現状では誰も首相になれない
今回、この原稿に名前が出てくる女性議員におおむね共通するのは、自己プロデュースの巧みさではないか、と思う。メディア出身者が多いせいか、自分の得意分野や特徴を分析した上での自分の見せ方を心得ている。服や話し方にまで研究の成果は表れ、今も昔も、このセルフプロデュース力と企画構想力が最も長けているのは小池という印象は変わらない。
少し異なるのは、稲田と山尾だろうか。この2人が法曹界出身であるのもまた興味深い。彼女たちは、服装を含め、見せ方はあまり上手くないが、時局に対する理解力が極めて高いと評判だ。つまりは「実力派」ということなのだと思うが、男性議員のように激しい「猟官運動」を経て主要ポストに就いているわけではないので、やはり、広告塔や「人寄せパンダ」の域から出ることはない。
現状では、名前を挙げた中で誰一人女性首相への道を真剣に目指しているとは、私には到底思えない。しかし、政治家としての血筋がいまだにものをいい、田舎に行けばいくほど保守的な男社会である日本で、女性首相が誕生するには次に述べるような能力を兼ね備え、環境が整わない限り不可能であろうと、私は考えている。
優秀な政策ブレーンを持つ
まずは、政治家として優秀な政策ブレーンを持てるほどの魅力と度量、経験があること。つまりは、人心掌握力だと思う。過去、歴史に名を残した首相ほど、政策集団を持っていた。池田勇人の「所得倍増計画」や田中角栄の「日本列島改造計画」は、彼らのブレーンがその時代に合致した政策骨子を考案し、整え、政治家の名前の下に世に出ていったものだ。しかし、核たる政策は、その政治家個人がつくり、語れなくてはならない。一方で、政治家が “家業”である方が男女を問わず、有利であることも否定できないが…。
安倍首相の場合も、アベノミクスをはじめとした一連の政策は、その是非は別として、政策ブレーンがいるからこそ次々と打ち出され世に出ていく。もちろん、それらは安倍首相自身の思想信条―すなわち祖父である岸信介元総理のレガシーとみる向きもあるが―とかけ離れてはいないはずだ。
ある政治家の信条に自分が望む政策の実現への可能性を見いだした官界や財界、学会の人材がブレーンとして集まる。彼らは、自分たちが黒子であるということを認識し、彼らが賭けた政治家を首相にするために長い下準備をすることをいとわない。首相になって初めて、彼らの政策もまた陽の目を見るからだ。これは派閥の原型でもあった。
女性議員を支える女性リーダーたち
今では派閥の力は見る影もないほど落ちているが、政策集団を持てるほどの政治家の下にはグループができる。それゆえ、彼らのためにポストを確保して分配するための資金調達能力まで持てなければ、グループ(派閥)の長には立てない。逆に言えば、それが可能ならば女性でも派閥やグループを率いることができるということだ。
そのために重要なのは、小選挙区で勝ち抜き、人心掌握力を持ち、政策を語れる女性議員がもっと増加し、お互いに切磋琢磨(せっさたくま)できるような環境が生まれなければならない。彼女たちを支える財界や官界、学会でもトップの座に座る女性が増える必要もある。そこまできて初めて、機を見るタイミングや駆け引きができる政治的センスが問われることになる。最終的には、男性と同じように権力闘争を戦えるかどうかだ。
米国とは政治的土壌も仕組みも背景も全く違うが、ヒラリーは大統領夫人であった頃から、政策ブレーンを持っていることで知られていた。また、大統領選挙に立候補し、そのレースを戦う過程では、日本以上に激しい党内権力闘争が起きているのは想像に難くない。
日本の場合は、政界のみならず、財界、官界でも女性はいまだ数合わせ的で、どの世界でも世情を背景に実力者から引き立てを受けない限り、重職には就けない。しかし、今は過渡期なのだ。その機会を鋭敏に捉え、実力と人脈を蓄えた女性が各界に多数現れた時、そして、その中で起きる激しい競争を耐え抜ける女性の政治家が日本にも多数現れた時、女性首相は誕生するだろう。
(2016年10月18日 記)
バナー写真:民進党代表就任後初めて、小池百合子都知事(右)と面会する蓮舫代表(2016年9月23日、東京都庁/時事)