特集 巨樹をたずねて
巨樹をたずねて④~台風にも負けず

高橋 弘【Profile】

[2016.09.22] 他の言語で読む : ESPAÑOL | Русский |

強風をまともに受けやすい巨樹にとって、台風は生命を脅かす大敵。しかし何百年と樹齢を重ねるうち、根を巨大に発達させて自然の猛威から頑丈に身を守ってきた。そんな巨樹たちの独特の姿かたちは実に味わい深い。

台風と巨樹

いよいよ秋の到来。夏の日照りを乗り越えた巨樹たちにとって、平穏なひとときであり、冬を控えてエネルギーを蓄える大切な時期でもある。ところがその前に、台風という難敵を迎えねばならない。特に西日本の太平洋沿岸には強い台風が上陸することが多く、時には根元から倒されてしまう巨樹もある。数百年を生き延びてきた命が一瞬にして失われる、そんな残酷な運命が待ち構えているかもしれないのだ。

クスノキなどは、台風がやって来る地域と生育する場所とがほぼ完全に一致するため、台風に対抗する能力を持ち合わせているかのように思われる。あまり背は高くなく、大きく根を張る樹形を持ち、大風に耐えながらも特に風が強く当たるところは枝を落とす。まるで台風に対抗するための術を知り尽くしているかのようだ。

今回は台風と対峙しつつ成長を続ける巨樹を紹介しよう。

府馬の大クス(千葉県)

樹種:タブノキ(Machilus thunbergii クスノキ科タブノキ属)
生息地:〒289-0411 千葉県香取市府馬2395 宇賀神社境内
幹周:8.9m 樹高:16m 樹齢:伝承1500年
国指定天然記念物
大きさ ★★★
樹勢  ★★
樹形  ★★
枝張り ★★
威厳  ★★★★

府馬(ふま)の大クスは、黒部川沿いの穀倉地帯を見下ろす丘の上にある小さな宇賀神社の境内に立っている。ここは府馬城址の一角にあたるとされており、千葉一族の府馬氏が3代から11代まで(1324~1565年)城を構えた天然の要衝であったといわれる。

1926年に「府馬の大クス」として国の天然記念物に指定されたが、その43年後、本田正次博士の調査でタブノキであることが判明。タブノキはクスノキ科に属する樹種で別名イヌグスとも呼ばれ、樹形もクスノキと酷似している。当時、地元でイヌグスと呼ばれていたのを、間違ってクスノキと指定しまったと考えられる。そのまま現在に至るまで大クスの呼び名は変わらない。

2013年10月16日、大型で強い台風26号が伊豆大島から房総半島をかすめるように進み、関東南部に甚大な被害をもたらした。府馬の大クスは真上に伸びていた主幹部分が強風によって折損、幹を削ぐような形で倒れたため、幸い根元部分は影響を受けなかった。枯死するほどのダメージではないが、樹形が著しく損なわれてしまったのは悔やまれる。

大クスの北東側7メートルほど離れたところにもタブノキがあるのに気がつくだろう(写真左端)。地面から斜めに成長する特異な姿が特徴だが、これは「子グス」と呼ばれ、もともとは府馬の大クスの大枝だった部分である。大クスの枝が垂れ下がって地面と接触、そこから根が生え、やがて1本の独立したタブノキとして成長したものと言われており、必見である。

現在、大クス周辺は香取市の観光スポットとして開発が進んでいる。駐車場の整備が行われ、背後にあった畑は公園となり、周囲を一望できる展望台も設置された。かつては大クスの広大な樹冠(幹から伸びる枝や葉を総合した部分)で陽が遮られ、鬱蒼(うっそう)とした不気味な境内であったが、今は陽当たりよく開放的な場所へと変身している。

杉の大スギ(高知県)

樹種:スギ(Cryptomeria japonica ヒノキ科スギ亜科スギ属)
生息地:〒789-0311 高知県長岡郡大豊町杉 八坂神社境内
幹周:15.6m 樹高:52m 樹齢:3000年
国指定特別天然記念物
大きさ ★★★★★
樹勢  ★★★
樹形  ★★★★
枝張り ★★
威厳  ★★★★★

日本最大のスギというと「縄文杉」を真っ先に思い浮かべる方が多いだろう。ではその発見(1966年)以前、日本最大と言われたのはどこのスギだったか、気になるところだ。古い資料をひもといてみると目につくのが高知県の「杉の大スギ」の存在である。その昔は日本最大のスギとして君臨していたことが想像できる。スギの単木としては日本国内に2本しかない特別天然記念物にも指定されており、古くより著名なスギであったことは間違いない。

大スギがある場所はかつて大杉村といった。1955年の合併により大豊町となったが、近くを通る土讃線には大杉の駅名がそのまま残っており、この巨樹が特別な存在で地元の誇りだということがわかる。スギは南北に2株で立っており、南側にそびえる南大杉がひとまわり大きい。南大杉は3枚の板状の根(板根=ばんこん)を持っており、かつて脇に成長していた小さなスギを飲み込んで成長したものだろう。特筆すべき点はその樹高で、昭和の頃には文化庁の資料で68メートルと報告されており、これは日本でもっとも背の高い樹木として認識されていたらしい。

その話を聞いたからには実測せずにいられない。2001年にワイゼー式測高器で計測した際は57メートル。その後16年に最新式のレーザー距離計で計測した結果は52メートルとなった。残念ながら68メートルには遠く及ばなかったが、度重なる台風の影響などにより、頭頂部の白骨化が進行してしまい、かつての高さが失なわれたようだ。しかし台風銀座といわれる高知県で、よくぞスギの限界に近い70メートルもの樹高に達したものだと感心せざるを得ない。

仲間川のサキシマスオウノキ(沖縄県)

樹種: サキシマスオウノキ(Heritiera littoralis アオイ科サキシマスオウノキ属)
生息地:〒907-1434 沖縄県八重山郡竹富町南風見
幹周:35.1m 樹高:18m 樹齢:400年
大きさ ★★★★★
樹勢  ★★★★
樹形  ★★★★★
枝張り ★★★
威厳  ★★★★

サキシマスオウノキは奄美大島以南に見られる常緑高木。西表島の仲間川上流近くに生育するこの木が日本最大と思われる。年間約30万人の観光客が訪れる西表島だが、ツアーのパンフレットには必ずこのサキシマスオウノキの写真が載っており、「ああ、あの木か!」と思われる方も多いことだろう。1982年に発見されて以来、年々その名声が全国へと広まっていき、西表島観光にとってなくてはならない存在になった。由布島へ渡る水牛車とともに観光の目玉となっている。

写真では本当の大きさを伝えきれないのが残念だ。実際に見ると、その破格の巨大さに誰しもが驚愕(きょうがく)するであろう。根回りに関しては、日本最大の樹木といわれる「蒲生の大クス」と比較しても遜色ないほどの大きさで、まさに一見の価値あり。板根の上にある幹はごく普通なだけに、いかに根だけが突出して巨大なのかがお分かりいただけるであろう。高さ約3.1メートルに及ぶ10枚の板根が波打つ姿は自然だけが作り出せる芸術品だ。板根の部分はとても強靱(きょうじん)で、かつては「サバニ(舟)」の舵にも使われていたとされる。

西表島を含む先島諸島は台風の発達する海域のまっただ中に位置し、本土に上陸する台風よりも一段強い勢力で襲来することが多い。巨大な根を張り、台風との対峙(たいじ)を繰り返してきたサキシマスオウノキ。長い年月を費やして、その土地に合った最適な形へと進化し、猛烈な強風にもびくともしない姿を手に入れたのだ。この木を見ていると、植物も日々進化し続けているのだと実感させられる。

文・撮影=高橋 弘

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  • [2016.09.22]

巨樹写真家。1960年、山形県に生まれ、北海道で育つ。1988年より巨樹の探訪を開始し、2016年現在まで撮影した数は3300本以上におよぶ。主な著書に『神様の木に会いに行く』(東京地図出版)、『日本の巨樹』(宝島社)、『千年の命 巨樹・巨木を巡る』(新日本出版社)など。奥多摩町森林館で解説員を務め、環境省巨樹データベースを管理するほか、「東京巨樹の会」を主宰。

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