日本のウクライナ避難民対応と難民政策を検証する

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日本のウクライナ避難民の受け入れは、迅速に行われ、公的な支援も手厚い。「鎖国」と批判される日本の難民政策が変わる契機になるのか、「特例」で終わってしまうのか。入管法改正の動きも踏まえ、難民・移民政策に詳しい橋本直子氏に話を聞いた。

橋本 直子 HASHIMOTO Naoko

一橋大学准教授。専門は難民・移民政策。オックスフォード大学難民学修士号、ロンドン大学国際人権法修士号、サセックス大学政治学博士号(日本財団国際フェロー)、外務省、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際移住機関(IOM)などを経て、2019年から現職。法務省難民審査参与員。

手厚い「特別扱い」

2022年3月以降、日本が受け入れたウクライナ避難民は7月下旬時点で1600人を超えた。「1982年から2021年までの約40年で日本政府が認定した難民の数である915人を、わずか4カ月で超えました。そして難民よりも、良い待遇、充実した支援を受けています」と橋本氏は言う。

「特別扱い」は、21年8月タリバンが復権したアフガニスタンからの難民と比較すると明白だ。日本政府は、日本と関係がある、あるいは協力したために命を狙われる可能性のあるアフガン人の国外退避支援を躊躇(ちゅうちょ)した。大使館、国際協力機構(JICA)の現役職員は家族も対象としたが、日本のNGO現地スタッフの場合は、本人のみ。同年8月時点で雇用契約が切れていた元現地職員や家族帯同を希望するNGO職員など、そのリストから漏れた人たちは「民間退避」となり、ビザの取得が極めて困難だ。日本人か永住者の身元保証人、滞在中の生活費の支払い能力、日本での就職先など厳しい要件が課されている。

一方、ウクライナ人には条件を大幅に緩和し、即時に短期滞在ビザを発給、政府専用機に搭乗させる異例の対応もした。来日後は就労可能な在留資格に切り替え、ウクライナ人「限定」の就職先や公営住宅のあっせんもある。生活費補助、日本語教育など官民からの支援も手厚い。

「(異例の扱いには)岸田首相が、ウクライナ支援でG7諸国と足並みをそろえると公言したように、政治的また地政学的背景があります。また、支援への国民の支持がすぐに広がったのは、“プーチンは悪、ウクライナとゼレンスキーは善”という分かりやすい構図があり、メディアが扱いやすいことも一因でしょう。ウクライナ避難民の様子は連日報道されていますが、アフガン人の場合、自分自身と家族の安全のために、顔や名前を出して窮状を訴えるのは極めて困難です」

外交政策としての難民保護

「避難民」に公的定義はないが、今回はロシア軍による無差別暴力を逃れてきた人たちを指し、1951年の「難民の地位に関する条約」(難民条約)に定義された「条約難民」とは区別される。

戦時でも平時でも、条約に明記された5つの事由「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、政治的意見」のいずれかに基づく差別によって迫害を受ける恐れがある場合に、条約難民の定義に当てはまる。ただし、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が指摘する通り、多くの場合内戦下では、武力攻撃が完全に無差別であることはまれだ。

日本の難民認定率は1%にも届かない。欧米と比較して際立って低いのは、「迫害」の概念を狭く解釈していることも一因と橋本氏は言う。

「迫害の “恐れ” がどの程度あれば難民とみなすのか。日本は他国と比べると、その要求水準が高く、悪い意味で完ぺき主義だと言えます。命からがら逃れてきた人にとって、迫害に関する客観的な証拠をそろえるのは至難の業です」

「難民認定は、過去に迫害を受けたかだけでなく、将来、どの程度迫害の対象になるかを予想することです。民事裁判、刑事裁判とは全く違う基準、考え方が求められるのです。また、移住労働者として経済に貢献できるかなどの短期的実利ではなく、日本が人道的な国という国際的評価を得られるか、中長期的な国益を俯瞰した戦略的判断が必要です」

「日本には、良しにつけ悪しきにつけ、外交政策としての難民保護という考え方が(インドシナ難民を除いては)ほとんどありません。移民にせよ難民にせよ、基本的に外国人を受け入れることが政策カードの一つになっていない。単一民族的国家だという強い思い込みが残っていることも、背景にあるかもしれません」

EUの認定基準を参考に

2021年に政府が国会に提出した入管法改正案は、野党や国内外から強い批判を浴び、廃案となった。中でも、3回目以降の申請で送還停止効を解除する点が難民条約の「ノン・ルフールマン原則」に反し、「人権侵害」だと問題視された。入管施設に収容中のスリランカ人女性が亡くなったことも、審理の逆風になった。

岸田政権は、ウクライナ避難民などを「準難民」(補完的保護)として扱う制度を全面に押し出して、改正案を今秋にも再提出予定だ。

「補完的保護という単語は、昨年の改正案にもありました。ただ、『難民条約上の5つの要件に当てはまらないが迫害の恐れのある人』を対象としているので、今のように迫害の恐れの解釈が狭いままでは、保護対象者は増えないでしょう。EUの補完的保護を参考に、『無差別武力紛争を逃れてきた人』や『拷問の恐れがある人』と明記すべきと考えます」

「EU諸国は伝統的には移民国家ではなく、国民国家体制に基づき、国の中の一体性を重視、福祉国家であるという点で、日本と似ています。同時に、多国間協議を経て難民認定基準を標準化しようとしています。参考に値する制度だと思っています」

申請3回目以降は送還可能とする措置に関しては、確かに全く同じ主張で何度も申請できることは制度的におかしいとしつつ、難民認定基準の見直しとセットで行わなければ、真の難民を死に追いやる危険が生じてしまうと言う。

「難民条約の趣旨にのっとり、日本社会にとって安全な人は、迅速に、寛容に、人道的に、1回目の申請で幅広く保護する。そのうえで、どう考えても難民の定義に当てはまらず、日本に家族がいるなどの人道的理由もなく、母国で迫害や拷問の恐れがない人には速やかに、できれば自発的に帰国してもらう、もっとメリハリの効いた庇護政策を目指すべきです」

橋本氏は、送還停止効のもう一つの例外規定案に関しても注意喚起する。昨年の改正案には、仮に難民(申請者)が、受け入れ国の安全にとって危険な存在になった場合、ノン・ルフールマン原則は解除されるという難民条約の条文にのっとり、その要件が列挙してあった。

「例えば、日本で反社会的な集団とみなされている団体を、そうとは知らずに手助けしてしまった場合でも、送還停止効解除の可能性があります。チラシの中身を理解していないのに頼まれて配ってしまった、あるいは、相手がテロリストと知らずに通訳のアルバイトをしてしまった、そのような行為をした疑いがあるだけで、送還・追放の対象になり得る条文案でした。これでは『危険』とみなす範囲が、あまりにも広すぎます」

誰を危険とみなすか、どの程度の「迫害の恐れ」との比較衡量(ひかくこうりょう)が妥当か。母国で拷問される危険があるので送還できないが、受け入れ社会にとって「危険」である人をどう扱うか。その基準は諸外国でもばらばらで、世界的な難民法学者たちも頭を抱えている超難問だと言う。

「日本ではまだ “危険” な難民・難民申請者は存在していないはずですが、例えば自分や家族がもし被害を被ったら、と自分事として考えておくべき問題です。昨年の法案では範囲が広すぎますが、公平かつ有効な対案を作るのは至難の業です」

最終権限を持つ第三者機関の創設

法務大臣の自由裁量となる「在留特別許可」(在特)の在り方も、検討が必要だ。

「例えば、日本に家族がいるから特別に在留を許可するというのは、母国での迫害の恐れとは無関係なので、難民認定作業とは切り離した別枠での人道的配慮が必要です。補完的保護に無差別暴力と拷問からの避難民を含めた上で、条約難民認定、補完的保護、人道的配慮に基づく在留特別許可の3つのカテゴリーを整理する。同時に、今後も『顔の見える国際協力』を推進するなら、日本に協力した(元)現地職員と家族の退避制度も整備すべきです」 

日本では、入管が警察・検察・司法の三役を担っていることや、在特の基準が不透明であることが批判されている。

法務大臣は、「難民審査参与員」のヒアリングと意見書を参考にして、難民不認定者からの異議に対する判断を下すことになっている。参与員は、法律または国際情勢に関する学識経験者から選ばれる。橋本氏もその一員だが、参与員全員が難民法や認定手続きに詳しい専門家とは限らない。さらに、参与員の意見書が法務大臣による判断を拘束するわけでもない。

「日本には難民政策に限らず、独立した第三者機関がほとんどないことを考えると、すぐに実現するのは難しいでしょう。でも、少数精鋭の難民・庇護政策の専門家委員会が準司法的な最終決定権限を持った形で、フルタイムで従事することが理想です」

「第三国定住」の再開・拡充を

ウクライナ避難民の受け入れは、今後の難民政策の「先例」ではなく「特例」で終わってしまうのではないかと、橋本氏は危惧している。「間口の広い補完的保護が実現することを望みます。出身国によって扱いが異なるのは人種差別との批判を免れないでしょう」

すぐに難民政策を大きく変えることが難しいとするならば、いま日本ができることは何か。

「既に2010年から実施している第三国定住(難民キャンプ等で一時的な庇護を受けた難民を、当初庇護を求めた国から新たに受け入れに合意した第三国へ移動させること)を拡充していくことです。すでにUNHCRのスクリーニングを経て、日本政府が事前に面接し、審査を通った人たちです」

「政府は、2020年から、アジア地域に滞在する難民を毎年60人受け入れるという閣議了解を出しましたが、コロナ禍でストップしています。ウクライナ避難民を受け入れられるなら、その人たちも受け入れられるはずです。早く再開し、もっと数を増やすべきです。例えば、2010年から19年にかけて、ミャンマー難民を計194人しか第三国定住で受け入れていない。欧州の小国でも年間数千人程度は受け入れているのです。世界的に見て、受け入れ枠が質量ともに貧弱すぎます」

「人道主義に基づく難民受け入れと、長期的な国益は相反するものではありません。日本はまだそのことを十分認識できていません。外交戦略としての難民受け入れ政策という大きなビジョンが欠けていると言えます」

バナー:羽田空港に到着したウクライナ避難民=2022年4月5日(AFP=時事)

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