ニッポンの城

【日本100名城®】長崎県・島原城

歴史

島原城は、九州のキリシタン対策を命じられた松倉氏が築城した。5層の大天守閣を中心に、多数の櫓(やぐら)や城門を配置した広大な城を完成させたが、領民の負担は大きく、1637年の日本史上最大規模の反乱である「島原の乱」の要因となった。

長崎県・島原城

  • 築城年:1618年
  • 初代城主:松倉重政(まつくら・しげまさ)
  • 主な見どころ:天守(再建)、三階櫓(再建)など
  • 料金:天守閣・観光復興記念館・西望記念館、三館共通入館料550円(大人)
  • 所在地:長崎県島原市城内1丁目1183-1
  • 公式HPなど:島原城

九州のキリシタン対策のため築かれた巨大な城

島原城は、大和国(現在の奈良県)の武将、松倉重政が徳川幕府から九州のキリシタン対策を命じられて、1618年から約7年の歳月をかけて築いた。5層の大天守閣を中心に、3つの三階櫓、33の平櫓を配置し、城門が7カ所ある広大な城だったという。しかし、重政と息子の勝家(かついえ)が重税を課したほか、キリシタン弾圧を強めたことで、1637年に日本史上最大規模の反乱である「島原の乱」が発生する。勝家はこの責任を追及され、大名としては異例の斬首刑となり、松倉家は断絶する。その後は幕府の重臣や、徳川家の親族である松平氏が城主を務めた。

1874年に明治政府によって廃城とされ、民間に払い下げられて建物は取り壊されたが、1964年に天守が再建されると、三階櫓も次々に再建され、かつての景観がよみがえっている。現在、天守がキリシタン資料館となるなど、再建された建物はそれぞれ展示施設として活用している。

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バナー写真:島原城天守閣(PIXTA)

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