特集 「トランプの米国」と日本
トランプ政権下の米中関係の行方と日本の対中戦略

川島 真【Profile】

[2017.01.12] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

米オバマ政権での米中関係を検証し、「米国第一主義」を掲げる次期トランプ政権を視野に日本の今後の対中政策を考察する。

オバマ政権の対中政策「エンゲージ」と「ヘッジ」

ドナルド・トランプ政権発足を間近にして、その米中関係や日本の立ち位置が多く議論されている。だが、その際にはやはりバラク・オバマ政権の対中政策を振り返る必要がある。

2009年1月に発足したオバマ政権の対中政策は、基本的に「エンゲージ」と「ヘッジ」の組み合わせによって、中国を「責任ある大国」にしていこうとする姿勢で貫かれていた。それは必ずしも期待通りの成果をもたらしたとは言えない。何がエンゲージ(関与)で、何がヘッジ(防護)か、という点が中国側に理解され、共有されていたかも検証が必要だ。他方、時系列的な経緯を見れば、オバマ政権の前期と後期で対中政策は変化したし、幾つかの転換点があったことが見て取れる。

胡錦濤政権は中国重視の「G2論」を警戒

オバマ政権は成立当初、中国重視の姿勢であった。その背景には、2008年のリーマンショックにより米国経済が多くの課題を抱えることになり、中国に世界経済を支える一翼の担い手となることを期待していたこともある。この頃には、資源価格の高騰も相まって、国際社会では新興国の役割が重視され始めていた。

2009年11月、オバマ大統領が訪中したが、その際にオバマ大統領が「G2論」を提起するのではないかといわれていた。当時、「チャイメリカ(Chimerica)」という言葉に代表されるように、米中による世界的なレベルでの協調体制ができるのではないかとされていた。だが、当時の胡錦濤・温家宝政権は、このような米国の方向性をむしろ警戒したのだった。

一つには「発展途上国」である中国が、より多くの負担を負わされるのではないかという危惧、そしてそもそも胡錦濤政権が対外政策の面で次第に強硬な政策をとりながらも、依然として「韜光養晦(とうこうようかい)政策」(経済を重視し、協調外交を基調とする政策)を完全には放棄していなかったからかもしれない。実際会議の場でどのような話がなされたのかは分からない。だが、温家宝総理が明確に、中国はG2論を受け入れないと表明したことは明らかになっている。

中国は「核心的利益」重視へ

オバマ政権は「戦略的再保証(Strategic Reassurance)」という言葉を用いながら米中関係を再定義し、中国の台頭を容認しながらも、「グローバル・コモンズ」を認め合い、地球規模での安定と平和を共に目指そうとしたのだった。このジェームズ・スタインバーグ(オバマ第1次政権の国務副長官)が提案した方向性は、米中関係の強化だったはずだ。

だが、09年はまさに中国がまたその対外政策を調整し、主権や安全保障を経済と共に重視する方針へと転換した時であった。特に南シナ海問題や、劉暁波ノーベル賞受賞(10年)、そしてコペンハーゲンでのCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)などといった案件において、地域秩序、国際秩序に対する中国の挑戦的な姿勢が見られた。さらに南シナ海問題については、10年に入っても中国の強硬姿勢は変わらず、「核心的利益」(当時は決して交渉などで譲歩しない国家主権や安全保障上の利益を指していた)という表現を度々使うようになった。

このような中国側の姿勢もあって、オバマ政権は中国に対して再びG2を提起するような条件を見いだしにくくなっていったと言っていい。だが、それでも中国を「責任ある大国」として導く政策は変わらなかったし、エンゲージとヘッジの原則も継続されていたと見ていいだろう。

南シナ海問題で警戒強化、対中基本姿勢は維持

2012年に習近平政権が発足しても、当初基本的に米国側の政策は変わらなかった。オバマ大統領はカリフォルニアに習近平を迎えて会議を開いた。この時、習近平側には、胡錦濤政権とは異なり、G2論を受け入れる気持ちが十分にあったであろう。だが、米国からはそのような提案は出てこなくなっていた。中国側は「新型大国間関係」という枠組みを提起したが、米国はこれに明確には応じなかった。だが、米国は中国を尊重する姿勢を保っており、米中二大国時代という雰囲気は次第に出来上がっていったとも見ることができる。米中両国は戦略対話などを通じて、多様で、層の厚い協力枠組みを作り上げたのである。

しかし、米国の中国研究者の対中観が14年から15年にかけて大きく変化したように、15年になると南シナ海での基地建設などの動向も踏まえてか、米国の対中観が警戒的になっていった。そして、南シナ海において「航行の自由」作戦が実施された。しかし、その作戦は中国の南シナ海に対する姿勢を変えることはできなかった。ほぼ同時に米国は別の艦船を上海地域に派遣して合同軍事演習を実施したし、中国を「RIMPAC(環太平洋合同演習)」に招待もした。エンゲージとヘッジの姿勢は、ここでも貫かれていたのである。

中国の強硬的な動きを抑制できず

だが、これらの政策は、中国から見れば単に硬軟諸政策が織り交ぜられているに過ぎず、ヘッジされていても、エンゲージされるのだから、まだまだ問題ないということになったのではないか。

米国は中国が南シナ海での基地建設をやめないのを見て、「航行の自由」作戦を継続しつつ、2016年7月の常設仲裁裁判所の採決後にはライス大統領補佐官が訪中して中国側と会談を行い、9月の「杭州G20」では、オバマ大統領は習近平主席との1日目の会談でパリ協定批准を演出し、2日目の会談では南シナ海問題について批判的に対峙(たいじ)した。しかし、これも同じように中国側を抑制する材料にはならず、12月には米国の無人潜水艇を中国側が拿捕(だほ)するなど、一定の緊張関係が続いている。

中国の周辺地域への外交でも、韓国が不透明な状態に陥り、フィリピンが米国と距離を取り始めるなど、西太平洋の同盟関係をオバマ政権は十分にマネージできたとは言い難い状態に陥っている。

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  • [2017.01.12]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『21世紀の「中華」 習近平中国と東アジア』(中央公論新社、2016年)など。

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