元入国審査官・木下洋一:現場職員も疲弊する入管行政の “ブラックボックス” 解消が急務

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近年、入管施設への長期収容が国内外から問題視されている。外国人の収容の在り方などを見直すとして、政府は今国会で入管法改正案の成立を目指したが、野党の強い反対で断念した。「送還忌避者」の収容や仮放免の判断はどのように行われているのか、外からは見えにくい。元入管職員の木下洋一さんに、入管の内情と「根本的問題点」について聞いた。

木下 洋一 KINOSHITA Yōichi

「未来入管フォーラム」代表。行政書士。神奈川県出身。大学卒業後、1989年4月、公安調査庁入庁(国家Ⅱ種採用)。2001年、入国管理局(現・出入国在留管理庁)へ異動。以降、19年3月に退職するまでの18年間、東京局、横浜支局、羽田支局等地方(支)局において、在留審査、上陸審査、違反審判などの業務に従事。入管行政に対する疑問から、現役職員であった17年4月、神奈川大学大学院法学研究科に社会人入学。出入国管理システムにおける行政裁量についての論文で法学修士学位取得。 19年3月、54歳で大学院修了と同時に入管局を早期退職、「入管問題救援センター」を立ち上げる(20年9月名称変更)。

厳格な審査に異論はないが…

公安調査庁でオウム真理教事件の調査なども経験した木下洋一さんが、入国管理局(現・出入国在留管理庁)に異動したのは2001年春のことだ。同年9月に米国で同時多発テロが発生した。

「日々テロのリスクと真剣に向き合わなければならない時代になったと、僕自身も含めて、入管全体が緊張感を共有しました。特に入管業務に情熱を燃やしていたわけではなかったのですが、誰でも彼でも入国させてしまえば、テロリストも入国させてしまいかねないという危機感を持ちました」

最初に配属されたのは「実態調査部門」で、「例えば結婚や就労、起業で申請があった場合、実際に申請した住所に住んでいるのか、本当にその職場で働いているのかなど、現地に赴いて実態があるのかを確認する」仕事だった。その後、羽田空港支局での入国審査などを経て、06年から3年間「審判部門」で入国審査官の職務に就いたことを機に、入管行政の在り方に徐々に違和感を持つようになった。

「治安、平和の維持のために、外国人を厳格に審査すること自体に異論はありません。ただ、たとえ在留資格を持たなくても、日本で長く生活して本国とのつながりが希薄になっている人たちの多くは、社会の片隅でつつましやかに暮らしています。日本で生まれ育った子どもたちでも、親がオーバーステイ(不法在留)だと強制送還されていく姿を見て、釈然としない気持ちになりました」

判断基準が全く見えない「ブラックボックス」

審判部門に配属された2006年当時は、「半減計画」(04年以降5年間で不法滞在者を半減することを目標とした計画)が進行中だった。

「この時期は、ある意味で入管の透明性が一番高かった気がします。日本人と結婚していれば、ほぼ間違いなく(法務大臣の裁量による)在留特別許可が出ていました。一方で、子どもの送還に関しては、日本で生まれ育っていても、小学生だと在特が認められず、中学生以上だと認められるケースが多かった。小学生なら母国でも適応できるという判断での線引きがあったわけです。個人的には疑問があるにしても、分かりやすかった」

その後、他の部門への異動を経て16年に入国審査官の仕事に戻った時には、状況が全く変わっていたと言う。「例えば、日本人と結婚していてもある人には在特が認められ、ある人には認められない。その判断基準がどこにあるのか全く分からない『ブラックボックス』だと感じました」

法務省が06年に公表した「在留特別許可に係るガイドライン」では、日本人や永住者等との婚姻、子どものいる長期滞在家族などの事情が積極要素として示された。だが、「ガイドラインはあくまでも目安で、入管が重視しているとは到底思えない」と木下さんは言う。「入管としては、フリーハンドの裁量権を何が何でも維持したいのだと思います。ガイドラインは入管が自ら策定しているにも関わらず、かたくなに公式な基準としては認めようとしない。基準化されることによって、自らの裁量幅が減ることを恐れているからでしょう」

17年、入管行政に対する自らの違和感を検証したいと、大学院で法律を学び、「行政裁量論」を研究テーマにした。国との裁判で、国側の勝訴、原告側勝訴の判例を比較し、その判断の「分水嶺(れい)」はどこにあるのかを調べながら、入管行政の法的な裏付けを探るのが目的だった。だが「違和感は膨らむばかり」で、修士取得後に退職を選択し、現在は勉強会やセミナーなどを通じて、入管システムを改善するための情報発信を続けている。

入管の「フリーハンド」

実際に、オーバーステイや在留特別許可を巡る審査はどのように行われているのだろうか。

「最初は、入国警備官による『違反調査』で、退去強制手続きの第一段階です。その後、入国審査官による『違反審査』が行われ、その段階で帰国を希望する場合はそこで審査が終了します。一方、在特を希望する場合は、さらに入国特別審議官の『口頭審理』を受けた上で、法務大臣による裁決となります。この『3審制』は、あくまでも退去手続きの流れで行われます。審査官が決められた基準に沿って在特の許否を審査せよと、法律上に定められているわけではありません。運用上、職員が当該者の話を聞いて、日本で生活を続けたいと希望する理由を調書にまとめますが、その書きぶりも、個々の職員によって違ってきます。また、在特は法務大臣の自由裁量とされていますが、入管法上、この権限は地方入管局長に委任されています。つまり、一地方出先機関の長にすぎない局長の胸三寸で、在特の可否が決まるということです」

政府が今国会での成立を断念した入管法改正案は、在特審査の透明性を高めることも目的のはずだが、全く評価できないと言う。

「現行の『3審制』は、あくまでもオーバーステイを確定するための段階的な手続きなので、その意味では、在特を最初から申請制に改めるとしたのは一歩前進かもしれません。ただ、在特の許否判断でも『3審制』のように段階を踏んで、慎重に判断するのかどうかは分からない。どのように申請するのか、誰が事情を聞くのかなど、細かい部分は法務省令、つまり入管の内部規則で決めるとしています。結局、判断過程が不透明だという根本的問題は解消されません」

「公表したガイドラインを端的に法制化すればいいことなのに、絶対にそれはしない。改正案では在特に関しては特別に一つの節を設けて、一見充実させたように書いていますが、中身は空虚です。例えば、『家族関係、素行、本邦に入国することとなった経緯』うんぬんと、さまざまな事情を在特の考慮事項とすると書いてありますが、単に要素を羅列しているだけ。それらをいかに、どういう基準で判断するかが大切なのに、そこは明記していない。『内外の諸情勢、および不法滞在者に与える影響』なども考慮してともありますが、要するに入管のフリーハンドにお墨付きを与えるための文言です」

警察・検察・司法の3役を担う入管

全ての送還忌避者が母国に戻れない事情を抱えているとは思わないし、無条件に定着させるのは国民の理解を得られないと考えている。「ただ、送還の滞りや長期収容に関しては、帰国を拒む外国人側だけに問題があるとする姿勢は間違っています。非正規滞在を正規化する基準、仕組みが不透明だから、当該者が納得できないのは当然です。入管に在特不許可の理由を聞いても、『総合的判断です』『これ以上のことはお答えできません』という返事。私自身も苦し紛れにそう答えた経験があります」

東京入管に収容された外国人不法在留者=2016年当時(REUTERS)
東京入管に収容された外国人不法在留者=2016年当時(REUTERS)

また、政府の入管法改正案では、難民認定申請中は送還しないという「送還停止効」を見直し、3回目の申請から送還対象になる。一部の国の出身者には、自国の大使館に旅券を取りに行く義務を課している。外国人側に圧をかけて送還を促進しようという意図だ。

「確かに繰り返し難民申請が可能な現状では、半永久的に送還できない。送還を忌避する手段として難民申請が使われている実態は明らかで、悩ましい問題ではあります。その対策として回数の制限を設けることは理解できる。ただ、中には、何回申請してもことごとく却下されているクルドやロヒンギャの人もいます。今回の改正法案は『収容・送還に関する専門部会』の提言(2020年6月)に基づいていますが、その提言ですら、送還停止効に例外を設ける際には第三者のチェックを入れるべきととうたっている。ところが、法案はその第三者チェックに関する部分はそぎ落としています。つまり、刑事事件なら警察、検察、裁判所がそれぞれ担う役割を、入管が全て担う現状は変わりません」

それでも、難民認定の手続きはオーバーステイの退去手続きに比べれば、「少しはまし」だと木下氏は言う。「難民審査参与員制度という不服申し立ての制度があり、1次審査が不認定でも第2次審査に移ることができます。ただし、入管が参与員の人選をして運営事務局を務めるので、申請者側から見れば、結局、法務省の組織内での判断だと思えるでしょう。現行の難民審査に問題意識のある委員は、判断が分かれる審査には関わらないように調整するなどの話も耳にします」

入管の判断をチェックする機関がないので、一般の外国人労働者でも、なんらかの理由で入管がビザを更新しないと判断した際には、不服申し立ての手段が裁判しかない。そして「法律上、行政庁の裁量を幅広く認めているので、裁判では国側が98パーセント勝訴します」

入管職員も疲弊している

近年、入管施設への長期収容に抗議したハンガーストライキによる餓死、入管職員による「暴行」など、「送還忌避者」「長期収容」を巡る問題が相次ぎ、メディアも大きく取り上げた。3月には名古屋入管に収容中だったスリランカ人女性が死亡し、国会で野党が入管の対応を問題にして、政府改正案の成立を阻んだ。

「入管職員たちの多くも、決して現状が良いとは思っていない」と木下さんは言う。「私が現役のころ、同僚たちと、入管行政にはおかしいところがあるよねという話をしていました。とはいえ、法律自体が何の方向性も示していないのですから、自分たちがどういう審査をすべきか、おかしいとは思いつつ迷いながら仕事をするしかない。心身が疲弊します。また、大半の職員は、長期収容なんてしたくないと思っているでしょう。(前述の)専門部会の提言でも、『被収容者の処遇業務における心身の負担から離職する入管職員が少なくない』現状を何とかしなければならないと指摘しています。現状は入管職員も苦しめている。政府の改正案は『改悪』だと声高に訴えるつもりはないが、職員の負担は少しも軽減されません」

改めて、いま何をすべきなのかと問うと、「とにかく、透明性を高めなければだめです」と声を強めた。

「入管だけが審査や収容に権限を持ち、第三者も法も関与しない『ブラックボックス』状態を変えない限り入管行政は良くなりません。収容施設からの『仮放免』に関しても同様です。そもそも在留資格がないのに、数年どころか、10年以上も『仮放免』が許可されている人たちがいることがおかしい。仮放免するぐらいなら、むしろ正規化した方がいい。在留資格を与えれば、就労して税金も払ってくれるのですから。そして正規化の基準は、法律で明確化するべきです」

バナー写真:「未来入管フォーラム」代表の木下洋一さん(本人提供写真)

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