「触れ合い」が民宿の味わいどころ

最近は、農林水産省もインバウンドを重視し、農林漁家民宿への宿泊を推進している。農山漁村への来訪者を増やし、地域経済の活性化につなげる狙いもある。

日本の民宿研究の第一人者である福知山公立大学地域経営学部の中尾誠二教授は、「農林漁家民宿こそ昭和の古き良き民宿である」とコメントする。つまり、民宿の「原型」とは、冒頭で述べた佐渡島の民宿のような、農家や漁家などが兼業で経営する自宅開放型の小さな宿だ。

山沿いの集落や海沿いの漁村で、その土地ならではのおいしい手料理にありつけるのは、こうした宿ならではの醍醐味(だいごみ)である。中尾教授はこうも言う。

「小規模の民宿の良さは、家族や友達との時間を過ごすのではなく、『宿の人と話をする』ことにあります」

確かに大型のホテルや旅館では、忙しすぎて客との対話どころではないだろう。事実、筆者も滞在する先々で宿の従業員に話かけるが、返ってくるのはマニュアルの「Q&A」通りであることが少なくない。

また、初めての相手との対話を苦痛に感じる “シャイ” な日本人が多く、外国人との触れ合いには特にプレッシャーも大きいのかもしれない。だが、民宿の中には特に客との対話を大切にしている所もある。

愛媛県・内子町(うちこちょう)の「古久里来(こくりこ)」がその一例だ。庭の中に設けられた五右衛門風呂に漬かるのは、ここならではの魅力的な体験だが、それ以上に価値があるのが宿主の森長照博(てるひろ)さんによる山里の話だ。

愛媛県の「ファーム・インRAUM 古久里来(こくりこ)」は緑豊かな山あいにある。庭には五右衛門風呂(写真下)が設置されている

話好きの森長さんは、珍しい木の実の話をしてくれたり、木の葉に手紙を書かせてくれたりして、旅人を飽きさせることがない。「2階へおいで」と陳列した地元の工芸品などのコレクションも案内してくれる。その妻で女将の禮子(れいこ)さんも宿泊客への声掛けに気を配る。

「話したそうにしているお客さまには『お茶でも飲みませんか』と声を掛けます。私のカタコト英語では外国人のお客様と難しい話はできませんが、気持ちは通じるかなと…」(禮子さん)

ささやかな「歓待の心」がこの宿の強みだ。

「人情」「人間力」で勝負せよ

実は今、前述の「惣助」を取り囲む高山市の宿泊業者は、厳しい経営環境にある。2015年から、民宿をはじめゲストハウスなどの簡易宿所が急増、16年には前年から92件増の489件となった。軒数の把握が困難な民泊も入り乱れて深刻なパイの奪い合いが始まり、「客が激減した」と嘆く宿もある。少子高齢化とともに次世代の事業継承に失敗する事業者、英語の壁を克服できない事業者の中には、インバウンドの好機を目前に廃業するケースもある。

競争に勝つためには、リノベーションや広告宣伝も有効だろうが、厳しい財政事情を抱える中では古くなった設備や施設への再投資に踏み切るのは難しい。

発想を転換して、「ハード」重視ではなく「ソフト」重視にすべきではないか。高山市の國島芳明(くにしま・みちひろ)市長は、「インバウンドは、そこで生活している人の人間力だ」と言う。つまり、景観や温泉に頼るのではなく、自らのコミュニケーション力を鍛えよ、ということだ。

今の日本のインバウンドは「外国人観光客がどれだけ消費をしてくれるか」にしか関心が向いていない。残念ながら「対話」や「触れ合い」が二の次になっている。

さらに多くの事業者が参入して競争が激しくなる日本の宿泊業界において、弱小の民宿が生き残るには「人情」で勝負するしかない。“寅さん” が今なお支持されるのは、そこに忘れられた人情があるからだ。その原点を大事にすれば、民宿は民宿ならではの光を放ち続けるはずだ。シャイで口下手で英語が苦手だろうと、旅人への情けを大切にする環境を醸成することが、日本が真の観光先進国となる近道ではないだろうか。

バナー写真:岐阜県高山市の民宿「惣助」

(2018年1月4日 記/ 写真提供=姫田 小夏)