今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:8月2日

アムステルダム五輪で織田が日本初の金、人見決死の銀

1928(昭和3)年 アムステルダム五輪で、織田幹雄が三段跳び決勝で15メートル21を出して優勝し、日本人で初めて金メダルに輝いた。同日行われた陸上女子800メートル決勝で人見絹枝が2分17秒6で2位となり、銀メダルを獲得。日本女子で初めて五輪に出場し、初のメダリストになった。人見は7月30日、これ一本に集中していた100メートルの準決勝で4位に終わり、決勝に進めなかった。800メートルは初のレース参加だったが、「手ぶらでは帰国できない」という思いだけで走った。

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湾岸戦争勃発 日本、国際貢献再考の契機に

1990(平成2)年 イラクがクウェートに軍事侵攻をして湾岸戦争が始まった。米国を中心とする多国籍軍に日本は総額130億ドルの資金支援を実行。しかし、欧米からは経済的な支援しかできない日本の「国際貢献」に批判が浴びせられた。政府は一部野党の反対を押し切り、92(同4)年には国際平和協力法を成立させ、自衛隊の国連平和維持活動(PKO)参加に道を開いた。

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その他の出来事

江戸幕府、「大鑑には日の丸を」指示

1854年(嘉永7年7月9日) 江戸幕府が日の丸を「日本国総船印」と決めた。幕末になり、日本でも幕府や各藩が大型船を造ったり、洋式船を買い込んだりして使うようになると、外国船のように日本も船印が必要となった。幕府は次のように指示した。「これからは日本の総船印として日の丸の旗を艫綱(ともづな)へ掲げよ。幕府の軍艦は中黒の細い旗を中帆の柱へ掲げる。諸大名家においても大艦(洋式艦)が完成次第、家ごとの船印を決め申請せよ」

勧銀、農業振興の金融機関として開業

1897(明治30)年 日本勧業銀行(第一勧業銀行を経て現みずほ銀行)が永代橋際の旧日本銀行跡に開業。設置法に基づく特殊銀行で、略称「勧銀」。農工業向け長期資金を低利で融資することを業務の柱に据えた。その後、工業向け長期融資を担う日本興業銀行ができたため、勧銀は地方公共団体向けに耕地・農道・水路整備、土地改良などの資金を供給。大正期にかけて市街地不動産金融にも進出した。資金は主に債券で調達。宝くじ事業を受託し、みずほ銀行に引き継がれている。

「フジヤマのトビウオ」古橋氏死去 戦後日本に光

2009(平成21)年 競泳自由形のチャンピオンで、敗戦後の日本に希望を与えた古橋広之進氏が死去。国際水泳連盟副会長として出張中のイタリアでの客死だった。80歳。1948(昭和23)年に戦後初の五輪がロンドンで開催。国際水連未加盟の日本は参加できず、五輪と同じ日程で日本選手権を実施した。古橋氏は自由形400メートルで米選手を抜き、同1500メートルも優勝者の記録を上回る。もし、出場していれば世界新記録で金メダル2個を獲得していた。翌49(同24)年には全米選手権に出場し、400、800、1500で世界新を連発。米紙は「フジヤマのトビウオ」とたたえた。

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