児童相談所だけでは救えない命:市町村と連携、一貫した虐待対応を

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東京都目黒区の5歳の女児、千葉県野田市の女子小学生と相次いだ虐待死を機に、政府は児童相談所の体制強化など対応策に着手している。児相の現場を知る専門家に、虐待防止に向けてまず何に取り組むべきかを聞いた。

宮島 清 MIYAJIMA Kiyoshi

日本社会事業大学専門職大学院教授。専門は子ども家庭福祉とソーシャルワーク。特に児童虐待や社会的養護などの問題に取り組んでいる。1981年埼玉県庁に入庁し、福祉職として、児童相談所、同一時保護所、知的障害児施設、県本庁児童福祉課などに勤務した経験を持つ。2005年4月から同大学院に勤務。

全国の児童相談所(児相)が対応している虐待相談件数は増加の一途をたどり、虐待死も相次いでいる。2018年3月東京都目黒区で当時5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃん、19年1月には千葉県野田市の小学生、栗原心愛(みあ)ちゃん(10歳)が、父親による虐待で死亡したとされる。共に児相に通告され、一時保護などの措置が取られていたにもかかわらず、最悪の結果を防げなかったケースだ。結愛ちゃんの事件後、政府は児童福祉司の増員などを含む虐待防止に向けた緊急総合対策を決定した。だが、「もうおねがい ゆるしてください」と痛ましい「反省文」を残した結愛ちゃんの死から1年も経ないうちに、激しい暴行を受けて心愛ちゃんが死亡し、世間に衝撃を与えた。19年3月、政府は子どもへの体罰禁止を明記し、児相の体制強化を織り込んだ児童福祉法・児童虐待防止法の改正案を閣議決定し、国会に提出した。

埼玉県庁の福祉職として、児童相談所や一時保護所に勤務した経験を持つ日本社会事業大学専門職大学院の宮島清教授に、児相の現状と政府の対策について話を聞いた。

結愛ちゃん、心愛ちゃんの事案に見る共通点 

報道に基づき目黒区、野田市の事案を比較した宮島教授は、「児童虐待の背景は多様だという前提を踏まえた上で、この2事案の共通点から丁寧に学ばねばならない」と言う。

結愛ちゃんの母親は19歳で結愛ちゃんを出産した後に離婚し、2016年春に再婚、同年9月に長男を出産した。新しい父親による虐待で、結愛ちゃんは16年12月および17年3月、当時住んでいた香川県の児相に一時保護されている。初回は約1カ月、2回目は3カ月余りで保護が解除された。警察は2度父親を傷害容疑で書類送検したが、いずれも不起訴となった。その後18年1月上旬に東京都目黒区に転居。同月末に香川の児相から連絡を受けた管轄の品川児童相談所が2月に家庭訪問したが、母親に拒否されて結愛ちゃんには会えなかった。日常的に暴力を受け、食事も十分に与えられずに、3月2日結愛ちゃんは衰弱死した。

心愛ちゃんのケースでは、2歳の時に両親が離婚。夫の家庭内暴力(DV)が原因だったが、17年2月に2人は再婚する。一家は妻の故郷である沖縄県糸満市で暮らし、6月に次女が生まれた。7月には父親による妻に対するDV、心愛ちゃんへの恫喝(どうかつ)の情報が市に寄せられる。父親は糸満市の家庭訪問の要請を拒み、一家は同年8月に千葉県野田市へ転居した。11月には心愛ちゃんが「お父さんに暴力を受けています」といじめに関する小学校のアンケートに記入。県の柏児童相談所が一時保護したが、12月には親族宅で暮らすことなどを条件に保護を解除。18年1月には父親の度重なる威圧的な要請を拒み切れずに、市の教育委員会がアンケートのコピーを渡してしまう。そのすぐ後に心愛ちゃんは市内の別の学校に転校、3月上旬には、母子が父親のもとに戻ったことを把握したものの、柏児相は再度の一時保護を行わなかった。転校先の学校で心愛ちゃんは学級委員に立候補するなど、活発に学校生活を送っていたように見え、父親の暴力を訴えることはなかった。

しかし18年12月21日以降、心愛ちゃんは登校することなく、冬休み明けの19年1月7日以降も長期間欠席した。同月24日、父親が「娘の意識と呼吸がない」と通報、救急隊が浴室で遺体を発見する。満足な食事や睡眠を取れないまま、長時間立たされたり、何度も冷水を浴びせられたとのことで、母親は止めることをしなかった。自分もDVを恐れていたからだとされる。

日本社会事業大学専門職大学院・宮島清教授
2つの虐待事例の共通点を考察する宮島清教授

宮島氏は、2つの事案を比較して、次のように指摘する。「母親が20歳前後で長女を出産。その後、母子生活を経て、それまで生活を共にしていなかった父親との生活が始まった。虐待が表面化し始めた頃には、家族は第2子の出産や乳児の養育をしていた。この共通点に注目すべきだ。結愛ちゃんは前夫の子で、心愛ちゃんは実子だという違いはあるものの、父親が家族に加わり、一緒に新たな家庭を築こうとする過程で虐待が起きた。最初の通告を受けたのは共に子どもが死亡する約1年半前だ。『早期発見』しても救えるわけではない。一番問題なのは、家族の歴史を踏まえた判断があったかどうか、深刻な事態に陥る可能性がある事案だという共通認識の下での一貫した関わりがあったかどうかだ。特に、第2子が生まれる前後に、リスクを踏まえた丁寧なケアがなされていたかの検証を怠ってはならない」

求められる的確な判断、共有されるべき危機意識

「一貫した対応ができない理由はいろいろある」と宮島教授は言う。「最初の時点から深刻なケースだと判断すべきであるにもかかわらず、それができていないことは多い。特に結愛ちゃんのケースでは、母親がまもなく出産すると思われる時期に、近所にも聞こえる怒鳴り声があったようだ。妊婦や乳児のいる家族は、激動の時期を過ごしている。例えば、市の『こんにちは赤ちゃん』事業(生後4カ月までの乳児のいる家庭を訪問し、相談や情報提供を行うサービス)は、どのようになされたのか、『ステップファミリー』(連れ子再婚)であることの困難さを踏まえての対応があったのかどうか。通告時の情報や通告後の調査と、乳児を抱える家庭への支援が果たして相互に生かされたのかどうかが極めて重要なポイントだ」

2017年の2度目の一時保護を解除した後、週1回カウンセリングを行っていた病院は、結愛ちゃんのけがを確認し、通報している。にもかかわらず、香川県の児相は指導措置を解除し、転居先への引き継ぎ方も危機意識に乏しいものだった。結愛ちゃんと面会できなかった品川の児相は事態の深刻さを十分に認識できていなかった。

一方心愛ちゃんの場合、「転校はどのように決まり、引き継ぎはどうだったのか。そもそも、学校での『見守り』では、子どもが礼儀正しく、活発で成績が良かったりすれば安定していると判断されやすい。教育委員会に向けられた父親の激しさや執拗(しつよう)さが、心愛ちゃんや母親に向けられたものと同じであるかもしれないという判断は、学校だけでは難しい。しかし、市の児童福祉や児童相談所と学校側とが、しっかり話し合うことができていれば、その後の関わり方は違っていたはずだ。3月以降、心愛ちゃんが再度の保護を求めなかったのは、自分のSOSが受け止められなかったという不信や母と妹を置いていけないという気持ちが働いていた可能性もある」と宮島氏は指摘する。

市町村の虐待対応の強化を

児童相談所が個別のケースに一貫して関われない要因の一つは、深刻な人材不足だ。厚労省によれば、児童福祉司1人当たりの対応件数は50件程度。結愛ちゃんの事件後に決定した緊急総合対策では、2022年度までに児相職員を3000人近く増やし、児童福祉司1人当たりの対応件数を40件程度まで減らすことを目指している。

「それだけの人材が集まるのかという懸念はあるが、政治が決断したことは評価できる」と宮島教授は言う。「だがもっと注目すべきなのは、児相だけではなく、市町村(=基礎自治体)の体制強化を挙げていることだ。着実に進めてほしい」

総合対策では全市町村に「子育て包括支援センター」「子ども家庭総合支援拠点」を設置し、妊産婦、子どものいる家庭を対象として、地域の実情の把握、相談対応、調査、継続的支援を行うことを明記した。また、児相、保育園、学校、警察、医療機関など関係機関が効率よく情報共有して対応できるように、常勤の調整担当者を配置するとしている。

「市町村は母子保健や保育、教育に深く関わっている。だからこそ、児相と同等以上に基礎自治体が、虐待の予防も含めて困難を抱えた子どもと家庭をケアしていく必要がある」と宮島氏は強調する。「緊急対策は厚労省、法務省、内閣府など関係省庁の連絡会議で決定された重みのある決定なのだから、きちんと予算をつけて着実に実行してほしい」

2004年の児童福祉法改正で、市町村は児相と同様に通告を受ける機関として位置づけられた。「子どもに身近で接している保育園、学校(教育委員会)などにとって、児相より市町村の方が最初に相談しやすい場合が多い。通告を起点として、児相と市町村、関係機関が相互に情報をやり取りして連携を深め、一緒に取り組むことが重要だ」

児童福祉司の「国家資格化」は現実的か 

3月19日、政府が閣議決定した児童虐待防止法・児童福祉法改正案(文末参照)では、「しつけの際に体罰を禁止する」と明記した。民法の懲戒権に関しては、施行後2年をめどに検討することになっている。

また、心愛ちゃんの事案で市の教育委員会がアンケートを父親に見せてしまったことを受けて、「児童の秘密を漏らしてはならない」という守秘義務も規定した。その他、児相職員の役割分担や「常時」弁護士の助言・指導を受けるなどの規定に関しては運用次第という面もあるが、おおむね同意できると宮島教授は言う。一方、児相の体制強化の動きで最も懸念しているのは、職員である児童福祉司の専門性を高めるための「国家資格化」を巡る論議だ。改正案では、法の施行後1年をめどに、児童福祉司の「資格の在り方」を検討すると規定している。

「仮に新たな資格ができても、養成するための体制作りには時間がかかる上、そもそも学生が集まらない可能性がある。児相は24時間365日通告を受け付け、対応しなければならない過酷な職場なのに、現状では待遇面でも恵まれていないからだ。また、児童福祉司の仕事は経験値が大事で、最低でも3~5年、後進を育てるレベルになるまでには10年はかかる。分かりやすい方策として新しい資格創設を前面に置くことで、地味でも必要な取り組みが置き去りにされる恐れもある」

「現在、(国家資格の)社会福祉士の職員は児相で4割程度、市町村はもっと低い。資格がスタートラインや土台にすぎないことは社会福祉士でも同じだが、まずは、児相、市町村が社会福祉士の採用を増やすことから始めるのが現実的だろう」

子どもを地域社会が守り育む環境づくりを

また、母親と子どもを一緒に保護する仕組みを整備し、最大限に活用することが必要だと宮島教授は言う。

「配偶者によるDVと児童虐待はリンクしている。基礎自治体の対応を充実させて、包括的な支援を進め、母子を分離しないで支援することが大事。命が危ないDV案件などは母子ともに保護できる仕組みを積極的に運用していく必要がある。母子生活支援施設を最大限に活用するとともに、経済的な安定を支える施策の充実や子どものショートステイなども増やすべきだ。それで守れる事案はたくさんある」

最後に忘れてならないのは、地域社会全体で子どもを守り、育てていく視点だと宮島氏は力を込める。「結愛ちゃん、心愛ちゃんの弟、妹のように、残された子どものことを含めて『社会的養護』のこれからを切り開いていく必要がある。さまざまな悲しみを抱える子どもを受け入れて共に生きようとする姿勢、そのような生き方を共有できる地域社会を築き得るのかが問われている」

■法改正の概要(成立の場合、施行は20年4月から)

  • 親権者や児童福祉施設は子どものしつけの際に体罰を禁止する
  • 児童相談所で一時保護など介入的対応をする職員と保護者の支援を行う職員を分ける
  • 常時、弁護士の配置または準じる措置を行う。医師と保健師を配置する
  • 政府は、施行後5年をめどに中核市および特別区が児童相談所を設置できるよう支援する
  • 学校や教育委員会、児童福祉施設の職員は児童の秘密を漏らしてはならない
  • DV対策との連携強化のため、配偶者暴力相談支援センターなどは児童虐待の早期発見に努める

【検討規定】

  • 施行後2年をめどに民法の懲戒権の在り方を検討
  • 施行後1年をめどに、児童福祉に関する資格の在り方などを含め資質向上策を検討 

取材・文:板倉 君枝(ニッポンドットコム編集部)/バナー写真:PIXTA

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