「e-kakashi」と安曇野池田ヴィンヤード(長野県)

いま、農業分野ではドローンや衛星まで使った「スマート農業」が叫ばれ、気象や土壌、衛星地図など、農業に関するビッグデータの連携基盤を作ろうという動きが急ピッチで進められている。その背景には、担い手の減少、高齢化や、地球規模の気候変動、環境変化への対応がある。

熟練農家の知見を反映した栽培レシピ

ソフトバンクグループ傘下のPSソリューションズが2015年に開発したAI(人工知能)搭載の小型農業センサー「e-kakashi(いいかかし)」は、そのおしゃれなデザインや設置の手軽さなどもあり、現在、水田やトマトの畑など約300カ所で稼働する。気温、地温、日射照度、積算温度などのデータを蓄積するだけでなく、コメならば「積算温度が1000度に達しました。収穫ができます」など、そのデータの意味を教えてくれるのが特徴だ。

国際次世代農業EXPOで展示された「e-kakashi」。ビニールハウスの換気窓や畑の潅水(かんすい)バルブなどと連動した、AIによる遠隔制御機能を搭載した新モデルが発表された=2017年10月、千葉市の幕張メッセ
「e-kakashi」の親機(左)と子機(右)

発案者の山口典男同社フェロー(54)は、「気象、土壌データを専門家が分析し、現場の熟練農家の知見を反映した栽培レシピを提供できるのがe-kakashiの最大の強み」と胸を張る。

「違い」を探る最先端の挑戦

今年6月からは、このe-kakashiが長野県池田町のサッポロビール「安曇野池田ヴィンヤード」に導入された。担当したPSソリューションズの戸上崇博士・グリーンイノベーション研究開発部長(36)は、三重大学大学院で植物科学とITの融合領域を研究してきた専門家だ。

「ここの圃場の中でも、すごく出来のいいブドウと、平均的なブドウができる場所がある。場所が違えば地温も違い、根の活性度も変わってくると考えられるので、それらが最終的な品質に影響を与えているのでは、という仮説が成り立ちます。e-kakashiなら一本一本の植物が感じるデータを取ることができるので、複数個所にセンサーを置くことで、なぜ違いが出るのかを解明しようとしています。ワインブドウの樹の状態を見る目をお持ちの高度な栽培技術者がいる圃場だからこそできる、最先端の挑戦ですね」

池田町が位置する日本アルプスワインバレーは、長野では最も古くからブドウ栽培が行われてきた。日照時間が長く昼夜の寒暖差が大きいことや、水はけのよい土壌などがブドウの生育に適していると言われるが、e-kakashiでの分析がこの地のテロワールの科学的解明に近づけるのか。興味深い試みだ。

期待される世代を超えたビッグデータ

自然なワイン造りを実践し、「神の手を持つ男」とも言われたフランスの醸造家アンリ・ジャイエは20世紀後半、科学技術の進歩と大量消費社会がもたらすワインの画一化に警鐘を鳴らした。しかし、いまや日本のワインブドウ畑で起こっているテクノロジー革命は、「より自然を生かしたワイン造り」の方へ向かっている。

千曲川ワインバレー分析センターのスタッフとして、届けられたブドウの成分分析を続ける北沢美佳さん(29)の語った言葉が印象的だった。

「一人一人の栽培の経験がデータとして蓄積され、共有されていけば、お互いに何倍も知る機会を得ることができる。自分の世代ではわからなくても、次の世代で解明されることもあると思います。いまはそのための出発点です」

世代を超えて蓄積していく膨大な生産データが、想像を超えるようなすばらしい日本ワインの誕生につながっていくことを期待したい。

取材・文:岡本 なるみ

写真:岡本 麻里(奥野田ワイナリー)、三浦 健司(千曲川ワインバレー)、岡本 なるみ(幕張メッセ・「e-kakashi」)

バナー写真:サッポロビールの安曇野池田ヴィンヤードに設置された小型農業センサー「e-kakashi」=PSソリューションズ提供