作曲家チャド・キャノン:音楽で日本と世界をつなぐ

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『ホビット』3部作、『ペット』『ゴジラ』 などの映画音楽を手掛けてきた作曲家のチャド・キャノンは、自らの音楽キャリアに大きな影響を与えた日本との絆を大切にしている。来日を控えたキャノンに話を聞いた。

4月末に上映される『The Dreams of a Sleeping World』の予告編

チャド・キャノンは、30代前半にして既に作曲家として確固たる経歴を築いている。米ユタ州ソルトレイクシティ出身、ロサンゼルス在住で、『ホビット』3部作から『ゴジラ』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVol.2』まで、さまざまなハリウッド大作映画の音楽を手掛けてきた。 

キャノンは、日本との強い絆を育んできた。初来日して以来、沖縄をはじめとする日本の伝統音楽を学び、東日本大震災のチャリティーイベントで演奏し、原爆被爆者の森重昭に関するドキュメンタリー映画『Paper Lantern(灯籠流し)』の音楽を作曲した。日本を代表する作曲家、久石譲の作品の編曲も担当している。

キャノンが言うように「日本とは切っても切れない縁がある」ようだ。

運命的な出会い

キャノンが初めて来日したのは、2006年のことだ。当時、ハーバード大学で作曲の勉強をしていた彼は、敬けんなモルモン教信者でもあった。そして日本に宣教師として派遣されたのだ。

「当時はアジアの文化について何も知りませんでした」とキャノンは振り返る。「日本と中国の違いすら知らなかったくらいです」

鹿児島県にある西郷隆盛の墓の前でバイオリンを抱きかかえるチャド・キャノン=2007年(チャド・キャノン提供)
鹿児島県にある西郷隆盛の墓の前でバイオリンを抱きかかえるチャド・キャノン=2007年(チャド・キャノン提供)

そんなキャノンだったが、鹿児島に着くとすぐに日本の歴史に魅了された。特に興味を持ったのが、「ラスト・サムライ」と呼ばれる西郷隆盛が生まれた九州の歴史だ。鹿児島にいる間、教会に行く道すがらよく西郷の墓の前を通った。またその後に派遣された沖縄では、初めて日本の伝統音楽と出会った。

「那覇の電車で三線(さんしん)音楽がよく流れていたんです。何て興味深い音階や歌い方なんだろうと思い、もっと深く知りたくなりました」 

ハーバード大学に戻った後、キャノンは研究目的で再び沖縄を訪れた。三線の弾き方を学んだり、沖縄県立芸術大学で歌三線の第一人者である比嘉康春(ひが・やすはる)をはじめとする一流の奏者たちの素晴らしい演奏を聞いたりしたことは、キャノンにとって忘れ難い体験となった。

「米国に帰国して1年たっても三線の音楽が頭から離れませんでした」

五嶋姉弟、久石譲との交流

2年間の布教活動の後に帰国したキャノンは、日本語を学ぶためにハーバード大学の語学講座も受講した。そこで知り合ったのが、世界的に有名なバイオリニストの五嶋龍だ。キャノンは卒業論文に沖縄の伝統音楽を選び、龍はその曲を演奏した。

2014年6月にバンコクで開催されたタイ国際作曲フェスティバルでのキャノン(左)と五嶋龍(中央)(アジア・アメリカ現代音楽協会提供)
2014年6月にバンコクで開催されたタイ国際作曲フェスティバルでのキャノン(左)と五嶋龍(中央)(アジア・アメリカ現代音楽協会提供)

その後間もなく、五嶋龍の異父姉で、著名なバイオリニストの五嶋みどりを紹介された。キャノンは、彼女が取り組んでいる慈善活動「ミュージック・シェアリング」の音楽ツアーに参加し、ミャンマーやバングラデシュ、ネパールなどアジアの国々を訪れるようになった。

このツアーは、「私のその後の音楽活動に関する考え方に大きな影響を与えました」と語る。「私はユタ州で恵まれた幼少時代を送りましたが、海外での活動経験を通じて、自分とは全く違う厳しい体験をしてきた人たちへの理解が深まりました」

五嶋みどりとの活動は、キャノンの人生にさらなる大きな転機をもたらした。『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』など、宮崎駿監督のアニメ映画で音楽を手掛けた有名な作曲家・久石譲との出会いだ。現在は、久石が関わるコンサートツアーやビデオゲーム、映画音楽の主な編曲者兼「オーケストレーター」を務めている。久石が作った楽曲を各地でのオーケストラ演奏に適した形にするのがオーケストレーターの仕事だ。

「久石先生の音楽から大きな影響を受けています」「とてつもない才能です。音楽を聞けば、それを作った人がどれほど深く物事を考えているかが分かります。久石先生の曲には深遠な奥深さが感じられます」

 キャノンがアレンジした曲は久石のワールドツアーでも使われ、今年後半にも新たなツアーが予定されている。

(右から)チャド・キャノン、久石譲、久石の娘で歌手の藤澤麻衣=2007年、パリ(チャド・キャノン提供)
(右から)チャド・キャノン、久石譲、久石の娘で歌手の藤澤麻衣=2007年、パリ(チャド・キャノン提供)

『Paper Lanterns(灯篭流し)』

久石と共に仕事を始めた頃、キャノンは広島原爆被爆者の森重昭を描いたドキュメンタリー作品Paper Lantern(灯籠流し)』の曲作りにも携わっていた。森重昭は終戦後、40年以上にわたり、広島の原爆で死亡した12人の米兵捕虜の遺族を探し続けた。映画にはその長年に及ぶ活動が記録されている。森は最終的に犠牲者全員の遺族を見つけ出した。2016年、現職の米大統領として初めて広島を訪問したバラク・オバマと森が抱擁を交わした写真は人々を感動に包んだ。

『Paper Lanterns』のサウンドトラック制作では、自分が日本で受けた音楽的影響や培ってきたスキル全てを注ぎ込み、尺八、琴、太鼓などさまざまな伝統楽器を駆使した曲を完成させた。「私が日本で受けた影響が最もよく表れている曲だと思います」

広島で被爆者の森重昭と対面したキャノンとアジア・アメリカ現代音楽協会(AANMI)のメンバーたち(AANMI提供、ベネディクト・シュルテ氏撮影)
広島で被爆者の森重昭と対面したキャノンとアジア・アメリカ現代音楽協会(AANMI)のメンバーたち(AANMI提供、ベネディクト・シュルテ氏撮影)

大岩オスカールから得たインスピレーション

2017年、キャノンはこれまでで最も野心的なプロジェクトに着手した。日系ブラジル人アーティスト・大岩オスカールが描いた10枚の絵それぞれに曲をつけたオーケストラと合唱の1時間に及ぶ組曲だ。北京での個展で一緒に仕事をしたことがきっかけで大岩の絵にインスピレーションを受け、取り組んだ作品だと言う。

この『The Dreams of a Sleeping World』と名付けられたキャノンの組曲プロジェクトにも日本が関係している。例えば10枚のうちの1枚、『Accident』は、2011年3月11日に福島を襲った大災害を描いたもの。絵に合わせた曲に、福島出身の詩人・和合亮一の詩を効果的に使っている。

「彼の詩には、『福島という言葉の意味が変わってしまい、人々は今後、福島と聞くと放射能や悲劇を連想するだろう』と書かれています」とキャノンは述べる。「この曲では『Fukushima』という言葉が大きな意味を持っていて、最後の合唱では『Fukushima、Fukushima』と繰り返しています」

『Flower Garden (Hiroshima)』も日本で起きたもう一つの悲劇がテーマだが、この曲には希望が込められている。

「オスカールの絵には、広島の過去だけでなく、現在の美しい姿も描かれています。『Hiroshima』と聞くと原爆を連想しますが、広島には素晴らしい歴史と美しさがあります。私が伝えたかったのは、福島や広島は、単にニュースで報じられる情報よりも、もっと大切な価値のある土地だということです」

大岩の映像、チベット、ネパール、ベトナム、米国など各国の詩、オーケストラの演奏や合唱とハリウッド・スタジオ・シンフォニーによる演奏を組み合わせた交響曲『The Dreams of a Sleeping World』は、4月末に日本各地で上映される(詳細下記参照)。

金沢21世紀美術館の大岩オスカールの個展『光をめざす旅』(会期:4月27日~8月25日)でもキャノンの曲が一部演奏される予定だ。

音楽界のドナルド・キーンに

キャノンが理想として目指しているのは、作曲家としての成功ばかりではない。特に尊敬しているのは、日本と英語圏の懸け橋として数十年にわたって多大な貢献を果たし、今年2月に96歳で亡くなった学者、作家そして翻訳家でもあるドナルド・キーンだと言う

「ドナルドが文学を通して成し遂げたことを、私は音楽を通して実現したいと思っています」

キャノンは、東北の被災地でボランティア活動を行い、五嶋みどりや自らが立ち上げたアジア・アメリカ現代音楽協会(AANMI)との日本ツアーを通じて、さまざまな文化を融合させた新たな楽曲を作り続けている。他にも多くの音楽ツアーを行い、京都では毎年恒例となった学生や音楽家を対象にした音楽ワークショップを実施する予定だ。この若き作曲家と日本との絆は、これからも一層深まっていくだろう。

AANMIメンバーと門川大作京都市長(中央)=2018年6月、二条城(AANMI提供、ベネディクト・シュルテ氏撮影)
AANMIメンバーと門川大作京都市長(中央)=2018年6月、二条城(AANMI提供、ベネディクト・シュルテ氏撮影)

2019年の日本でのイベントスケジュール

  • 4月22日午後7~9時:松島詩子記念館(山口県柳井市) 
  • 4月23日午後7~9時:末日聖徒イエス・キリスト教会(福岡市)
  • 4月24日午後2~4時:京都国立博物館(スペシャルゲストの小杉紗代が楽曲制作として参加した京都の紅葉の映像作品が一部上映される)
  • 4月27日午後5~7時:金沢21世紀美術館(スペシャルゲスト:大岩オスカール) 
  • 4月28日午後3~5時:東京国立近代美術館(スペシャルゲスト:大岩オスカール、小杉紗代) 

注:イベント入場料無料(ただし京都と東京は博物館入場料が必要)

原文英語。

バナー写真:グラミー賞受賞経験のあるエンジニアのマシュー・スナイダー、古箏(こそう)奏者の向新梅(Cynthia Hsiang)と共に映画音楽の制作に取り組んでいるチャド・キャノン(撮影= Braulio Lin)

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