『逃げ恥』が描く「呪い」
最終巻のあとがきで、海野さんは「ひとつの呪いの物語になったなあ」と書いていた。作中でみくりの伯母の百合(50代)が、この「呪い」に言及する場面がある。年齢が半分の恋敵から「やっぱり若さというのは価値の一つだと思うんです」と”若さ”でマウンティングされそうになったところ、「あなたが価値がないと思っているのはこの先、自分が向かっていく未来よ。(中略)自分が馬鹿にしていたものに自分がなるのはつらいわよ。(中略)そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまうことね」と、見事に切り返すのだ。この場合は「若さこそ価値がある」という、日本人のほとんどがかかっているかもしれない呪いだが、大きく捉えると「常識」というものこそが呪いだと読み取れそうだ。
「年齢の呪いもそうですし、男性・女性はこうあるべきだという呪いもあります。呪いの物語を描いたことで、いままではただモヤモヤしていただけの『呪い』をみんなが言葉にできるようになったと感じていて、それがとてもよかったなと思っています。正体が分かれば、対処のしようもあるので。3巻のあとがきに私は『普通ではないかもしれないけど 扉っていくつもあると思うのです。(中略)この扉の向こうにも別の世界が広がってますよーということが伝わったらいいな、と。』と書きました。みくりは工夫や妄想をすることで『扉』をいくつも見つけます。その一つが、この契約結婚だったわけです。誰かが決めたほうが楽なことはいっぱいあって、なんでもいいこともいっぱいありますが、なんでもいいから『なんでもいいよ』と言うのは、相手に丸投げしているだけ。生きていくことって面倒くさいことの連続で、恋愛なんてその最たるものですが、面倒くさいほど面倒くさいことを楽しむ。それができれば、生活は楽しくなると思います」
「扉」とは、たとえば作中でみくりが提案する、「結婚出産で女性のキャリアが中断されてしまうなら、キャリア形成前の、時間的余裕がある高校生のうちに第一子を出産してしまえばいいのでは?」というようなことだ。
「今は高校生で妊娠したら、女子は退学させられてしまうことも多い。何も悪いことをしていないのに、悪いことをしたような感じに扱われ、学業の機会も奪われてしまいます。だから就職しようとしてもしんどいことになります。でも子育てを、もし高校などでみんなと共有できたら、男子も参加する機会をもらえます。それも教育のひとつだと思います。女子はそのまま学び続けることができ、働き続けることもできる。SFとしてそういうことを提案するのはいいんじゃないかと思いました」
さらにみくりは、同性婚が法制化されたら、「その制度を利用して 恋愛感情じゃなくても 友だち同士で暮らすのもありなのでは」という、大胆なプランまで提案している。また、育児に関しても「半休」を提案。この休日のどこかで朝9時から午後3時と午後3時から午後9時までで夫と妻それぞれが完全に自分だけの時間を確保できる『サンキューシステム』など、みくりの発想豊かな提案は止まらない。
男性を助けるのが少子化対策?
海野さんは、『逃げ恥』を描いて驚いたことがあるという。
「読者にはいろいろな読み方をされるんですが、『結婚を礼賛する作品』と受けとめられることもあります。それで地方の少子化対策に関わっているお役所からイベントにお声がけをいただくことも多いのですが、あるときに『女性がシングルでも子どもを産んで育てられる環境をつくればいいのでは』と提案したところ、それは難しいと。お話をいろいろ伺っていると、『結局、国が考える少子化対策って、結婚できない男性を救うこと』という結論になり、びっくりしました」
彼らは婚活パーティーを企画しても女性がなかなか集まらないという。それで「『年収の高い男性をそろえれば女性も集まりますよ』と言ったら、そうじゃない男性を結婚させたいのだと。でも、そういう男性と結婚したい女性は少ないですよね。みくりは家事にお給料をもらっていたというところは、なぜか読み飛ばされます」と海野さんは言う。
「男性は男性で、『男なんだから』という重荷を背負わされて息苦しいんだと思います。そう考えると、男だからとか女だからとかがなくなるのがいちばんいいんです。そのために、みんなでみくりのように意見を言って、面倒くさい人になったらいい。一人で既存のシステムと闘おうとすると責められるだけですが、みんなで闘えばシステムを変えざるを得なくなりますから」
さまざまな読み方、見方はあるが、日本人の「結婚の呪い」を含め、『逃げ恥』が結婚を仕事として描いたことによってさまざまな問題が可視化され、問題解決に向けての提案もされたのは確かだ。これがフィクションの世界の出来事で終わらないようにするために、それぞれの人生を楽しくするために、やるべきことはたくさんある。
海野 つなみ UMINO Tsunami
漫画家。兵庫県生まれ。1989年、第8回なかよし新人まんが賞に入選し、なかよしデラックス(講談社)にて『お月様にお願い』でデビュー。その後、連作集『回転銀河』、歴史マンガ『後宮』、「小公女」をSF風にした『小煌女』などの作品を発表。2012年にKiss(講談社)にて『逃げるは恥だが役に立つ』の連載をスタートし、この作品で2015年、第39回講談社漫画賞少女部門を受賞した。
取材・文=オカヂマカオリ
編集=POWER NEWS編集部
バナー写真:漫画『逃げるは恥だが役に立つ』から © 海野つなみ/講談社


