市場メカニズムを無視した人民元切り下げ
景気が減速する中で、中国政府はオーソドックスな金融政策(金利と預金準備率操作)を繰り返し実施したが、効果は現れていない。ここで、またもアベノミクスは中国政府にヒントを与えた。アベノミクスは金融緩和を進めた結果、行き過ぎた円高が是正され、大幅に円安が進んだ。為替レートの切り下げは間違いなく輸出製造業の価格競争力の強化に寄与する。
中国では、2005年7月から人民元が切り上がり、15年8月現在、累計35%も切り上がった。同時期に、中国の主要都市の最低賃金がほぼ毎年10%ずつ引き上げられた。このトレンドは間違いなく輸出製造業の価格競争力を低減させている。そこで、中国政府は為替レジームの改革を理由に、人民元の対ドルレートの切り下げに踏み切った。
そもそも為替レートは国際貿易の交易条件を定義するためのものである。中国の景気後退を考えれば、元安はやむを得ないことと判断される。問題は元の切り下げではなく、政府が切り下げを直接実施したことにある。先進国の為替レジームは市場メカニズムによるものであり、行き過ぎた変動があった場合、政府は市場プレーヤーの立場から市場に介入するが、市場の管理者として為替レートを直接決めることはできない。
それに対して、中国の為替レジームは、「中央銀行が前日の通貨バスケットの動きを参考に、当日の中間値(基準値)を決める」ことになっている。その基準値を決めるのは恣意的になりがちであり、市場の均衡レートと大きくかい離する可能性が高いため、市場に強い影響を与える。
中国経済、ハードランディングの懸念も
元の切り下げについてもう一つの問題を指摘しておきたい。民主主義の国では、経済政策の変更はいきなり実施するのではなく、政策当局は繰り返し市場と対話しながら、市場と投資家の動向を見極めたうえで、最後に政策を実施する。その典型例は米国の利上げである。米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は9月に利上げを実施するかどうかを判断するために、繰り返して市場にメッセージを送っている。
しかし、社会主義の政治指導者は選挙を経験していないため、記者会見について苦手意識を持っており、市場との対話も粗末である。中国の景気がこんなに減速しているにもかかわらず、李克強首相は一度も記者会見を開いていない。政策当局は市場と対話せずに、唐突に政策を実施するから、市場に大きなショックを与えてしまう。
中国経済のファンダメンタルズを考えれば、緩やかに減速していくことは自然の姿と思われる。政策の実施が下手だったため、景気変動、すなわち、ボラティリティは大きくなっている。共産党第18回党大会で採決された文章には、「市場メカニズムが正常に機能するように市場環境を整備する」という重要な一文が盛り込まれている。とても正しい問題意識といえるが、残念ながら、実際の政策運営をみると、政府は常に市場を凌駕しようとしている。
株価の暴落は市場からの警鐘と受け止めるべきである。元の切り下げは必要だが、政府の役割ではない。政府は市場取引が公正に行われているかどうかをモニタリングする監督者であるが、市場の管理者であってはならない。最後に、中国の資産バブルはすでに崩壊しているが、中国経済がハードランディングするかどうかは中国政府の政策次第であることを強調しておきたい。
(2015年8月17日 記/タイトル写真=ロイター/アフロ)