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東出昌大「不器用だから、その人になるしかない」 映画『とべない風船』で西日本豪雨被災地のその後に向き合う

Cinema

主役または主役級の出演作が続く東出昌大。2023年の最初を飾る『とべない風船』(宮川博至監督)は、5年前の豪雨災害を背景に、大切な人を失う痛みと、それを癒す心の交流を描く。不愛想で陰のある謎めいた主人公を、東出が気迫に満ちた演技で体現している。作品への思いや役作りについて聞いた。

東出 昌大 HIGASHIDE Masahiro

1988年生まれ、埼玉県出身。『桐島、部活やめるってよ』(12/吉田大八監督)で俳優デビューし、第36回日本アカデミー賞新人俳優賞などに輝く。主な出演映画に、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品の『寝ても覚めても』(18/濱口竜介監督)、『コンフィデンスマンJP』シリーズ(19~22/田中亮監督)、第77回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞作『スパイの妻』(20/黒沢清監督)など。23年には『Winny』(松本優作監督)、『福田村事件(仮)』(森達也監督)が公開予定。

『とべない風船』は、2018年6月末からおよそ1カ月にわたり西日本に甚大な被害を及ぼした集中豪雨を背景とする物語。同年に中編映画『テロルンとルンルン』で海外からも注目を集めた宮川博至監督の長編デビュー作だ。地元・広島出身の監督が強い決意でこのテーマに臨み、自ら脚本を手がけた。

瀬戸内海の美しい自然が心の痛み和らげる ©buzzCrow Inc.
瀬戸内海の美しい自然が心の痛みを和らげる ©buzzCrow Inc.

舞台は瀬戸内海の小さな島。凛子(三浦透子)が島に暮らす父・繁三(小林薫)を訪ねてやってきた。島を訪れるのは初めてだ。というのも繁三は長年務めた教師の仕事を辞めた後に、妻と二人で島へ移住してきたのだった。妻・さわ(原日出子)は数年前に亡くなっていた。

疎遠になっていた父を訪ね、初めて島にやってきた凛子(三浦透子)©buzzCrow Inc.
疎遠になっていた父を訪ね、初めて島にやってきた凛子(三浦透子)©buzzCrow Inc.

凛子も父と同じく教員になったものの、続けることができず、派遣の仕事に転職してしまった。島を訪れようと決めたのは、その契約が切れたタイミングだった。教職に復帰すべきか否か、滞在中に自分の人生を見つめ直そうとしていた。

父と娘の間に会話は少なく、互いに本心を明かさずにきた。凛子が晩年の母について意外な事実を聞かされたのは、島の居酒屋の女将マキ(浅田美代子)からだ。そこは繁三とさわの行きつけで、地元の漁師たちも酒を酌み交わす店だった。漁師の中には、家の近所に住む憲二(東出昌大)がいた。不愛想で陰があり、繁三も彼についてくわしく語りたがらない。ある晩、島に起こった事件をきっかけに、凛子は少しずつ憲二の過去を知るようになる。

あまり多くを語り合うことのない父・繁三(小林薫)と凛子 ©buzzCrow Inc.
あまり多くを語り合うことのない父・繁三(小林薫)と凛子 ©buzzCrow Inc.

脚本の背景を探る

主演はここ数年、主役や準主役級での映画出演が相次ぐ東出昌大。江戸幕府15代将軍・徳川慶喜(『峠 最後のサムライ』)や詩人・三好達治(『天上の花』)といった歴史上の人物から、近い過去に実在したプログラマーの金子勇(『Winny』)、フィクションとして描かれたボクサー(『BLUE/ブルー』)や精神を病んだ夫(『草の響き』)、美術制作会社の社員(『ボクたちはみんな大人になれなかった』)まで、幅広い役柄に挑んでいる。さまざまな人物を次から次へと演じ分ける東出に、その心構えを尋ねてみた。

「まず大事なのは、監督の呼吸に合わせること。どんなものを撮ろうとしているのかを探って、その一番よい材料に自分がなるにはどうすればよいかを考えるんです。そこから、その人物に“なる”ことに重きを置いて役作りをしていきます」

オファーを受けてから監督の過去の作品を一通り観ておくのはもちろんだが、必ずしも本人が過去の作風を踏襲するとは限らない。できれば毎回、撮影に入る前に、監督と膝を突き合わせ、脚本の背景や人物の感情について話を聞く機会を持ちたいのだという。

「今回はそれがしっかりできました。宮川監督と長い時間をかけて食事をして、お酒を飲みながら、ポツリポツリと語ってくださった言葉を頭に入れておきました」

印象に残ったのは、監督が若い時に事故で親友を亡くしていたことだった。夢で親友が元気な姿で帰ってきたのを見て、泣きながら目覚めた経験を聞かされた。

「大切な人を亡くすという、自分の人生に起きたつらい出来事をもう一度掘り起こして脚本を書く。それを映像化して、人の心を揺さぶるものを届けようとする。その執念というか、覚悟を知ることができた気がしました。なるほどそれでこんな言葉があるのかと。セリフ一言ひとことに厚みが生まれるんです。そういうことを知るのが、役作りにおいて非常に大事だなと思います」

不愛想だが子どもたちに慕われる憲二(東出昌大)©buzzCrow Inc.
不愛想だが子どもたちに慕われる憲二(東出昌大)©buzzCrow Inc.

初めて訪れた瀬戸内で、監督や共演者と時間を共にしながら、撮影前の数日間を過ごした。陽光の中で釣り糸を垂らし、漁船に乗って網を上げ、地元の漁師や西日本豪雨の被災者に話を聞いた。

「実際に豪雨災害に遭って、家が流されそうになった方のお話をうかがいました。あたり一面がダムのように冠水し、堰(せき)が決壊しそうになっているのに、必死になって人を探し続けたそうです。正常性バイアスが働いて、危険が迫っても大丈夫な気がしてしまうんですね。あの時の自分は異常だった、と振り返っておられた。やっぱり経験された方の言葉は重かったです」

生の根源に向き合う

東出自身、フィリピンや東北でボランティアを経験している。フィリピンでは、首都マニラ北部の巨大なゴミ廃棄場があった貧困地区、通称「スモーキーマウンテン」を訪れた。ドキュメンタリー映画『神の子たち』(四ノ宮浩監督)を観て触発されたという。

「当時は専門学校でジュエリーの勉強をしていて。自由課題としてウェブサイトを立ち上げてジュエリーを売ったんです。収益を自分の懐に入れるわけにはいかず、寄付する先を探しているところでした。映画を観て、四ノ宮監督に連絡したら、募金もいいけど、とりあえず一緒に行こうと誘われて、それで一歩踏み出せたんです」

東日本大地震の被災地には、ボランティアの波が一段落した頃に訪れ、アルバムの整理や土砂掻きを手伝った。

「まあ、学生って暇なので(笑)。人のために何かしたいというのもありましたけど、学生のノリで、みんなで行こうやって感じだったと思います」

こうした自分のプライベートの経験が演技に生きているとはあまり言いたくないのだという。安易に「被災者の気持ちに寄り添う」といった言葉を口にすることもない。

「こういう映画って、誰かの悪い記憶を呼び起こすことにもなり得ますよね。だから、被災した方々全員に観ていただきたいとは、恐れ多くも言えないです。人を救うこともあれば、傷つけることもあるのが映画だと思うので。ただ、中途半端なものは作っていないつもりです。家や家族を失うというテーマに本気で向き合って作ろうと思いました」

凛子は憲二から思いもよらぬ話を聞かされる ©buzzCrow Inc.
凛子は憲二から思いもよらぬ話を聞かされる ©buzzCrow Inc.

東出が演じた憲二という人物は、心に傷を負いながら、ある人の言葉で救われる。その恩義を決して忘れることなく、人々に返していくことで日々を慎ましく生きる男だ。

「この物語には、生きるとは、生き続けるとはという、根源的なテーマがあると思うんです。僕の役は絶望に打ちひしがれて、自死を考えることもあり得る人でした。でもある一言で生きる決意をするし、新しい出会いでまた一皮むける。そういう絶望の奥にある素晴らしい何かを、この映画で見せられたらと思いました」

娘は父にようやく素直に悩みを打ち明ける ©buzzCrow Inc.
娘は父にようやく素直に悩みを打ち明ける ©buzzCrow Inc.

役者として生きる覚悟

そんな主人公の実直さは、演技に器用さを求めたくないという東出自身の姿勢とも重なってくる。

「器用さというのは、錆(さび)とか澱(おり)のようなものではないかなと。もともと自分は不器用だと思うんですけど、言われたことを表面的にパッと、それっぽく見えるようにはやりたくないんです。芝居とはいえ、やっぱりある程度、役に入り込まないと僕にはできない。特に今回のような人間を深く描いた役には、魂で向き合わなければと思うので。そうすると、その人物になるしかないんです」

映画『とべない風船』で主人公の漁師を演じる東出昌大 ©buzzCrow Inc.
映画『とべない風船』 ©buzzCrow Inc.

それはつまり、1つの役を演じるたびに、映画に描かれた苛烈な人生の瞬間を生きる、その繰り返しだということになる。

「役に入ったら、なかなか平常心は保てなくなっていきます。精神的な浮き沈みだって避けられない。作品によってはしんどさもありますが、仕事柄しょうがないんだと思います。役者はみんな、自分の肉を切り取るようにして、身を削って作品に注いでいますから。だからこそ日常は平穏に、のほほんと暮らして、また気力を満たして作品に向かいたいなと」

俳優デビューして10年が過ぎた。30代半ばに差しかかり、これからどんな境地をめざすのか。

「いや特には...(笑)。ぼちぼち生きていればいいかなと思ってます。人に悪意を向けず、愚痴も言わず、噂話もせず...。そういう人間になりたいなって。そんなことを思い、人って何だろうと考えながら日常を過ごして...、芝居の依頼が来たら全力でワーッとやる。そんな風にシンプルに生きています」

インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©buzzCrow Inc.
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作品情報

  • 監督・脚本:宮川 博至
  • 出演:東出 昌大 三浦 透子 小林 薫 浅田 美代子
    原 日出子 堀部 圭亮 笠原 秀幸 有香 中川 晴樹 柿 辰丸 根矢 涼香 遠山 雄 なかむら さち
  • 製作年:2022年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:100分
  • 配給:マジックアワー
  • 公式サイト:https://tobenaifusen.com/
  • 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺、MOVIX 昭島ほか全国公開中

予告編

映画 豪雨 家族・家庭 俳優 瀬戸内海