新型コロナ:ワクチン効果で収束へ前進、制圧は「2、3年後」-宮坂昌之・阪大名誉教授

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世界中を巻き込んで多くの人命を奪い、社会や経済を混乱に陥れてきた新型コロナウイルス。デルタ株(インド株)への変異という新たな脅威が迫る半面、発症や感染を抑えるワクチンの接種もようやく始まり、一筋の光明が差してきた。感染収束への展望や課題について、免疫学の第一人者である宮坂昌之・大阪大学名誉教授(同大免疫学フロンティア研究センター招へい教授)に話を聞いた。

宮坂 昌之 MIYASAKA Masayuki

大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授。1947年長野県生まれ。京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。金沢医科大学血液免疫内科、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所等を経て、大阪大学医学部教授、大学院医学系研究科教授などを歴任。2007~08年日本免疫学会会長。医学博士・PhD。主な著書に『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』、共著に『免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か』『新型コロナ 7つの謎』など。

ワクチン打っても感染者増のわけ

-インド株への置き換えが進む中で緊急事態宣言が出ました。インド株の特徴とは。

これまでのウイルスに比べ1.8~2倍近く感染力が高くなっている。これまでの新型コロナウイルスだと、1つの細胞に1個のウイルスが入ると、10時間後には1000個になることが分かっている。それが放出されて、周りの細胞がさらに1000個感染する計算。インド株の場合、1個のウイルスが10時間後には2000個になって出てきて、さらに2000倍になる。つまり、これまでのウイルスは20時間後には100万個になるのに対し、インド株は400万個に激増する。

ウイルス1個の病原性(病気を起こす力)はあまり大きく変わっていないかもしれないが、数が大きく増える。攻めてきた歩兵1000人に対抗できたとしても、2000人なら対抗できない。本丸に乗り込んで悪いことをするから、免疫機構が負け重症化してしまう。

-つまり増殖力が強く、重症化リスクも高まるということですね。

これまでかからなかった集団もかかるようになった。例えば、子供。ワクチンを小さいときから幾つも接種されているから、本来は自然免疫が強いはずだが、英国では学校内感染が始まっている。一方、65歳以上の高齢者は新型コロナのワクチン接種が進んで、かからなくなり、重症化もしない。ワクチン接種が進んでいるのになぜ感染者が増えるかというと、ワクチンが効かないからではなく、未接種者の感染率が上がっているからだ。

-高齢者以外ではワクチン接種が滞り、「40~50代の重症化」が問題になっています。

(若者に比べ)免疫力の低い40代、50代の人でも、これまでの株ならなんとか対応できていた。しかし、感染力が上がったインド株が来ると、短時間でウイルスが増えてしまうので、われわれの免疫力を乗り越えてしまう。ワクチン供給が限られている中では、職域接種をやれば、働き盛りの40~50代の人はどんどん受けられるようになるはずだ。

収束、制圧への道筋

-今回のワクチンは効くということですか。

イスラエルなどのデータでは、このワクチンは発症だけではなく、感染も重症化も予防している。つまり「感染、発症、重症化」を予防する3本の矢がそろっている。ワクチン効果が出てくるには最低1カ月かかる。イスラエルの例では、感染者が減るまで2カ月。最初に重症者が減り出して、それから感染者が減る。東京でも接種が進めば必ず感染者と重症者がともに減ってくると思う。

-緊急事態宣言は人出を抑制する効果に乏しく、効果が限界に来ているのでは。

ワクチン接種が進んでくれば、行動変容の程度を軽くすることもできる。例えば、私は2回接種した者同士で会食した。皆さんに対して最近言っているのは、「忘年会をやりたいと思ったら、2回ワクチンを受けなさい」ということだ。今までのように経済を抑えるほどまでの行動変容を今後も続けなければいけないかというと、そこはかなり軽減できるはずだ。

-政府は、希望者には年内にワクチンを行き届かせる方針です。実現すれば、感染拡大はかなり収束する展望は開けてきますか。

私はそういうふうに考えている。ただし、感染はゼロにはならず、接種を受けない人に感染者が増え続けるという状況になる。普通の生活を取り戻せるかどうかは、ワクチン接種の進捗(しんちょく)度による。英国みたいにマスクを外して手放しで大騒ぎしたら、また元のもくあみになりかねない。

いくら日本の中で感染者を減らしても、五輪のように海外から感染者が入ってくると、また増えてしまう。世界レベルで減らないと、日本だけ安穏としていられない。世界レベルでワクチンが普及するのはあと2、3年かかるだろうといわれる。この間は、海外からのウイルスの持ち込みは覚悟しないといけない。

日本人の7割がワクチン接種したとしても、3割が接種しない状態で残るとする。そうすると、1%の感染率に1%の死亡率として、年間に約3600人の方が亡くなる恐れがある。ワクチンを打ったら、いつごろマスクを外せますかと聞かれても、その答えはすごく難しい。確かに2回接種すれば大丈夫。でも、このウイルスは誰が感染しているか分からない。元気な状態で感染して広がるから、海外から人が入ってくると、未接種者に感染して、その人たちが社会の中で感染を広げる。

中国に依存するワクチン原料

-モデルナの供給量は政府の当初の説明より少なく、供給に疑問符がついています。

必ず来るから、あまり心配していない。世界的な状況との関連でワクチンが来なくなったりすることはあるだろう。1年間で約束した本数をファイザー、モデルナが破るとは考えられない。

ワクチンの職場接種と自治体の大規模接種について、申請の受け付けを一時停止すると発表する河野行革相(共同)
ワクチンの職場接種と自治体の大規模接種について、申請の受け付けを一時停止すると発表する河野行革相(共同)

ただ、あまり指摘されていないことだが、ワクチンを製造する原料が足りなくなる恐れがある。新型コロナのワクチンは「RNAワクチン」。といってもRNAから作るのではなくて、大腸菌の中で大量に増やしたDNAをRNAに読み替えて、それをワクチンの中に組み込んでいる。だからDNAを作る原料、すなわち4つの塩基が必要だ。一時、PCR試薬が足りなくて困ったことがあった。中国の原料に頼っていたからだ。今回も中国が原料をかなり安く生産しているので、中国がそっぽ向くと世界的にワクチンができにくくなる状況があるようだ。

―日本もワクチンの原料を自前で作る能力を持つ必要がありますね。

マスクと同じで、外国に頼っていると、足りなくなる。ワクチンについては、日本は幸いにメッセンジャーRNAワクチンだけではなくて、不活化ワクチンなど、さまざまなものが作られている。何か1つの原料が来なくなったら、ワクチンができなくなるというのでは困る。さまざまなフォーマットのワクチンを自前で持っておくことが大事だ。

効き目、1年は持続

-ワクチンは2回打った後、どの程度効果が持続しますか。

1年は続くと思っている。モデルナやファイザーのデータを8カ月観察した資料があって、ワクチンを2回打つと、ウイルス感染を抑制する中和抗体が数百倍から1000倍超まで増える。最低限40倍あればいいのに、高い抗体価を示している。時間とともに抗体価は下がってくるが、二百数十日たっても10~20%しか下がっていない。減衰曲線をみると、1年は優に保つはず。抗体を作るのを助けるヘルパーTリンパ球も1年は活性化された状態が続いている。

-ファイザーが「3回目」のことを言い出しています。

ファイザーの言い分は、2回目の直後に比べて5倍から10倍、中和抗体が高くなり、変異株に対抗できるはずだということ。決して悪いことではないが、その分副反応も高くなる。また、ウイルスを排除するのは中和抗体だけではない。

-これからは毎年のように、ワクチンを打たないといけないのでしょうか。

もし、このワクチンが1年でなくて2年効果が続いてくれるのなら、2、3年に1回ずつ打てばいい。効果が4、5年続いてくれるのだったら、肺炎球菌ワクチンみたいに5年に1回でいい。そうすると、社会のプレッシャーはものすごく下がる。このワクチンもいずれはそういうふうになってくると思う。

五輪の影響は?

-東京五輪が間近に迫っていますが、検疫の問題のほか、選手を移送させるバス運転手にワクチンを打ってないとか、問題が表面化しています。市中感染の恐れはないですか。

恐れはあると思うが、一定程度で収まるだろう。ホテル従業員など五輪関連のエッセンシャルワーカーにワクチンが届いていないというのはひどい。そこから感染はある程度広がるだろうが、それよりも前に、そもそも日本は検疫が不十分。五輪が始まる以前から、何十倍の人が海外から入ってきて検疫は駄々洩れ(だだもれ)だから、五輪だけを神経質に心配してもしようがない。心配するなら、普段の検疫をもっと効率的にやることを考えないとだめだと思う。

インド株というと、インドとその周りからの入国者だけ一生懸命止めているが、世界中に広がっている。空港では抗原検査、PCR検査を一生懸命やっているが、検査の特性として陽性者でも7割しか陽性に引っかからず、3割を落としてしまう。短い単位で複数回やらない限り、精度は上がらない。

東京五輪の海外選手団来日がピークを迎えた成田空港(時事)
東京五輪の海外選手団来日がピークを迎えた成田空港(時事)

-世界中から、いろいろな「株」が持ち込まれ、カクテル状態になる恐れはないですか。

ものすごく起こりにくいと思う。このウイルスはインフルエンザと違って、ウイルスが混ざるということがない。インフルエンザの場合は、豚ウイルスが変異して鳥にうつると豚ウイルスと鳥ウイルスがハイブリッドになり、とんでもない大きな変異を起こす。これに対し、新型コロナウイルスは1万種以上の変異種が出ているが、キメラ(異なる遺伝情報を持つ細胞が混ざった状態)のようになったのではなくて、感染がひどかった国で個別に変異株ができている。

一人の人間にいくつものウイルスが入り込むことは普通なく、一つのウイルスが入ると、インターフェロンができて、ほかのウイルスにも働き、複数のウイルスにはかかりにくくなる。一人の中でブラジル株、南ア株、複数の変異株が出た例は、私の知る限りほとんどない。

-五輪は大きなリスク要因ではないのでしょうか。

以前は五輪によって、いろいろなことが起きてしまうのではないかと心配していたが、無観客と決まってよかった。選手団にできるだけワクチン接種するようにしたことも大きい。一定程度の感染は起きても、大きく感染が広がっていくとか、世界に感染を持って帰るようなことは起こらないだろう。

パンデミックの根源は環境破壊

-パンデミック(世界的大流行)が起きる背景に、環境破壊との関係が挙げられています。

一番は人為的な破壊、すなわち森林伐採などだ。エイズがその例であり、サルに宿っていたウイルスがヒトにうつり、変異して広がった。エボラ熱ウイルスなどアフリカの感染症もみな森林伐採を通じて広がった。

-動物とヒトとの距離が縮まり過ぎたということでしょうか。

そうだ。そこに温暖化がさらに影響を及ぼして感染が起こりやすい状況になっている。ただ、誤解して欲しくないのは、細菌は高温多湿のところでいくらでも増えるが、ウイルスは細胞の中に入らないと増殖できない。温暖化といっても細菌ほど大きな問題にはならない。

-「次の」ウイルスはどこから、どういうふうに出てきそうですか。

新型コロナ感染の2年ぐらい前に、米国の学者が「必ずまたパンデミックが来る」と予言していた。その学者は、感染性が高くて病原性が低く、そして変異の度合いが高いという理由から、RNAウイルスだろうと予言していたが、ばっちり当たった。今回のように当初あまり症状が出なくて、感染者が動き回ると結局、多くの地域に広がり、パンデミックになるからだ。また、変異すると免疫が効きにくくなり、感染が広がる。今回の波は2、3年で収まるだろうが、次にまた感染が起きそうなのはRNAウイルスだろう。

バナー写真:新型コロナウイルスワクチン大規模接種センター大阪会場で接種を終え、手続きする人たち(共同)

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