政党間競争の少なさも障壁に
——平成時代の女性議員の状況をどう総括するか。
1989年の参院選は大きなマイルストーンだった。「マドンナ旋風」が吹き荒れて当選者全体に占める女性議員の比率が18%に急増した。90年代は自民党一党支配の「55年体制」が崩れ、94年の選挙制度改革も要因となり、女性議員「躍進の時代」となった。
女性関連政策の進展を見ると、90年代後半から2000年初頭に重要法案が相次いで成立している。「パートタイム労働法」(93年)、「育児・介護休業法」(95年)、「男女共同参画社会基本法」(99年)、「DV防止法」(01年)などは、女性議員たちが率先して政策課題にしたものだ。
だが、女性議員の躍進は持続的な動きにならなかった。2000年代は、05年の総選挙で小泉純一郎首相が女性を増やす戦略を取り、以後、自民党は一定の水準で女性候補者を擁立している。09年、「小沢ガールズ」など女性議員を比較的多く抱えていた民主党政権誕生でも、女性議員の数は増えた。だが、全体としては足踏み状態と言える。また、男性の権力者が女性候補者を選ぶ構図では、女性は党内外で連携することに積極的になれず、大きな影響力は行使できない。90年代の超党派女性議員の連携が可能にしたような、特筆すべき政策実現は見られなかった。
——性的役割分業の意識はどの国でも女性の政治参画を阻む要因の一つだが、日本に特殊な事情はあるか。
諸外国では政党間競争が働いて女性議員が増えるが、日本は極端に政権交代が少ない。 また、基本的に男性が多い現職が公認されて居座り続けるので、だれかが引退しない限り、新たに女性が入り込むチャンスがない。
「均等法」はあくまでも第一歩。将来的にクオータ制の実施は必要だろう。
——改めて、女性議員を増やすことの意義とは。
有権者の半分は女性なのに、女性議員比率が1割程度なのは民主主義として問題だ。有権者と政治家のコミュニケーションが豊かになるほど政治の質は高くなる。女性の有権者にとって、性暴力をはじめ女性議員の方が話しやすいテーマがある。男性モデルが規範となっている社会では、女性の問題は周辺的で特殊な問題として片付けられてしまいがちだ。それを政治課題とすることで、不平等な差別がまん延する社会を変えていく必要がある。これこそが、女性議員に期待する役割だ。
