今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:4月28日

平安京で「応天門の変」が発生

866(貞観8年閏3月10日) 平安京大内裏の応天門が放火により焼失。放火をした大納言伴善男(とものよしお)が源信(みなもとのまこと)を犯人と偽証して陥れようとしたが、それを利用して天皇の外祖父藤原良房が伴氏一族を没落させ、覇権を確立した。「日本四大絵巻」の一つ『伴大納言絵詞』に、この事件「応天門の変」が画題に採られている。絵巻の上巻第一段には、応天門の火災を聞いて駆け付ける検非違使(けびいし)一行から始まり、風下の朱雀門から、炎につつまれる応天門に殺到するやじ馬が描かれた。

その他の出来事

江戸幕府が幕臣を鍛える「講武所」開校

1856(安政3年3月24日) ペリー来航後の政情不安を受けて老中阿部正弘の命により、江戸幕府が講武所を開校。旗本・御家人やその子弟に剣術、槍術(そうじゅつ)、砲術などを学ばせ士気を高揚させるために、武芸訓練施設として設置した。開設した場所は築地。後に幕府の海軍操練所が築地に開設されることになり、東京・神田小川町(現神田三崎町)に移転した。       

「当用漢字」の字体表を発表

1949(昭和24)年 内閣が当用漢字1850字の字体を規定する「当用漢字字体表」を発表。当用漢字は日常生活に使う漢字を1850字に制限して46(昭和21)年に発表。日常生活の使用例として法令、公用文書、新聞、雑誌などを挙げた。しかし、活字で異体字など字体の異なるものが使われたため、活字の元となる字体を統一し内閣告示として発表した。しかし、制限色の強い当用漢字は使いにくいので、81(昭和56)年10月「常用漢字」が告示され、当用漢字は廃止された。

サンフランシスコ平和条約と日米安保条約が発効

1952(昭和27)年 第2次世界大戦の戦争状態を終結し国交を回復するため、日本と、米、英など連合国48カ国との間で前年9月8日に結ばれた平和条約が発効。調印式が行われた地名を冠して「サンフランシスコ平和条約」とも呼ばれる。これにより連合国による占領は終わり、日本は主権を回復した。同条約と同じ日に調印された日米安全保障条約もこの日発効し、米軍の駐留が認められた。当時の日本には、ソ連(現ロシア)なども含む「全面講和」を主張する勢力もあり、同平和条約締結を、米国が率いる自由主義陣営との「単独講和」であるとして批判した。

「日華平和条約」を締結 72年失効

1952(昭和27)年 台湾の中華民国(台北政府)との間で「日華平和条約」を締結。日本と中華民国との間の戦争状態終了、関係再開などを取り決めた。中国を正統に代表する政府は、蔣介石総統が率いる台北政府である、との立場をとる米国の意向を受けて、サンフランシスコ平和条約の発効に合わせて台北で調印した。これにより、文化交流や貿易が活発化した。しかし、72(昭和47)年9月 29日に署名された「日中共同声明」により、中国(中華人民共和国)との国交が樹立され、政府はこの条約の消滅を宣言した。

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