古舘伊知郎「トークでブルースを奏でたい」

エンタメ

古舘伊知郎とは何者か。1つの肩書きで言い表すのは難しい。活動が多岐にわたるからだけでなく、「しゃべりのプロ」として唯一無二の技を極め、他に類を見ない地位を築いてきたからだ。ライフワークと位置付けるライブイベント「トーキングブルース」の開催を機に、本人に話を聞いた。

古舘 伊知郎 FURUTACHI Ichirō

1954年、東京都生まれ。立教大学経済学部卒。77年、テレビ朝日入社。プロレスの実況で人気アナウンサーに。84年に独立。F1グランプリの実況や数々の番組司会で活躍。94~96年、「NHK紅白歌合戦」の白組司会を担当。2004年からニュース番組「報道ステーション」のメインキャスターを務める。15年に同番組を降板して以後はバラエティー番組に多く出演。19年、立教大学客員教授に就任。20年、YouTubeに「古舘伊知郎チャンネル」を開設、25年12月1日時点で登録者数62.6万人。

マイク1本で2時間のトークライブ

古舘のアイデンティティーを凝縮した「トーキングブルース」。2時間ノンストップのワンマン・トークライブだ。黒一色の空間・衣装にピンスポットの照明、マイク1本でひたすらしゃべり続けるストロングスタイルを貫く。

落語や講談といった伝統話芸とは違うし、漫談やスタンダップコメディーなどの演芸とも微妙に異なる。笑いは重要な要素だがメインではない。ポイントになるのは「ブルース」という言葉だ。それをこれから明らかにしていこう。

古舘伊知郎トーキングブルース2024(2024年12月、EXシアター六本木) © 2025 FURUTACHI PROJECT Co.,Ltd.
古舘伊知郎トーキングブルース2024(2024年12月、EXシアター六本木) © 2025 FURUTACHI PROJECT Co.,Ltd.

始まりは1988年。企画とネーミングの生みの親は、独立して構えた事務所「古舘プロジェクト」の社長だった佐藤孝氏(現会長)によるものだ。

「テレビは売れる売れない、はやりすたりの世界。それに翻弄されても仕方がないから、何か軸を持たなきゃと。トークライブという形なら、マイク1本さえあれば、“面白うてやがて悲しき”人間存在の営みを話せるんじゃないか。そういうアイデアから始まりました」

以後16年にわたり毎年開催してきたが、ニュース番組「報道ステーション」のメインキャスターに就任した2004年からは休止し、14年に一夜限りで復活させた後、コロナ禍の20年8月に無観客で再開して現在に至る。21年には初めて舞台を東京から全国10都市に拡大。今年も12月7日に初日の東京公演を終え、来年3月まで全国を回る。

今回のテーマは「2025」。この1年の出来事を振り返り、マシンガントークで世相を斬っていく。

インタビューは10月末。この時点では、まだ何を話すかは大まかにしか決めていないと言っていた。

「当日までに何か起これば差し替えることもあります。全体的に言おうと思っているのは、今年起きたことを人はどれほど忘れているか。遊び気分でその答え合わせをして、何がほの見えてくるのかなと」

生成AIの登場で諦める“生生発展”

その中でメイントピックの1つになりそうなのは「政局」だという。10月の自民党総裁選で高市早苗氏が選出されると、首相に就任するまでの2週間あまりにわたって、メディアは連日、可能性のある連立の組み合わせをあれこれ予想した。

「新聞やテレビの視点は、どうしても自民党を軸にどこが連立するか。自分もテレビに長くいたから自戒を込めて言いますけど、それってオールドメディアの固定観念ですよね。いまや日本もヨーロッパのように多党制の時代に入った。大転換期ですよ」

思えば米国に第2次トランプ政権が誕生したのも今年だった。

「政治のありようを変える風が世界中に吹き荒れている。世界がグローバリズムに舵(かじ)を切って何年もたち、そのひずみがはっきり見えてきた。一部の富裕層が大もうけをして、中間層がぶち壊される現実。軸がなくなって何を信じていいか分からない、予測不能な液状化の時代だなと」

そんな不確実な時代に現れ、人と社会を大きく変えつつあるのが生成AI。これも今年のトークの柱になりそうだ。

「AIのことは素人ですから専門的な話をするつもりはないけど、現生人類20万年の歴史で初めてですよ。自分たちより頭のいいヤツが登場したのは。“万物の長”だという自負があったからこそ、人類は“生生発展”(発展が発展を生み向上を続けること)すべきだと考えてきた。そのくびきから逃れられずに、金もうけをして格差を生んできた。でも、それを諦められる時代に来ている。AIの手のひらで転がされて、怠け者になっていいんじゃないかと。ここで蓮舫(現・立憲民主党)を初めて評価したい。“2位じゃダメなんですか?”」

テレビ全盛期の仰天エピソード

開始から38年目を迎えても、「トークでブルースを奏でられる」境地には達していないという。

「まだまだ目の前のお客さんのウケを狙ってしまう。いやそうじゃないでしょ、お笑いライブじゃないんだから。でも重くなるのも良くないな……とか、いつも右往左往している。いつまでたっても完成形にならない。だからずっと続けるモチベーションがあるんですけどね」

古舘伊知郎 トーキングブルース2024(2024年12月、EXシアター六本木)© 2025 FURUTACHI PROJECT Co.,Ltd.
古舘伊知郎 トーキングブルース2024(2024年12月、EXシアター六本木)© 2025 FURUTACHI PROJECT Co.,Ltd.

第1回のキャッチコピーは、「言葉を持った時、人間に悲しみが生まれた」。これは今に至るまで一貫したテーマだ。理想とする到達点について語りながら、時おり脱線してテレビ全盛期のエピソードが出てくるのも“古舘節”の真骨頂と言える。

「局アナ時代にアマゾン奥地の部族の取材に行かされて。こんな暮らしもあるのかと思い、酋長に聞いたんですよ。あなた方はどういう時に幸せを感じますかって。そうしたら『その質問には答えられない』と。幸せという概念を持ち合わせていないんですね。概念を持ち、言語化した瞬間に不幸という反意語も生まれる。『言葉を持った人間の悲しみ』とは、そういうことなんです」

真面目な話かと思えば、“部族”つながりで、フィリピン奥地で“首狩り族対抗ジャングルマラソン”を実況したという破天荒エピソードも飛び出す。そして、フリーになった翌年から司会を務め、古舘のキャリア形成を語る上で欠かせないのが、人気の歌番組「夜のヒットスタジオ」だ。

「今じゃ考えられませんよ。テレビが潤沢な予算を持ち、異常な演出をしつらえていた時代で。20羽の皇帝ペンギンを巨大な氷塊の上に放ち、その前で歌手が歌う。一方には菜の花畑が一面に広がるセット。そうかと思うと、ボクシングをするカンガルーを出演させたのはいいけど、動物プロダクションが搬出し忘れて、スタッフが子ども服を着せてタクシーに乗せ、家に連れ帰って一晩預かった、なんてこともあったんですから」

現場では、今なら即「パワハラ認定」されそうな罵声が飛び交っていた。

「生放送で進行は秒刻み、『曲が最後まで入らなかったら放送事故』と脅されながら本番をこなしていく。毎週、地獄の苦しみでしたね。司会の僕は、画面に映るタイムキーパー役でもあったんで。後に『紅白』の司会をやった時にその体内時計が生きました。いま思うとですが、やっぱり苦しい思いをするのが一番いいことなんですね」

お釈迦様の“推し活”と煩悩のはざま

「局アナ」、つまりサラリーマンからキャリアをスタートさせ、日本のテレビ界屈指のプレゼンターに上り詰めた古舘。しかし長年親しんできた仏教の教えを引いて、自分ひとりで成し遂げたことなど何もないと語る。

「しゃべりの素養はあったと思いたいですよね。でも世の中は “因果”と“縁起”で成り立っていて、自分がどういう人間かは、他者との関係や周りの評価が決めるもの。プロレスの実況で売れた、新しいスタイルを試したらハマった……、そういうことの連続でここまできたようなものです。『運も実力のうち』じゃなくて、『実力も運のうち』。すべてご縁で成り立っているんですよ」

“お釈迦様推し”を自任するだけあって、諸行無常の教えも身にしみついている。

「だって実際にわれわれは常に変化しているわけでしょ。不変なものなんてない。肉体も固定したものじゃなくて、細胞も血液も絶えず入れ替わっている。でも人は社会の中で、自分という設定を確立しないと生きていけないと思っている。みんな自分は不変だと思いたい。そういう多くの人が真実だと信じ込んでいるストーリーがきしんだところに、ブルースが生まれるのかなと思います。世の中が思い通りになるわけないじゃないですか。そういうところに苦しみや悲しみが生まれる」

唯一無二の話術の使い手であるのは誰の目にも明らかだが、“話芸”を確立したような顔は決してしない謙虚さ。その一方で、煩悩の塊のような内面を惜しまずさらけ出す人間味も古舘伊知郎の魅力だ。

「どのジャンルでもない。だから楽しい。でもオリジナルだという自負はないんですよ。確立して初めてオリジナルになるから。まだ途上で、苦しいけど面白い。死ぬまでやっていたい、しゃべりながら死にたいと思っている。何でそこまで執着できるかというと、腹立つんですよ。落語や講談は、様式があっていいよなと。本当は自分もそういう権威がほしいんでしょうね。情けないかな、見栄っ張りで。映画『国宝』を見て思いましたよ。“人間国宝”ってキャッチフレーズ(正式呼称は重要無形文化財保持者)じゃないですか。プロレスでいう “人間発電所ブルーノ・サンマルチノ”みたいなものでしょ?」

撮影:花井智子
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)

古舘伊知郎トーキングブルース「2025」

公演情報:

  • 2025年12月7日(日)東京・EX THEATER ROPPONGI【終了】
  • 2026年1月18日(日)福岡・Zepp Fukuoka【終了】
  • 2026年2月12日(木)愛知・Zepp Nagoya【終了】
  • 2026年3月7日(土) 大阪・Zepp Namba【終了】
  • 2026年3月20日(金・祝) 神奈川・KT Zepp Yokohama

主催/古舘プロジェクト
制作/テレビ朝日ミュージック
協力/MBSテレビ(大阪公演)
公式サイト:https://talkingblues.jp/

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