日本の新たな半導体戦略

岸田政権で始まった「世界へのキャッチアップ」:経産省の西川和見参事官に聞く(前編)

経済・ビジネス 政治・外交

かつて世界をリードしていた日本の半導体産業。経済安全保障の重要性が注目され、コロナ禍による世界的な半導体不足もあって、岸田政権は巨額の公費を投入しての「半導体再興」戦略に舵を切った。nippon.comの竹中治堅・編集企画委員長(政策研究大学院大学教授)が、政府側のキーマンである西川和見氏に聞いた。

西川 和見 NISHIKAWA Kazumi

経済産業省大臣官房参事官・経済安全保障室長。1973年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業後、96年に通商産業省(現・経済産業省)入省。中小企業庁金融課、シンガポール赴任(アジア担当産業調査員)などを経て、20年商務情報政策局産業課長、22年同局総務課長。23年7月より現職。

コロナに工場火災…、相次ぐ半導体不足

竹中 経済産業省が半導体・デジタル産業戦略を策定したのが2021年6月。これを作った経緯について教えてほしい。自民党では同年5月、新国際秩序創造戦略本部が中間とりまとめを発表し、「海外の先端ファウンドリの誘致」に向けた支援措置を講ずるべきだと言及している。

西川 経済安全保障についての議論は経産省では2019年に本格的に始まったが、当時が個別の半導体産業はというレベルではなかった。20年の夏に、米国がファーウェイ(中国通信機器大手の華為技術)に対する規制を強化し、一部の先端半導体が突然動かなくなった。本当に具体的なビジネスに影響するものとして、経済安全保障というのが表れてきたなという実感があった。

この20年の秋に、宮崎(延岡)の旭化成の半導体工場が火災になり、大きな影響があった。数百種類の半導体を作っていて、それこそ自動車からインターホンまで使われている。日本には80以上の半導体工場があるが、その多くが最新鋭ではない。その一つの生産が止まっただけで、サプライチェーンがズタズタになり、大騒ぎした。21年の2月には米テキサスの寒波による停電で、現地のサムスン電子などの工場が止まった。海外では新型コロナで工場がロックダウンしている。3月にはルネサスの那珂工場の火事があった。

地政学的なところだけではなく、突発的な天変地異によっても途絶えてしまう。それがわれわれの経済社会にとって非常に大きなインパクトがあることも実感した。

西川和見氏
西川和見氏

10%を切った日本の半導体シェア

経産省は2021年の3月に、半導体・デジタル産業戦略を作ろうと決めたが、その時の考え方はまず食料やエネルギーと同じように、半導体が市民生活、経済生活のために必要だ。その重要性をしっかりと共有していくべきだということがあった。

日本の中では、エレクトロニクスや半導体はまだまだ強い産業分野だという認識も一般的には残っている。どこまで日本の半導体が弱くなっているのか、しっかりと分析する。世界市場を取って外貨を稼ぐと言う意味での20世紀の産業政策ではなくて、経済安全保障の観点から半導体やデジタルの産業基盤をしっかり確保すると、そのように政策を変えるべきだと考えた。

そのためには、霞が関と半導体業界だけでなく、いろんな方のご意見を聞こうと議論を始めた。かつて約50%だった日本の半導体世界シェアは、現在10%を切っている。2030年には半導体の世界で見向きもされない国になる可能性があるというような見通しを示した。

デジタルの爆発で世界は半導体産業を大きく増強し、その市場は20年に50兆円、30年には100兆円になるという見通しが常識になっている。しかし、日本の生産量はほぼ変わらないまま来ている。それまで経産省も、デジタル分野が大事だという認識はあった。しかし、どちらかというとアプリケーションの分野で旗を振ってきた。

せめて米欧並みの取り組みを

さらにあの当時、まさに米中対立の激化により、米国は2021年に「半導体製造生産を取り戻す」という政策を大きく打ち出す。当時1件に数千億円と言われたが、産業政策に否定的だった米国ですら半導体の支援を始めた。欧州も同じように半導体法案をつくるという。世界的な半導体サプライチェーンの変更がある中、日本も他国並みの取り組みをしないと現状維持すら難しいんじゃないかという議論になった。

21年6月の提言、その後の「骨太の方針」で、他国並みの取り組みをしっかりやると言うことを政府方針として決定したことが、この最初の半導体・デジタル産業戦略で最も大きなポイントだったと思っている。

竹中 自民党の新国際秩序創造戦略本部などでの議論は、半導体・デジタル産業戦略の策定にどういう形で影響したのか。

西川 それはもちろん大きな影響があった。他国はそれこそ1件当たり数千億円の支援を公費ですると言いはじめたが、その数字は経産省だけで提案できるものではない。国会、またメディアも含めて意識がそろっていかないと進んでいかない。2021年5月に自民党の半導体議連(半導体戦略推進議員連盟)ができて甘利明先生が会長で、安倍前総理が「異次元のものを作るべきだ」と強くおっしゃっていただいたのを記憶している。

日本の半導体産業をめぐる近年の主な動き

2020年8月 米国が中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)に対する輸出規制強化を発表
2020年秋 世界的に半導体不足が指摘されるようになる
2021年3月 EUが「デジタル・コンパス2030」戦略を発表
2021年6月 経済産業省が「半導体・デジタル産業戦略」を策定
2021年11月 台湾積体電路製造(TSMC)が熊本に工場建設を発表
2022年8月 米国の「CHIPS法」が成立
日本の新半導体メーカー、ラピダスが設立。トヨタ自動車など大手企業8社が出資
2023年2月 ラピダスが北海道千歳市を事業拠点に決める
2023年6月 経済産業省が「半導体・デジタル産業戦略」改訂
2023年7月 官民ファンドの産業革新投資機構が半導体素材大手JSRの買収決める。

巨大投資に必要な「3つのステップ」

竹中 最初の半導体・デジタル産業戦略が6月に出て、11月にアップデートされた。ここで、かなり政策のモデルチェンジがあった。まず国内製造基盤の確保、次に次世代半導体技術の確立、そしてグローバル連携による将来技術の開発という、ホップステップジャンプの3段階の構想が打ち出された。この時点で現状をどう分析し、何を目指していたのか。

西川 その当時、他国が巨額の公費支援を表明し、競争していたのは先端ロジックの工場誘致だった。TSMC(台湾積体電路製造)が米国のアリゾナに投資をする、 欧州にもインテルが検討開始、と、21年ごろにさまざまな動きがあった。また、日本の半導体産業で空白地帯だったのが先端ロジックだ。これが、日本の凋落のシンボリックなものだったわけで、大きな関心を呼んでいたのは事実だ。

しかし、それと同時に国内半導体産業の強靭化も大事だと考えた。日本には84の半導体工場があり、この数は世界一だが、その多くが小さくて古く、十分な投資もされていない。減価償却が終わったものを動くまで動かして資金回収しようというような工場もある。これらをもう一度投資をする対象にし、蘇らせる必要がある。6月の段階ではそのような考え方だった。

11月に新たに打ち出したのは、まず「3つのステップ」という考え方。半導体で大規模な投資をしていくに際しては、まず足元の産業基盤を作り、その産業基盤が将来受け止められるような次世代の半導体を作って、さらにその先の未来技術につなぐ。このステップが大事だという当たり前のことをしっかりと確認した。もう一つは、どんな半導体をどれぐらい作るのか、それを整理して外向けに明らかにした。

産業用の半導体、IoTや自動車、スマートネットワークを実現するための半導体を中心に積み上げて、12兆円ぐらい。世界の半導体市場が2030年に100兆円になる中で、日本の売り上げを十数兆円にするとの目標を立てた。

TSMC熊本の半導体は「先端の産業用」

竹中 その後誘致が決まったTSMCの熊本工場だが、24年からロジック半導体の量産を開始する計画だ。誘致が成功した経緯についてお伺いしたい。

西川 個別のやりとりは申し上げられないが、報道を含めた客観的な分析を紹介すると、TSMC側からすると、中国・南京に進出したものの、2019年のファーウェイ規制の中で生産の多様化を図る必要があったのではないか。台湾の中は水の問題があり、技術者も飽和状態にある。台湾・中国以外に拠点がないと将来の需要に応えられないという認識があった。まず米国進出を決め、次に産業用の先端半導体工場をどこに作ろうかと検討し、日本に投資するのが合理的だと判断したのではないか。

竹中 4000億円という供与額は、どのように決まったのか。

西川 日本側の事情としては、出せるのは最大で事業費の1/2ということ。これは、国会で確認していることだ。実際に事業費は約90億ドル規模(1ドル140円で約1兆3000億円)だから、その4割弱だ。TSMC側の事情は、これは報道されている説明だが、台湾で生産する時のコストと、米国や日本で生産する時のコストギャップを埋めてくれれば投資を検討するということだ。

重要なのは、このコスト差は決して補助金の金額だけではない。先に話した、もう台湾に人手が足りないとか、水の供給不安、電気も問題とかも考慮されている。総合的に検討して、日本で生産しても台湾に遜色ない形で市場に売ることができるのかという発想で、それで4000億円ぐらいの補助が必要だというのが彼らの発想だ。

竹中 TSMCの熊本工場がフル稼働した場合、日本の産業が必要とする先端半導体のうちどのくらいの割合を供給できるのか。

西川 これも一般論で恐縮だが、40ナノ未満の先端ロジック半導体のうち、日本が使っている割合は世界の1割程度と言われている。その全部は当然無理だが、数割は供給が可能な規模だと思う。JASM(熊本工場を運営するTSMCの子会社)にはソニーとデンソーが出資しているが、ソニーが自社のセンサー半導体を構成するものとして、日本だけでなく世界に出荷する。もう一つは自動車用で、2020年代後半の自動車で使われる半導体はこのレベルの先端ロジックが必要となる。

竹中 線幅10ナノ台、20ナノ台のロジック半導体は、最先端のものではないとも報じられている。日本で生産する意義についてどう考えているのか。

西川 日本の自動車産業やセンサー産業、スマートシティを構成する諸産業が必要とする半導体をちゃんと確保するというのが誘致の際の狙いだ。5ナノの最先端の半導体を仮に作っても、TSMCはそれをどこに売ればいいのかということになる。もちろん将来的には必要になるのだろうが、今作っても顧客の多くは日本の外にいる。そうであれば、なぜ米国で生産しないのかということになる。われわれも、血税を投入して作った半導体の多くがそのまま海外に出荷されるとなると、何をやっているのだろうかと。まずは日本にとって必要なものから始めている。

(2023年6月22日)

(後編に続く)

まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁

バナー写真:台湾積体電路製造(TSMC)とソニーグループなどが共同で建設を進めているJASMの半導体製造工場=2022年10月26日、熊本県菊陽町(時事) 

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