き込めると考えている。だが、白人にはよくても、北米やヨーロッパの黒人たちは「大自然を楽しむ」ことに積極的ではない。差別という負の歴史において、例えば森の中でリンチが行われたり、自由に戸外で活動することを禁じられたりしたために、今でもアウトドア・アクティビティに良いイメージがないのだ。アウトドア以外の活動をアピールする方が効果はあるかもしれない。もちろん、自国では難しくても、日本の自然に親しんでもらうプログラムを工夫すれば、彼らがアウトドアの魅力に目覚める第1歩となる可能性はある。

最後に指摘したいのは、多様な人種的・民族的背景の人たちが日本を体験することで、さまざまな副産物が期待できるということだ。例えば、文化やアートの世界でこれまでにない独創的な表現が生まれるかもしれない。新たな市場開拓の機会も一気に広がるのではないだろうか。

(本文中敬称略。原文英語。バナー写真:若者でにぎわう原宿 © Amarachi Nwosu)

(※1) ^ MICE:企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字で、大きな集客を見込めるビジネスイベント

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